◇SH2983◇弁護士の就職と転職Q&A Q103「法律事務所はもう『梁山泊』となりえないのか?」 西田 章(2020/01/27)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q103「法律事務所はもう『梁山泊』となりえないのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 法律事務所の採用担当パートナーからは「最近の応募者は、真面目で小粒な人ばかりだ。」として、「豪快な若手はどこに居るのか? 司法試験受験生は全員大人しいのか?」といった、愚痴のような質問を受けることがあります。確かに、学生でも起業できる時代に、敢えて、法科大学院に進学したり、合格率の低い予備試験を突破しなければならない、という弁護士業は、「早く実務で活躍したい」と願う若手よりも、モラトリアム気質の優等生を惹き付けてしまう傾向が見られます。また、大規模な事務所で活躍するアソシエイト層からも、「いまの事務所でパートナーに昇進させてもらうまでの根回しと待機期間がまどろっこしい」という思いを聞かされることも増えています。

 

1 問題の所在

 文系最優秀層のキャリアは、かつては、(A)20歳代から50歳代までの30年超の期間を通じて、双六的に着実に自分の駒を前に進めていく官僚ルートと、(B)修行・下積み期間を終えたら、30歳代から腕一本で食っていける弁護士ルートが二大典型例と言われていました。

 実際、まだ国税庁が高額納税者番付(長者番付)を公表していた2000年代前半では、訴額の大きな知財訴訟で名を馳せた弁護士が3億円以上の所得税を誇っているだけでなく、大手法律事務所の30歳代の若手パートナーが億円規模の納税額を納めていることが示されていました。そして、これは、アソシエイトに対して「企業法務系事務所でパートナーになる」というキャリアパスが経済的な成功につながるかもしれない、という期待を膨らませてくれました。また、年功序列的な発想を採用した場合でも、日本のリーガルマーケットが拡大していれば、「50人規模の事務所に51番手の新人として入所しても、事務所が順調に拡大することにより、500人規模の事務所の上位10%内のパートナーとして、アソシエイトを使った人海戦術でレバレッジをかけて稼ぐことができる」というシミュレーションをすることが可能でした。

 しかし、パートナーだけで百数十人規模に達している法律事務所においては、既存パートナーの縄張りを荒らすことなく、新規に自己の漁場を認めてもらうことが困難となっています。ここでは、既存市場の分割承継を狙うほうが現実的なキャリアと見られつつあり、「経営スタイルの監査法人化」の流れと「パートナー昇進後の経済的アップサイドの水準低下」への懸念を生んでいます。

 また、「タイムチャージで多数のアソシエイトを稼働させることによる人海戦術モデル」についても、最近の成功例が不祥事調査であることから、これを(「牧師」がラテン語の「羊飼い」に由来するとの説を踏まえて)「法律事務所は、優秀な羊を育てる養成所に過ぎず、羊飼いを育てる場所ではない。」「羊飼い業務は、ヤメ検のような外部出身者に委ねられた。」と揶揄する声もあります。

 さらに言えば、人海戦術モデル自体についても、リーガルテックによる「アソシエイト業務の省略化」の流れによって、これを維持することが困難になってくるだろう、という市場予測が説得力を増してきています。

 

2 対応指針

 共同事務所のパートナー構造は、大別すれば、財布をひとつにした上で、年功序列で利益分配を受ける方式と、個人商店を寄せ集めた上で、経費だけを分担する方式があります。このうち、経費分担型ならば、30歳代のパートナーでも、大型又は巨額案件を獲得することができたら、50歳代のベテランパートナーを上回る収入を得ることも可能でした。

 しかし、日本のリーガルマーケットも成熟してきたため、「個々のパートナーがそれぞれ事件を引っ張ってくる」というスタイルを原則としていた経費分担型事務所でも、「最適メンバーでチームを編成して大型案件/重要案件に対応する」というスタイルへの移行が進んでいます。そのため、「アソシエイトとして扱ってきた分野をそのまま継続して、同じ事務所でパートナーに昇進して活躍する」ということは、「先輩パートナーの後継者となり、引退時の承継を狙う」という「臥薪嘗胆型」のキャリア・モデルとなりつつあります。

