◇SH3320◇最二小判 令和2年2月28日 債務確認請求本訴、求償金請求反訴事件(草野耕一裁判長)

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 被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合における被用者の使用者に対する求償の可否

 被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、使用者の事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができる。

 民法715条

 平成30年(受)第1429号 最高裁令和2年2月28日第二小法廷判決 債務確認請求本訴、求償金請求反訴事件 破棄差戻

 原 審:平成29年(ネ)第2529号 大阪高裁平成30年4月27日判決
 原々審:平成27年(ワ)第12583号、同28年(ワ)第9176号 大阪地裁平成29年9月29日判決

1 事案の概要

 ⑴ 本件は、トラック運転手であるX(本訴原告兼反訴被告・被控訴人・上告人)が、勤務先であったY(本訴被告兼反訴原告・控訴人・被上告人)に対し、Xが勤務中に起こした交通死亡事故につき、自ら被害者の遺族の1人に対して1500万円余りの損害賠償をしたことにより、Yに対する求償権を取得したと主張して、同額の求償を求めた事案である。

 なお、Yは、別の遺族に対して損害賠償金として支払った1300万円について、Xに対して求償を求める反訴を提起していた。

 ⑵ 事実関係の概要

 Yは、全国に多数の営業所を有する貨物運送事業者であるが、事業に使用する車両全てについて任意保険に加入していなかった。Yの従業員であったXは、業務としてトラックを運転中に交通死亡事故を起こし、その被害者の遺族の1人から損害賠償請求訴訟を提起され、確定判決に従って1500万円余りの損害賠償をした。他方、Yも、別の遺族から損害賠償請求訴訟を提起され、和解により1300万円の損害賠償をした。

 ⑶ 原審は、使用者と被用者の共同不法行為が成立する場合等を除き、被用者から使用者に求償することはできないと判断して、Xの本訴請求を棄却した。なお、Yの反訴請求についても、Yの求償権の行使は信義則上制限されるとして棄却すべきものとした。

 本判決は、判決要旨のとおり判示して、原判決中、Xの本訴請求に関する部分を破棄し、同部分につき、本件を原審に差し戻した。

2 いわゆる逆求償の可否について

 被用者が賠償した場合における被用者から使用者に対する求償については、学説上、「逆求償」と呼ばれ、古くからその可否が議論されていた。かつては、使用者責任の性質に関する伝統的な見解である代位責任説の立場から、不法行為者である被用者が、本来、損害全部を賠償すべきであり、使用者責任は、被用者が無資力である場合もあるため被害者保護の観点から肩代わりする責任を使用者に負わせたものにすぎないのであるから、使用者に負担部分はなく、逆求償は認められないという見解が一般的であったようである。しかし、現在では、使用者責任は使用者固有の責任であるとの見解に立ち、使用者にも負担部分を認めて逆求償を肯定する見解が有力となっている。また、これとは異なる理由付けで逆求償を認める見解もあり、結論において逆求償を肯定するのが通説的見解になっていたといえる。逆求償に関する最高裁判例はなく、下級審裁判例も「信州フーズ事件」(佐賀地判平成27・9・11労判1172号81頁)や大分地判平成28・2・5が見当たる程度である(これらの裁判例は逆求償を肯定している。)。

3 本判決

 ⑴ 本判決は、逆求償を肯定したものであるが、その理由として、①使用者責任の趣旨及び②使用者から被用者に対する求償の場合における結果との整合性という2つの点を挙げている。

 まず、①本判決は、使用者責任が設けられた趣旨について、「使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである」と述べている。このような報償責任ないし危険責任の考え方は、本判決が引用する最三小判昭和32・4・30民集11巻4号646頁や最二小判昭和63・7・1民集42巻6号451頁等において繰り返し示されていたところではあるが、これらの判例では、使用者が被害者や他の共同不法行為者との関係において被用者と同じ内容の責任を負うべきことの理由付けとして使用者責任の趣旨が述べられていた。これに対し、本判決は、使用者責任の趣旨からすれば、使用者は被害者との関係で損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係でも損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである旨を述べており、報償責任ないし危険責任の考え方を使用者・被用者の内部関係にまで及ぶことを明らかにした点に特徴がある。

