◇SH3295◇弁護士の就職と転職Q&A Q129「専門分野はいつ選択してどのように確立していくのか?」 西田 章(2020/09/07)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q129「専門分野はいつ選択してどのように確立していくのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 新型コロナウイルスについては、未だ、新規感染者数の報道が続いていますが、法律事務所では(在宅でのリモート勤務を終えて)オフィス勤務への回帰が広まっています。そして、再び、目の前の案件に忙殺され始めたアソシエイトからは「日々の案件をこなしているだけで、自己の専門分野を見付けることができるのでしょうか?」という悩みも聞かれるようになっています。

 

1 問題の所在

 企業法務の世界で生き残るためには、「クライアントからの法律相談については、どんなものでも、初動対応はできる(自らは断定的な助言まではできなくとも、次にどういう検討を進めるべきかの交通整理はできる)」というジェネラリスト的な資質と、「この分野については、自らが最も適切なリーガルアドバイスをできる」というスペシャリスト的な資質の2つが求められる、と言われています(Q69「ジェネラリストか? スペシャリストか?」(2019年3月4日付)参照)。

 日本のリーガルマーケットが発展途上だった時代には、渉外系事務所でも、部門制を敷くことなく、「目の前の案件に全力で取り組んでいたら、クライアント又は先輩パートナーから同種案件を繰り返して依頼されることにより、振り返ってみると、自分に専門分野ができていた」というエピソードが多く聞かれました。しかし、現在は、大規模な法律事務所では、プラクティス別のグループ制が設けられるのが一般的となり、「自分はどんな分野を専門的に扱いたいのか?」(又は「自分は、事務所から割り当てられた分野に向いていないので、専門分野を変えるために能動的なアクションを起こすべきか?」)ということをアソシエイト時代から意識的に考えなければならなくなっています。

 もちろん、従前通り、パートナーから割り振られる案件に取り組んでいくことで「実働」スキルを身に付けることはできますし、これ自体は一人前の弁護士になるために必須のプロセスです。ただ、パートナーとして市場に名乗りを上げるためには、自分を指名してクライアントからの依頼が来るような「受任」力を身に付けることも必要です。ただ、優れた法律事務所にいるほど、先輩弁護士がカバーする法領域が広く、若手弁護士が「自分が最も詳しい」と宣言できるような専門分野を見付けることは困難という事情も見受けられます。

 

2 対応指針

 基本的には、既存の業務分野には、専門家と認識されている弁護士が存在するため、新規参入は困難になります。そのため、成熟した業務分野の専門家となるために、「事務所の先輩パートナーからの顧客承継」を期待できる相続人的立場を狙って、被相続人から案件下請けに励む姿が見られます。

 新規法分野の開拓は、ノン・ビラブルのままで終わる可能性のある非効率な面もありますが、後から市場ニーズがついて来れば、当該分野の第一人者になれる可能性を秘めた投資活動となります。

 新規開拓のためには、法改正への対応ニーズを狙って、先行する海外での事例を国内で紹介したり、主務官庁に出向して立案担当者の経験と肩書きを狙うパターンが注目を集めがちですが、それには「当たり外れ」もあるため、クライアント企業に寄り添うことで、いち早く、企業側の実需を把握することも重要です。

 

3 解説

(1) 顧客承継

 法律事務所のパートナーには、既存顧客からの売上げを確保し続けることに熱心なタイプ(売上確保優先型)もいれば、知的好奇心に溢れて、自ら新規開拓に取組み続けるタイプ(知的好奇心優先型)もいます。このうち、自分が師事するパートナーが、知的好奇心優先型であれば、その仕事を下請けして、きっちりと仕事をこなして、担当者の信頼を獲得することができれば、顧客承継も期待することができます(知的好奇心優先型のパートナーは、早期に定年して、弁護士業務以外のセカンド・キャリアを志向することもあります)。

 他方、売上確保優先型のパートナーは、自らが主任として顧客対応をし続けることに社会的責務を感じているため、その下に師事していても、顧客を承継できる可能性は低くなります(場合によっては、番頭役を務めて来たシニア・アソシエイトがパートナーに昇進することを支援してもらえないこともあります)。そのため、自分が師事するパートナーが、売上確保優先型であることが判明した場合には、顧客承継を受ける期待を捨てて、自己開拓を見据えた行動に切り替える必要がありそうです。

(2) 政府等のプロジェクトへの関与

 この20年間を振り返ると、政府等の組織のプロジェクトへの参画が専門分野の確立に貢献している事例に数多く思い当たります。例えば、2000年頃における証券化・流動化の黎明期には、当時、米国留学から帰国したばかりの40期代前半の弁護士が、日本銀行の金融法委員会に参加して、未開拓の法分野の論点整理に貢献すると共に、金融業界内での知名度を高めていきました。その後、商法から会社法への法改正、証券取引法から金商法への法改正では、50期前後の弁護士が、法務省や金融庁に出向して立案担当者を務めて、新法の第一人者として認知されました。また、敵対的買収が世間の注目を集めた時期には、経産省で買収防衛策を策定した研究会のメンバーを務めた大手法律事務所のパートナーたちが上場企業からの信頼を集めました。

 その後も、公正取引委員会に出向した弁護士が独禁法の専門家として認知されたり、欧州の国際機関での勤務経験を踏まえて、国内でのデジタルプラットフォーム規制の検討メンバーに選ばれたりしています。プライバシーやデータ関連の分野では、主として、50期代以降の弁護士が中心的に活躍しています。

 これら弁護士が、業界内における専門家たる地位を維持し続けているのは、具体的な案件対応における顧客満足度の高さに基づくものですが、クライアントからの相談の「きっかけ」となったのは、日本では未開拓の法分野への先行投資的な(短期的には非効率にも思えるノン・ビラブルの時間も投じた)調査研究結果の情報発信が存在しています。

(3) 企業側の実需の把握

 前記(2)のとおり、政府等のプロジェクトへの参加は、専門家としての旗印を経歴から分かりやすくするために効果的ではあります。しかし、「新規分野」として一時的な注目を集めたものの中には、排出権取引やイスラム金融のように、その後、弁護士の業務分野としては定着しなかったものもあります。

 新規分野の中から、弁護士業務として成立しうる分野を見極めていくためには、法改正の動向を見るだけでなく、クライアント企業側の新規事業への取組みに対する感度を上げていくことも重要です(例えば、不動産取引に関連する業務でも、ストラクチャード・ファイナンスが用いられるようになり、この8年は、太陽光発電事業へのファイナンスへと展開しました)。トランザクション系の弁護士には、タイムチャージ・ベースで稼働することを常識と感じる若手も多く見られますが、わざわざ、予算を確保して新規ビジネスモデルの適法性についての法律相談を受けていると、クライアントの担当者側の「相談の敷居」が上がってしまいます。クライアントの実務担当者との間で、「頭の体操の段階からブレストに付き合ってもらいたい(請求書なしでも、守秘義務を負った上で、法的アドバイスを聞かせてもらいたい)」と思ってもらえるような関係を築けるかどうかも、営業活動としては重要なポイントのひとつです。

以上

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