◇SH3242◇弁護士の就職と転職Q&A Q124「一流事務所は『アップ・オア・アウト』の人事を貫くべきか?」 西田 章(2020/07/20)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q124「一流事務所は『アップ・オア・アウト』の人事を貫くべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 コロナ禍を受けて、今後、法律事務所では、売上げ減少を補うための経費(人件費又は家賃等)の削減策を検討していくことになります。そのため、人材紹介業者としては、リストラ対象になりそうな層からの転職相談が増えることを予想していましたが、現実には、パートナートラックに乗っているアソシエイトが危機意識を高めて、キャリアを再考しようとする動きが見られます。優秀層がパートナー昇進を望まずに転職するような時代が来れば、「アップ・オア・アウト」の人事制度はその前提が崩れてしまうことにもなりかねません。

 

1 問題の所在

 「米国の大ロー・ファームの成功を支えているものの重要な要素」のひとつが「アップ・オア・アウト」の人事制度であることは、55年前の法律雑誌において、長島安治弁護士により、次のとおり、紹介されています。

 「ロー・ファームが、高度に専門化された高い技術水準を維持向上しながら、将来収益伸びて行くか否かは、基本的には、そのファームが年々優秀なアソシエイトを集め、それをよく訓練し、淘汰を行って不適格なものは排除し、最も適格なもののみをパートナーとしてファームに残して行くという過程を、どれだけよく実践して行くか否かにかかっている」(長島安治「弁護士活動の共同化―ロー・ファームは日本にできるかー」ジュリ318号(1965)57頁)

 日本でも、渉外事務所を中心として、「アップ・オア・アウト」の人事制度が導入されたものと理解できますが、その後のリーガル・マーケットの拡大と「働き方改革」の流れは、「パートナーになれない者を排除する」というよりも、「パートナー昇進に限らず、相応に優秀な人材はカウンセル等のポストで働いてもらう」という方向での整備が進められてきました。

 しかし、今回のコロナ禍で、在宅勤務が推奨されるようになり、M&AのDD業務でも、危機管理系の調査業務でも「できる限り、調査スコープを絞った効果的な作業」が求められるようになってきています。更に、リサーチ分野等におけるリーガルテックの導入が進めば、都心の一等地に、図書室を含めたオフィス・スペースを拡大する必要性は薄れて、リサーチや資料レビューを担う労働力としての大量のジュニア・アソシエイトを抱え込んでおく必要性も薄れていく方向が予想されます。法律事務所は、向こう5年以上の時間をかけてじっくりと取り組もうとしていた人事制度上の課題について、コロナ禍を契機として、急な検討を求められるようになった、という状況にあります。

 

2 対応指針

 「アップ・オア・アウト」は、「最優秀層がパートナーになって事務所に残ることを希望する」ことと、「選考に漏れても、当事務所で働いた職歴と経験があれば、他に適切な職場に転職できる」という2つの前提条件がなければ成り立ちません。これを維持するための検討課題については、まず、アソシエイトを「優秀層」と「平凡層」に分けた上で、さらに「優秀層」を「ハードワーカー型」と「プライベート重視型」に分類して、類型別に検討課題を整理することが有効です。

 「優秀層/ハードワーカー型」は、事務所側から見れば、従前通りのパートナー候補です。この層を逃さないで保持できるかどうかは、「当事務所のパートナーになること」に、「所内競争での勝ち残り」という達成感だけでなく、実利面(報酬のアップサイド又は生活の質の向上)でも魅力があることを伝えられるかどうかにかかっています。

 「優秀層/プライベート重視型」は、従前であれば、(パートナーよりも)カウンセル向きとされるか、そうでなければ、インハウスへの転職が予想される層でした。今後は、この層でも、クライアント対応の責任を軽減する形でパートナーポストに迎え入れることができるかどうかの検討が求められそうです。

