◇SH0412◇シンガポール:腐敗防止法制と執行の動向 長谷川良和(2015/08/31)

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シンガポール:腐敗防止法制と執行の動向

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 長谷川 良 和

1.   はじめに

 シンガポールは、国策として贈収賄等の腐敗防止に積極的に取り組んでおり、NGOトランスペアレンシー・インターナショナルの2014年腐敗認識指数においても175カ国・地域中7位とされ、腐敗が少ないクリーンな国と評価されている。実際、ASEANの周辺国に比べると格段に腐敗に対する意識が高い。もっとも、企業活動に関連して、時として腐敗が問題となる事例が存在するのも事実である。2015年1月にはシンガポール政府として腐敗防止の徹底を図るために腐敗防止法(Prevention of Corruption Act)の見直しを検討し、また執行当局である腐敗捜査局(Corrupt Practices Investigation Bureau)(通称CPIB)の人員を20%増員するとの考えも示されている。かかる執行強化に向けた動きを踏まえ、本稿では、シンガポールの腐敗防止法制の概要を紹介することとしたい。

 

2.   シンガポールの腐敗に係る主要法制

 (1)  主要な法令・執行機関

 贈収賄等の腐敗行為を規律するシンガポールの主要な法令としては、腐敗防止法及び刑法が挙げられる。腐敗防止法の方が刑法よりも贈収賄等の腐敗行為に関する処罰範囲が広く、また重い法定刑が規定されていること等から、実務上、腐敗行為に対する捜査は、首相直轄の独立機関である腐敗捜査局が腐敗防止法に基づいて行うことが多い。具体的には、腐敗捜査局は、被疑者に対する無令状逮捕や捜索・差押え等の所定の捜査権限を行使して腐敗防止法の執行を積極的に行っている。

 (2)  主要な処罰対象行為と罰則

 腐敗防止法における主な処罰対象行為とその罰則は、概ね以下のとおりである。

 

処罰対象行為

罰 則

何らかの事項又は取引に関して他人の作為又は不作為等を誘因し、その褒賞として又はそのために、何らかの利益を不正に誘因若しくは収受し、若しくは収受する約束をし、又は不正に供与若しくは約束し、若しくはその申入れを行った者

10万シンガポールドル(現在約907万円)以下の罰金若しくは5年以下の禁錮又はその併科

代理人として本人に関する事項について不正に上記類似行為を行った者

同上

国会議員又は公的機関の人物に対し不正に利益供与等を行った者

10万シンガポールドル以下の罰金若しくは7年以下の禁錮又はその併科

 

 ここでいう「利益」は、金銭の他、有価証券その他の財物、サービス等も含めて広く定義されている。また、「不正に」の解釈に際しては、判例上、一般に取引に至る経緯等の客観的事情が考慮され、また一般人の基準で腐敗の故意が認められるかが考慮されている。なお、腐敗防止法上、ファシリテーションペイメントのような少額の利益供与を処罰対象行為から除外する例外規定は設けられていない。

 日系企業にとって実務上重要なポイントの一つは、公務員への不正な利益供与等に限らず、いわゆる私人間賄賂と呼ばれる私人間の所定の腐敗行為も規制対象とされる点である。すなわち、腐敗防止法は、対公務員又は対外国公務員への不正な利益供与等のみならず、対私人への不正な利益供与等も含む形で処罰対象行為を一元的に規定しており(上記①参照)、外国公務員等に対する不正な利益供与等の禁止を定める日本の不正競争防止法と比べても処罰対象範囲が広いことから、十分注意する必要がある。実際の執行事例を見ても、例えば2014年に開始されたシンガポールの腐敗捜査案件のうち、72%は私人間賄賂の類型に該当する事案である。日系企業によっては、そのシンガポール拠点にアジア・パシフィック地域の統括機能の一機能として集中購買機能を担わせている企業もあるが、例えば新規に特定のサプライヤーからの購入を決定する見返りとして購買担当者個人が当該サプライヤーから相当額の金銭を受領するような行為は、私人間賄賂として処罰対象となる可能性があるので、私人間の取引においても腐敗行為が生じないよう十分留意する必要がある。

 なお、腐敗防止法に違反して利益を収受した者が同法違反で有罪とされた場合には、裁判所によって当該利益と同額の制裁金支払いを別途命じられることになる。

 

3.   シンガポール外の腐敗防止法制

 シンガポールで活動する日系企業にとっては、シンガポールの腐敗防止法に加え、代表的な海外の外国公務員等に対する贈収賄規制である米国の海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act)及び英国の贈収賄防止法(UK Bribery Act)、並びに外国公務員等に対する不正な利益供与等の禁止について定める日本の不正競争防止法等の違反が生じないよう留意することも重要である。

 

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