◇SH1606◇弁護士の就職と転職Q&A Q32「弁護士の無料サービスで営業成果が上がるのか?」 西田 章(2018/01/29)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q32「弁護士の無料サービスで営業成果が上がるのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 最近、アソシエイトの弁護士から「営業のやり方をセミナーで学んできた」「個人事件はどうせ事務所に報酬を吸い上げられてしまうのだから、ベンチャー等に無料で顧問契約を結んで潜在的顧客を増やしている」という話を聞くことが増えて来ました。仕入れに原価がない弁護士業務において、確かに、新規開拓には値段を無料まで下げるのが、手っ取り早い方法ではあります。そこで、今回は、無料サービスの費用対効果について整理してみたいと思います。

 

1 問題の所在

 弁護士という仕事の醍醐味は、「自分を頼って来てくれた相談者に対して、自分が関わることで、少しでも役に立つ(経済的な利益の保護に限らず、精神的な安心感を与えるだけでも)ことで感謝される」という部分にあります。そういう点では、無料でも、職業的満足の一部を得ることはできます。

 また、営業は、パートナーになったからといって、急にできるようになるわけではありません。アソシエイトの時代から「どうやったら、ボスの事件ではなく、自分で案件を開拓することができるのだろうか?」と悩んだ末に、まずは、試験的に、フィーをゼロまで下げることで、「ボスのクライアントのメンテナンス」ではなく、「自分のクライアント」のために「自分の裁量」で事件処理をする経験を積むことは、修行形態のひとつとしても意義があります。経済的にも、個人事件の報酬は、事務所にも一定割合を入れるのが通例ですから、「事務所に経費を入れるよりも、将来のクライアントのために投資したい」と考えるのは、目の付け所はよいと思います。

 ただ、多くの弁護士は、その後に、「無料案件は、さらなる無料案件を呼ぶだけ」「無料から有料への切り替えが難しい」という課題にぶつかります。そして、「『デパ地下で試食を繰り返すような客』は困る」という愚痴をこぼしたり、「『困っている人の力になってあげた』のではなく、『便利に使われただけ』だと気付いた」と失望する者も現れます。

 それでは、「意味がある無料サービス」と「意味がない無料サービス」をどのように区別していけばいいのでしょうか。

 

2 対応指針

 弁護士にとって、無料サービスから受ける対価は、「経験値」、「心理的満足」と「先行投資」に分けられます。

 「経験値」に着目するならば、今はまだ未熟でも、これから自分が専門的に扱いたい分野に注目して案件を受けることになります。

 「心理的満足」は、困っている依頼者の人柄や置かれた境遇から見て見ぬ振りができずに案件を引き受けることになります(その結果、名産品や商品券を事務所に贈られることが増えます)。

 「先行投資」は、企業をターゲットとしつつも、窓口となる個人に「貸し」を作ることで、「次回のビジネスベースでの受任」を期待することになります。ここでは「『貸し』を作った個人を窓口として、ターゲット企業が、有償でも自分に依頼してくれるような案件(投資を回収できる専門分野)」を想定できなければ、無償案件止まりに終わってしまいがちです。

 

3 解説

(1) 経験値

 企業法務系事務所のアソシエイトは、事務所の対外的レートを基に、「自分の稼働には1時間当たり2万円〜3万円の価値がある」というプライドを持っている人も多くいます。しかし、それは、事務所ブランドとパートナーによる品質保証のパッケージに包んでもらった場合の価格です。そのパッケージ抜きでは、商業ベースで自分に依頼してくれる人を見付けることは難しくなります。

 事務所やパートナーのブランドに頼らずに、自分の看板で仕事を受けるためには、「当該分野の案件を自分の裁量で処理した経験」が求められます。たとえば、離婚事件や少年事件であっても、「今後、これら案件も一人前の弁護士として処理できるようになりたい」と考えているならば、無料でも、(言葉は悪いですが)練習として、案件を受任する価値があります(企業法務を専門とする場合でも、オーナー経営者の家族問題を解決することが信頼獲得につながることもあります)。

 また、そのような商業的スケベ心を抜きにしても「せっかく弁護士になったのだから、一通りの事件は人並みにできるレベルまでの経験を積んでおきたい」というのは、健全な発想です。

(2) 心理的満足

 外部弁護士でいる以上、最低限、生計を成り立てて事務所経費を賄うための売上げを立てられるセンスが求められますが、だからといって、商業ベース案件だけ受けていたら、心身がすり減っていく感覚も覚えます。プロボノ案件は、そんな心の渇きを潤してくれる効用もあります(弁護士会所定の公益活動として認められなくとも)。

 ただ、誰でも彼でも無償サービスを続けていたら、切りがありません。弁護士数も4万人を越えましたので、敢えて、「自分が一肌脱がなければ」と思わせるだけの、何かしらの「ご縁」がある先に提供することになります。それには、自分の親族や学生時代の友人(及びその親族)、自分の親族が出会った不幸(病気や事件)に類似の原因に基づく被害者等が典型例となります。弁護士費用として、本人が支払えるだけでもいくらかを請求する方法もありますが、「どうせ少額しか回収できないならば、無償にして『いい人』を演じ切りたい」という欲求も生まれます。

 ここで悩ましいのは、「無償だからといって、手を抜けるわけではない」という点です。自分が不慣れな分野ならば、超一流の水準にまで達することは難しくとも、「自分が断って、他の弁護士が引き受けた場合に提供するであろうサービス水準」をクリアできるだけの手間暇をかけられる見通しが立たないならば、自己満足に終わってしまう危険があります(優先順位的には、どうしても商業ベースの案件を期限内に済ませた後にしか手を付けられなくなりがちです)。

(3) 将来の案件獲得のための先行投資

 上記とは別に、「商業ベース」の先行投資として、弁護士サービスの「お試し」を無償で行う若手が増えています。確かに、「上場企業はすでに顧問弁護士がいるので、まずは無償でなければ新規に食い込むことができない」「ベンチャー企業のアーリーステージでは十分なリーガルフィーを支払うだけの資金的余裕がない」というのはその通りです。しかし、「じゃあ、無償でサービスしたからといって、次に有償での依頼が期待できるか?」というと別問題です。

 無償サービスは、「企業」を相手にしている、というよりも、それを依頼してきた窓口担当者個人への「貸し」です。こちらが「貸し」と思っていても、窓口担当者に「別に仕入れに費用がかかっているわけではない」「もともと知っていた知識やノウハウを開示してもらっただけで特段の迷惑をかけていない」という感覚があると、「借りを返そう」という発想にはつながりません。

 また、仮に、窓口担当者が「次は先生にお願いしたい」と思ってくれても、企業は、経済合理性に基づいて外部弁護士を選任します。窓口担当者の「借り」は、きっかけ作りには役立っても、他により適切なサービスを提供できる弁護士がいたら、そちらに依頼せざるを得ません。そのため、商業ベースでの依頼を受けるためには、やはり、「この分野の依頼であれば、他の弁護士よりも自分のほうが良質又は迅速なサービスを提供できる」という専門性が求められることに変わりはありません。

以上

 

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