 「平凡層」には、パートナー昇進の見込みはありませんので、パートナー審査まで引っ張るのではなく、段階的に、適切なアウトプレースメント先を見付けて行くことが課題になりそうです(本人にとって幸福で、かつ、事務所にとっても、その経済圏を拡大できる先に移籍してもらえることが望ましいと言えそうです)。

 

3 解説

(1) 「優秀層/ハードワーカー型」を惹き付ける魅力

 「優秀なハードワーカー」は、事務所側にとって、ぜひ次世代の事務所経営を担って行ってもらいたい幹部候補生です。ただ、事務所が規模的に拡大してきた時期を過ぎて、今後、成熟した組織として、業務の効率性を高めて行くフェーズに入って行くと、これからの若手パートナークラスには必ずしも報酬面のアップサイドが期待できなくなるのではないか、という懸念も生じます(監査法人的に、アップサイドが抑えられた報酬体系になっていくのではないか、という見方もあります)。

 優秀なハードワーカーならば、事務所の外にもチャンスがあるので、「成長途上にある事務所や、自ら事務所を立ち上げる選択肢にアップサイドが期待できるのではないか?」という考えを抱くのはきわめて自然なことです。それを考えたとしても、なお、本人に「今の事務所に残ってパートナーになるほうが(仕事の面白さだけでなく)経済的にも成功チャンスがある」と理解してもらえるかどうかが、この層を引き止められるかどうかのポイントになります。

(2) 「優秀層/プライベート重視型」

 企業法務のプロフェッショナルの世界では、「働き方改革」の浸透は遅れていました。現実に、トップ・ファームのパートナーとして活躍している層は、「優秀層/ハードワーカー型」が中心です(女性パートナーには、お子さんを持たずに仕事に専念されたり、お子さんが生まれても、出産翌日から仕事に復帰したり、育児を親やベビーシッターにアウトソースすることで対応する努力と工夫が見られました)。ただ、司法制度改革で「弁護士」という職業の人気が下がったことにも伴い、「優秀層/ハードワーカー型」の若手の確保は今まで以上に困難になってきています(野心がある若手は起業に向かっている、という見方もあります)。その人材不足を補うためには、今後は、(ハードワーカー型だけでなく)「優秀層/プライベート重視型」にも、パートナーとして事務所に残ってもらうキャリアモデルを用意しておくことが、「高度に専門化された高い技術水準の維持向上」を目指すためには重要になってくるように思われます(この場合に、上記(1)の「優秀層/ハードワーカー型」のパートナーとの間に待遇の違いを設けるべきかどうか(設けるとすれば、売上げ又は稼働時間等の何を指標とすべきか)という各論面の課題も存在します)。

(3) 「平凡層」のアウトプレースメント

 法律事務所の最大の経費は(家賃を除けば)人件費です。売上げの増加が止まったからといって、新卒採用を止めてしまったら、永続的に一流ファームとしての地位を継続していくことはできません。そのため、既存のアソシエイトのリストラは今後の経営上の課題になっていきます。

 昨年までは、企業の法務畑でも「売り手市場」が続いていたために、一流事務所のアソシエイトが転職を望んだ際に行き先を確保することはそれほど困難ではありませんでした。しかし、コロナ禍を経て、企業の側でも中途採用の選考を慎重に行う動きが見られます。

 法律事務所側としても、「うちでパートナーには昇格させられないけど、バランス感覚があり、人柄もよく、コミュニケーションもとりやすい」というアソシエイトであれば、競合する事務所に行かれるよりも(ノウハウの流出にもつながります)、クライアント先(潜在先を含む)に転職して、社内弁護士として活躍してくれたほうが、クライアントとの関係強化に役立ちます。

 これまでは、アソシエイトの転職活動は、本人が独力でその時期や行き先を検討してきましたが、これからは、所属事務所との間でキャリアプランを相談しながら、クライアント先への出向人事と絡めて、転職の時期と行き先を検討する事例が増えてきそうです。

以上

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