◇SH1758◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(61)―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス④ 岩倉秀雄(2018/04/10)

未分類

コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(61)

―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス④―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、サプライヤーに対する取引先の要望の高まりと競争戦略上の必要性について述べた。

 近年、大手流通業や製造業等は、サプライヤーに対する品質やコスト面のチェックだけではなく、独自の「取引先行動規範」を定め、サプライヤーにコンプライアンス経営を求めている。

 現代の組織の競争力は、技術力や研究開発力・マーケティング力ばかりではなく、組織トータルで見た企業価値向上努力により決まる。

 今回は、わが国の中小企業・ベンチャー企業の事業上・組織上の特性を大企業と比較して考察する。

 

【中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス④:事業上・組織上の特性】

 ここでは、わが国の中小企業・ベンチャー企業がおかれている一般的な事業上・組織上の特性を渡辺ほか(2013)[1]により大企業との比較を通して確認し、その後のコンプライアンス施策を考察する際の参考にする。

 

1. 中小企業の参入分野は限定される

 中小企業の事業分野は、資本規模が中・小であるため、大企業のように規模の経済性が働きかつ資本面での参入障壁が大きい分野ではなく、多くの企業が参入可能な分野であり、激しい競争にさらされやすい。

 したがって、中小企業は、競争力を維持するために、専門性の高い差別化の可能な製品や技能・サービスを持つ特定分野に経営資源を集中させる必要がある。

 大企業の場合には、自社内に多様な専門家や設備等、必要な資源をフルセットで持つことにより規模の経済性を働かせることができるので、環境変化が激しくない場合には、中小企業よりも有利に事業を展開できる。

 しかし、環境変化が激しく先が見えない状況の場合には、保有資源が陳腐化しても容易に切り捨てることができず、中小企業の方が変化に迅速に対応できる可能性が高い。

2. 中小企業は専門家を外部に依存しやすい

 上述のように、中小企業は、法律や税務等、企業が専門化した以外の補完的業務は外部の専門家に依頼することが多いので、必要な時にのみ利用することから、フルセットで持つ大企業に比べて間接部門への負担が少ない。

 一方、大企業は事業量が大きいので、組織内にさまざまの専門家を育成し高度化を図ることができる。

 しかし、環境変化が激しく既存分野での安定的発展が見込めず、事業転換も検討の視野に入れなければならないケースでは、大企業の既存の専門家が必ずしも必要な能力を持っているとはいえず、その能力を他に転嫁して有効に活用できない場合には、負担になる。

3. 中小企業の人材は広範囲の業務を求められる

 中小企業では、企業レベルでは専門化が必要だが、被雇用者レベルでは慢性的な人材不足から多能工化をせざるを得ず、それが専門性の深化を妨げることにつながりやすい。

 大企業の場合には、多くの人材が存在し企業内分業が発達しているので、専門性を高度化することが可能であるが、部門間の壁の高さや専門分野以外の業務について能力を求められないことによる弊害もある。

 したがって、環境変化が激しくない場合には大企業の有利性が強いが、環境変化が激しく新たな専門性を要求される場合には、(そもそも対応できるレベルの専門性の場合だが)中小企業の人材のほうが、自らの専門性にこだわらず部門間の壁も低いので、変化に対応しやすい。

4. 中小企業・ベンチャー企業は経営者と従業員の距離が近いが、チェックが弱い

 中小企業・ベンチャー企業では、規模が小さいあるいは創業後間もないので、経営者と従業員の距離が近い。

 中小企業・ベンチャー企業では経営者の人柄が従業員に良く知られ、組織階層も少なく従業員間で互いに面識がありコミュニケーションも活発なので、その意思決定が組織内に浸透しやすく決定事項も迅速に実行することができる。

 大企業は、多段階の階層にわかれており、意思決定や組織的実行に時間がかかるケースが多いが、実行までに組織の多面的なチェックが働きやすく、実行の妥当性が慎重に検討されるので、意思決定に対する安全性が比較的保たれる。

 中小企業・ベンチャー企業では、経営者はワンマンになりやすく、経営者の意思決定に対する多面的なチェックが十分に行われないままに実行に移される場合も多い。

 迅速性は必ずしも的確性を保証するものではないので、組織が発展するか滅亡するかは経営者(又は少数の経営者グループ)の意思決定能力に負うところが大きい。

5. 中小企業・ベンチャー企業は外部資金調達面で不利である

 中小企業・ベンチャー企業は、ベンチャーキャピタルの発展や店頭市場の拡充という状況はあるものの、大企業に比較して一般に信用リスクが高い。

 そのために直接金融に頼ることは困難であり、外部資金調達の面では不利である。

 銀行借り入れ(間接金融)においても、大企業に比べて利子が高く競争上不利になりやすい。

 

 以上の特性を踏まえ、次回は、コンプライアンス経営の在り方について考察する。



[1] 渡辺幸男ほか著『21世紀中小企業論――多様性と可能性を探る〔第3版〕』(有斐閣、2013年)

 

タイトルとURLをコピーしました