シンガポール:シンガポールにおけるAML/CFT
(マネー・ロンダリング/テロ資金供与対策)法制のポイント(1)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 長谷川 良 和
近年、金融機関やゲートキーパーにとって、マネー・ロンダリング及びテロ資金供与対策(「AML/CFT」)法令の遵守は実務の重要な一部として認知されている。金融センターとしてのシンガポールにおいても、近年、その重要性は高まってきており、金融活動作業部会(Financial Action Task Force。「FATF」)勧告のシンガポールによる直近の遵守状況も、以下のとおり良好である。また、金融機関に関し、FATF勧告からの逸脱は小さいと評価されている。
・「遵守」:20項目
・「ほぼ遵守」:17項目
・「部分的に遵守」:3項目
・「非遵守」:0項目
かかるAML/CFT法令の遵守は、金融システムを通じた不正資金の流れに関わり得る金融機関やゲートキーパーをはじめとして関連する事業者にとってコンプライアンスの観点から重要性が高い項目の一つである。そこで、本稿では、シンガポールにおけるマネー・ロンダリング及びテロ資金供与対応に係る主要法制のポイントを簡潔に紹介することとしたい。
■ シンガポールにおけるAML/CFT関連の主要な法令等
法令名 | 概 要 | |
---|---|---|
1. |
汚職、薬物取引その他重大犯罪の利得没収法 (Corruption, Drug Trafficking and Other Serious Crimes (Confiscation of Benefits) Act(「CDSA」)) |
マネー・ロンダリング対策を規律し、疑義取引に関する報告義務等を規定 |
2. |
テロ資金供与対策法 (Terrorism (Suppression of Financing) Act(「TSOFA」)) |
テロ資金供与対策を規律し、関連行為の報告義務等を規定 |
3. | 組織犯罪法(Organised Crime Act) | 組織化犯罪グループによるマネー・ロンダリングを含む重大犯罪を規律し、その収益の没収等について規定 |
4. | 金融庁法(Monetary Authority of Singapore Act)とそれに基づく顧客デューデリジェンス(CDD)の実施に関するシンガポール通貨金融庁(Monetary Authority of Singapore。「金融庁」)による通達(「金融庁通達」) | 顧客デューデリジェンスの実施に関する具体的規定 |
5. | 支払サービス法(Payment Services Act) | デジタル決済トークンを取扱うサービス提供事業者による金融庁通達に基づくAML/CFT要件の遵守を規定 |
6. | 刑法(Penal Code) | 盗品の不正な受領、保管、処分及び隠匿を刑罰化 |
7. | その他、特定の業種又は専門職に適用される特別法 | その他特定の業種又は専門職に適用される事項 |
■ AML/CFTの主要法令の内容及び刑罰の概要
1. 汚職、薬物取引その他重大犯罪の利得没収法(CDSA)
(1)汚職、薬物取引その他重大犯罪の利得没収法は、以下の行為を禁止し、刑罰を定めている。
- ・ 合意に基づいて所定の薬物取引又は犯罪行為(「犯罪行為等」)の収益を維持し、管理し、又は使用することについて他の者を援助すること
- ・ 犯罪行為等による収益を、隠匿し、換価し、管轄域から移動若しくは移転し、又は取得し、所持し若しくは使用すること
- ・ 犯罪行為等による他人の収益を、隠匿し、換価し、管轄域から移動若しくは移転し、又は取得し、所持し若しくは使用すること
- ・ 犯罪行為等により生じた収益であると合理的に疑われる財産を、その財産がどのように生じたかについての十分な説明なく、所有し又は使用すること
(2)同法については、以下の事項についても留意を要する。
- ・ 疑義取引報告義務:ある財産が犯罪行為等を構成する行為により生じた収益であること又はこれに関連して使用されたこと若しくは使用される予定であることを、業務等の過程で知り又は疑うに足りる理由がある者に対して、疑義取引報告(Suspicious Transaction Report。「STR」)を義務付けている。また、誠実に疑義取引報告を行った者や疑義取引について当局に適切に開示した者に対し、訴追からの保護及び免責に関する規定を置いている。
- ・ 現金等国外持出時の報告義務:2万シンガポールドル(約160万円)を超える現金又は無記名流通証券のシンガポール国外への移動及び国外からの移動について、当局への報告を義務付けている(シンガポールの金融機関等の一定の者は所定の場合に報告義務を免除されている)。
- ・ 域外適用:同法はシンガポール外の地域に所在する財産にも域外適用されるため留意を要する。
2. テロ資金供与対策法(TSOFA)
テロ資金供与対策法は、以下の行為を禁止し、刑罰を定めている。
イ) テロ行為のために財産を提供し又は収集すること
ロ) テロ目的のために財産及び役務を提供すること
ハ) テロ目的のために、財産を利用し又は保有すること
ニ) テロリストの財産を取引すること
ホ) 上記イ乃至ニの行為について、幇助若しくは共謀し、又は企てること
また、シンガポール国内の者及びシンガポール人に対し、テロ組織に属する財産を所有、保管又は管理し、又はテロ組織に属する財産の取引に関する情報を有する場合、速やかに警察に報告することを義務付けている。
3. 法人に対する罰金
汚職、薬物取引その他重大犯罪の利得没収法、及びテロ資金供与対策法の刑罰の上限は、法人の場合、100万シンガポールドル(約8,000万円)又は犯罪行為等により得た収益若しくはテロ資金供与に用いられた財産等の価額の2倍のいずれか高い方以下の罰金とされている。
(2)につづく
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(はせがわ・よしかず)
東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科修了、Columbia University School of Law(LL.M.)卒業。三菱商事株式会社勤務、Allen & Gledhill LLP(シンガポール)出向を経て、2013年1月から長島・大野・常松法律事務所シンガポール・オフィス勤務。
シンガポールを拠点に、シンガポール、マレーシア、ミャンマーを含む東南アジアその他アジア地域において、進出、日常的な法務問題、M&A、ジョイント・ベンチャー、危機対応、エネルギー・インフラ案件等、日系企業が直面する法律問題を幅広くサポートしている。
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