SH4667 中国:日本の再生手続開始決定が中国において承認された初の事例 大川友宏/川合正倫/王雨薇(2023/10/27)

取引法務倒産・事業再生

中国:日本の再生手続開始決定が中国において承認された初の事例

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 大 川 友 宏

弁護士 川 合 正 倫

外国法弁護士 王   雨 薇

 

1 本決定の概要

 本件は、当事務所が代理し、民事再生法に基づく再生手続が東京地方裁判所に係属している再生債務者が中国の上海市に相応の資産を有していたことから、同資産の保全を図るべく、中国の裁判所(上海市第三中級人民法院)に対して、東京地方裁判所による再生手続開始決定及び監督命令を承認するよう申し立てた事案である。上海市第三中級人民法院は、弁論期日を開催して関連当事者の意見を聴取し、中国国内の知れたる債権者に対して異議申立機会を提供し、かつ、中国国内で公告を行った上で、2023年9月26日に、再生手続開始決定及び監督命令を承認する旨、ただし、債権者の利益に重大な影響を及ぼす再生債務者の中国国内における財産処分行為については別途人民法院による許可を要する旨の決定(以下「本決定」といいます。)を下した。

 中国の企業破産法によれば、外国裁判所の倒産手続開始決定を承認するためには、中国との間で国際条約が存在するか、又は両国に互恵が存在するか否かを審査する必要があるとされており、中国との間で国際条約のない日本については互恵関係の存否という論点が日中間の倒産手続開始決定の承認にとって最も大きなハードルとされていた。この点について、本決定では、日中間に互恵関係が存在するか否かを審査するにあたっては、両国がこれまで民事判決について相互に承認していなかった事実は国際倒産事件には自動的に適用されるべきものではないことを明確に判示し、かつ、日本の倒産法の規律に照らすと、中国の企業破産法に基づく決定を日本の裁判所が承認することについて日本の法令上の障害は存在しないと判断し、日中間の国際倒産事件の承認について互恵関係が存在することを確認した。

 

2 日本における本決定の意義

 本決定は、日本の再生手続開始決定が中国において承認された史上初の事例である。

 外国の倒産手続開始決定の効力(具体的には、強制執行禁止効、訴訟中断効、弁済禁止効、処分禁止効など)を国内に及ぼすためのスキームとして、UNCITRAL(国連国際商取引法委員会)は、1997年に「国際倒産に関するモデル法」(UNCITRAL Model Law on Cross-Border Insolvency:いわゆるUNCITRALモデル法)を採択した。UNCITRALモデル法を国内法化した国は現時点で59ヵ国(62法域)あるが[1]、中国はこれに含まれていない。UNCITRALモデル法を国内法化していない法域の場合、コモン・ローに基づく承認援助がありうるコモン・ロー法域を別とすれば、倒産手続開始決定が外国裁判所の判決であることに鑑み、当該法域の民事訴訟法(日本であれば民事訴訟法118条)に基づいて外国裁判所の判決の承認を得るというアプローチも実務上は検討されるところである。もっとも、日中間においては相互保証が認められた事例がなく(日本であれば民事訴訟法118条4号)、これまで日中双方の民事判決が相手国の民事訴訟法に基づき承認された事例はなかった。

 以上から、日本の裁判所による倒産手続開始決定の効力を中国に及ぼすことができるかどうかはこれまで不透明であった。本決定は、こうした不透明な状況を打開するものであり、今後の日中間のクロスボーダー事業再生実務において画期的な意義を有する決定となり得る。本決定が中国において先例となり、かつ、日本の倒産手続開始決定の承認に基づいて中国における財産保全が今後認められるようになれば、日本において倒産手続が開始した日本企業は、日本の裁判所が下した倒産手続開始決定の効力を中国に及ぼすことができるようになるため、日本企業が中国において有している各種の資産(例えば、不動産、在庫、中国企業に対する売掛金、中華系銀行に預け入れた預貯金、中国子会社の持分、中国子会社に対する内部債権など)を保全しつつ、事業再生を進めることができるようになる。また、本決定の存在は、中国の裁判所による中国の企業破産法に基づく倒産手続開始決定の効力を日本の承認援助法に基づいて日本において承認してもらうことの一助にもなると思われる。

 

3 中国における本決定の意義

 中国にとってみても、本決定は中国におけるクロスボーダー事業再生実務の更なる発展を示している。本決定において、中国の裁判所は、外国倒産手続を承認するための要件(外国倒産手続の範囲、互恵原則、承認不許可事由、外国管財人の身分及び職責など)を具体的に検討している。本決定は、中国が国際倒産の分野においてオープンな姿勢を示していることの証左であると思われる。

 

4 最後に

 本決定を得るために、当事務所は、中国の法律事務所と連携して、日本の裁判所の助力を得つつ、中国の裁判所に対して、継続的に各種の必要資料や専門家意見書を提供し、本決定の必要性・相当性を説明していた。日中間のクロスボーダー事業再生においては、当該分野に長けている日中間の法律事務所同士の連携が今後も必要不可欠であると思われる。


[1] 以下のUNCITRALのウェブサイト参照(2023年10月18日現在)。日本は、UNCITRALモデル法に準拠して2000年に「外国倒産処理手続の承認援助に関する法律」(いわゆる承認援助法)を制定した。
https://uncitral.un.org/en/texts/insolvency/modellaw/cross-border_insolvency/status

 

(おおかわ・ともひろ)

主に事業再生・倒産、M&A・企業組織再編、バンキング、国際取引等、海外での経験や各種のディール経験を活かし、クロスボーダー案件に数多く携わっている。とくに、グローバルな事業再生・国際倒産、ディストレスト局面でのM&Aやファイナンス(DIPファイナンスを含む)に豊富な経験を有している。第一東京弁護士会。

 

(かわい・まさのり)

長島・大野・常松法律事務所上海オフィス一般代表。2011年中国上海に赴任し、2012年から2014年9月まで中倫律師事務所上海オフィスに勤務。上海赴任前は、主にM&A、株主総会等のコーポレート業務に従事。上海においては、分野を問わず日系企業に関連する法律業務を広く取り扱っている。クライアントが真に求めているアドバイスを提供することが信条。

 

(Yuwei・Wang)

長島・大野・常松法律事務所 外国法弁護士。2012年中国政法大学法学部卒業、2015年早稲田大学法学研究科修了(法学修士)。M&A、コーポレートガバナンス、組織再編、債権回収、倒産、労働法、紛争解決を中心に様々な中国の法律問題を幅広く取り扱っている。

 

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ、ジャカルタ及び上海に拠点を構えています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。

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