 そして、第三者に損害を加える危険を伴う業務を被用者に反復継続して行わせる事業を使用者が営んでいる場合を想定すると、そのような危険を伴う事業により使用者が利益を得る一方、その危険が現実化して生じた損害を全て被用者に負担させるというのは公平とはいえない。また、事故を予防するための業務態勢の整備や設備投資を行ったり、そのような対策を講じても発生し得る事故に備えて保険に加入するなどして損失を分散したりすることについては、被用者がこれらを行うことは困難であり、使用者が行うことができるものと考えられる。このような点に鑑みるならば、使用者の事業の執行について第三者に損害が生じた場合において、使用者は、被害者との関係で損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解するのが、損害の公平な分担に資するものといえる。本判決は、このような理解の下、使用者が「損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである」としたものと考えられる。

 なお、ここで「損害の全部又は一部」として使用者が損害の全部について負担すべき場合もある旨を述べているという点は、留意が必要である 。また、「場合がある」とされていることからすれば、被用者が損害全部について負担すべき場合もあるものと解され、例えば、被用者が顧客から金銭を詐取したなど、権限を濫用して自己の利益を図って第三者に損害を与えたなどの場合がこれに当たると考えられる。

 ⑵ また、本判決は、逆求償を肯定する理由として、②使用者から被用者に対する求償の場合における結果との整合性も挙げている。

 本件判決は、最一小判昭和51・7・8民集30巻7号689頁(昭和51年最判)を引用しつつ「使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができると解すべき」と述べた上で、上記の場合、すなわち、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でないと述べている。

 昭和51年最判は、本件とは逆のケース、すなわち被用者が事業の執行について起こした事故について、使用者が賠償して被用者に求償した事案において、求償が可能なのは、上記の諸事情に照らし損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度であるとしており、使用者が使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には、使用者が被用者に求償できずに使用者自ら最終的にも負担する部分があることとなり、使用者と被用者とが損害を分担する結果となる。これに対し、被用者が第三者の被った損害を賠償した場合において、被用者から使用者に対する逆求償を否定すると、使用者が損害を負担することはなく、被用者のみが損害全部を負担する結果となる。使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行するか、被用者が第三者の被った損害を賠償するかといったことは、被害者が使用者・被用者のいずれに対して損害賠償を求めたかなどの事情によって左右されるものであり、そのような責任とは無関係な事情によって最終的な損害の負担が異なることになるのは合理性があるといえない。また、逆求償を否定すると、使用者としては損害賠償義務を履行せず被用者によって賠償がされるのを待つことにより自らは一切の損害負担を免れることができることとなり、他方、被用者としては自ら弁済すると損害全部の負担を免れないこととなるために被害者に賠償することが困難となるのであって、その結果、被害者は、使用者からも被用者からも速やかに損害賠償を受けることができず、損害の填補という不法行為法の目的に反する事態を招くことにもなりかねない。

 ⑶ 本判決は、以上のような考慮から、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、最終的な使用者と被用者の損害負担の結果が異なることは相当ではないとして、逆求償を肯定するとともに、逆求償できる額についても、昭和51年最判が挙げたのと同様の基準で決定すべきとしたものと考えられる。

 ⑷ 逆求償の可否については、学説上、これを肯定する見解が多数であったものの、伝統的な代位責任説の立場からは肯定することは困難と考えられるところ、本判決は、使用者責任の趣旨を改めて確認するとともに、その趣旨は使用者と被害者との関係のみならず、使用者と被用者との関係にも及ぶべきものとして、逆求償を肯定した点に重要な意義がある。

 なお、本判決は、使用者責任について代位責任であるのか、固有責任であるのかについて言及するものではないが、使用者が被用者との関係においても損害の全部又は一部を負担すべき場合があるとされた以上、使用者責任を代位責任であると説明することは困難であり、本判決の背後には、報償責任ないし危険責任を根拠とする固有責任であるとの考え方があるように思われる。

 本判決の菅野博之裁判官及び草野耕一裁判官の補足意見と三浦守裁判官の補足意見には、本件事案において逆求償の額を判断するに当たって重視すべき事情が挙げられており、類似の事案における使用者と被用者との間における損害の公平な分担の在り方についての重要な示唆を含んでいる。

 

 

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