 そのため、野心的なアソシエイトは、「同じ事務所に残って働くこと」を重視すれば、「所内の既存パートナーが手を付けていない空白地帯」を求めて新規の事業分野開拓に取り組むことになり、「同じ分野の業務を続けること」を重視すれば、「漁場を変えるための転職」を目指すようになります。

 

3 解説

(1) 企業法務系法律事務所におけるキャリア・モデル

 法律事務所は、「アソシエイト期間=一人前になるために修行するINPUT期間」であり、「パートナー期間=一人前の弁護士として活躍するOUTPUT期間」です。20歳代後半で弁護士になった後の理想的モデルにおいては、アソシエイトでいるのは10年程度に過ぎず、パートナーになってから、その倍以上の期間を働くことが期待されています。金額的にみても、アソシエイトの給与は、上振れがあったとしても、それは、あくまでも本人の稼働の時間と成果にしか基づかないため(レバレッジを効かせられないため)、経済的アップサイドへの期待の対象は、パートナーになってからの報酬です。

 ただ、「パートナーになる」ということには、「修行を終えた一人前の弁護士であり、事務所の名前を用いて、自分ひとりでリーガルサービスを提供しても構わない」という、アソシエイトの卒業試験のクリアであるだけでなく、「利益分配にあずかるメンバーとしての売上げ面での貢献も期待できる」という、パートナーの入学試験もクリアしなければなりません(後者をクリアできない場合に、「カウンセル/オブカウンセル」という名称の中二階ポストに置かれることもあります)。

(2) 環境を変えずに新たな業務分野に取り組むモデル

 パートナー昇進基準における「売上げ面での貢献も期待できる」というのは、それを審査する既存パートナーの視点で計られることになります。既存パートナーの視点から見て、新規パートナーの営業活動が、自己の縄張りを荒らすに過ぎないのであれば、自己の売上げを毀損するリスクがあるだけで、事務所の収益には貢献しないので賛成することはできません。また、同一法分野(派閥)の先輩パートナーからの支援を得られたとしても、他分野(派閥)のパートナーから「同じ業務分野しか担当しないパートナーを増やしても、売上げに貢献しないではないか?」との指摘を受けるおそれがあるために、「見え方」だけでも、「新規業務開拓」の印象を与える題目があることがパートナー選考において重要になってきています。

 すると、新規パートナー候補者としては、「既存パートナーがまだ手を付けていない空白地帯」の中から、新規開拓分野を選定し、かつ、それを開拓できる可能性を疎明していかなければならなくなります。最近では、「法分野」による分類だけでは新規性が得られないために、「法分野」を、「新興国の地域」又は「業種」と組み合わせることで、新規市場を画定しようとする動きも見られます。

(3) 環境を変えて既存業務を継続するモデル 

 若手弁護士にとってみれば、「アソシエイト期間においては、希望する法分野に優れた先輩パートナーがいるほうが良い修行を受けることができる」という面と、「パートナー昇進を見据えたら、専門とする法分野に優れた先輩パートナーがいないほうが活躍の機会が大きい」という面があります。

 そこで、前記(2)のとおり、「パートナーになるためには、自分が扱って来た業務分野を転じて新規に取り組まなければならない」ならば、「自分が扱ってきた法分野を続けたい」と狙う若手は、「だったら、自分のほうが場所を変えて、分野が被る先輩パートナーから離れることで、自らが当該分野の第一人者となれる環境を探したい」と考えることも自然になってきています。

 伝統的には、独立に飛び付くのが一般的でしたが、今は、クライアントが、外注先の法律事務所に一定の規模を求める傾向も強まっているため、並行して、「適切な移籍先はないか」という検討もなされがちです。その候補には、当該法分野の成長余力のある事務所(外資系事務所の東京オフィス、ワンランク下で規模が大きな事務所、又は、他には強い法分野を持っているブティックで、自己の得意とする法分野をこれから伸ばそうとしている先等)が挙がりますが、ここでは(「都落ち感はないか?」というプライドの問題よりも)「想定するクライアントから事件を受けるに際して、事務所のブランド力やネットワークが十分な先はどこか?」という実務面を重視した検討が行われることになります。

 また、環境を変える場合でも、「アソシエイトのままでは自分の名前で仕事ができない」ために、「どんな要件をクリアすれば、いつパートナーとしての肩書きを手に入れることができるか?」も重要な考慮要素となります。

以上

タイトルとURLをコピーしました