1
本件は、Xが、坂戸市長から自己の所有する家屋(以下「本件家屋」という。)に係る平成22年度の固定資産税及び都市計画税(以下、併せて「固定資産税等」という。)の賦課決定処分を受けたことについて、Xは賦課期日の時点において登記簿又は家屋補充課税台帳に本件家屋の所有者として登記又は登録されていなかったから、本件家屋に係る平成22年度の固定資産税等の納税義務者ではなく、賦課決定処分は違法であると主張して、Yを相手に、その取消しを求めた事案である。
2
本件の事実関係の概要は、次のとおりである。
Xは、平成21年12月7日、埼玉県坂戸市内に本件家屋を新築し、その所有権を取得したが、平成22年度の固定資産税等の賦課期日である平成22年1月1日の時点では、本件家屋につき、登記はされておらず、家屋補充課税台帳における登録もされていなかった。本件家屋については、平成22年10月8日に、所有者をX、登記原因を「平成21年12月7日新築」とする表題登記がされ、平成22年12月1日に、坂戸市長が、平成22年度の家屋課税台帳に所有者をXとするなどの所要の事項の登録をした上、Xに対し、本件家屋に係る平成22年度の固定資産税等の賦課決定処分(以下「本件処分」という。)をした。
3
地方税法(以下「法」という。)343条1項、359条は、固定資産の賦課期日現在の「所有者」が固定資産税の納税義務者である旨を定め、343条2項前段は、ここにいう土地又は家屋の「所有者」とは、登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳(以下、両台帳を併せて単に「補充課税台帳」という。)に所有者として登記又は登録されている者をいう旨を定めている。本件においては、賦課期日現在の真の所有者であっても(Xがこれに該当することは争いがない。)、その時点で登記簿又は補充課税台帳に所有者として登記又は登録されていない限り、固定資産税の納税義務者である「所有者」に該当せず、当該賦課期日に係る年度の固定資産税の納税義務を負わないものと解すべきか否かが争われた。
なお、本件家屋に係る都市計画税の納税義務者は、固定資産税の納税義務者と同一である(法702条1項、2項、702条の6)。
4
原審は、法343条1項及び2項前段における家屋の「所有者」とは、当該家屋について登記簿又は家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者をいうとされており、その要件の充足の有無は、賦課期日である1月1日(359条)において判断されるべきものであるから、家屋については、これを現実に所有している者であっても、賦課期日の時点において登記簿又は家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されていない限り、法343条1項及び2項前段における家屋の「所有者」として固定資産税の納税義務を負うものではないというべきであり、平成22年度の賦課期日の時点で所有者として登記又は登録されていなかったXは同年度の固定資産税等の納税義務を負わないとして、Xの請求を認容すべきものとした。
これに対し、本判決は、土地又は家屋につき、賦課期日の時点において登記簿又は補充課税台帳に登記又は登録がされていない場合において、賦課決定処分時までに賦課期日現在の所有者として登記又は登録されている者は、当該賦課期日に係る年度における固定資産税の納税義務を負うものと解するのが相当であると判示し、Xを納税義務者として本件家屋に係る平成22年度の固定資産税等を賦課した本件処分は適法であるとして、Xの請求を棄却すべきものとした。
5
土地又は家屋について、賦課期日の時点において登記簿又は補充課税台帳に登記又は登録がされている場合には、これにより所有者として登記又は登録された者は、賦課期日の時点における真の所有者でなくても、また、賦課期日後賦課決定処分時までにその所有権を他に移転したとしても、当該賦課期日に係る年度における固定資産税の納税義務を負い、真の所有者でないにもかかわらず固定資産税の納税義務を負担した者は、真の所有者に対して不当利得返還請求権を有すると解するのが最高裁の判例である(最高裁昭和30年3月23日大法廷判決・民集9巻3号336頁、最高裁昭和47年1月25日第三小法廷判決・民集26巻1号1頁)。
これに対し、本件で問題とされたのは、賦課期日の時点において登記簿又は補充課税台帳に登記又は登録がされていない場合において、賦課決定処分時までに賦課期日現在の所有者として登記又は登録された者が当該賦課期日に係る年度の固定資産税の納税義務を負うか否かという点であった。課税実務上は納税義務の存在を前提とする運用がされているようであるが、この点について判示した裁判例は、本件の第1、2審判決以外には見当たらず、また、これについて論じた学説等も特に見当たらない。
6
固定資産税は、土地、家屋及び償却資産の資産価値に着目し、その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税であり、その納税義務者は、賦課期日現在における固定資産の所有者であるが(法343条1項、359条)、土地、家屋及び償却資産という極めて大量に存在する課税物件について、課税主体である市町村等がその真の所有者を逐一正確に把握することは事実上困難であるため、法は、課税上の技術的考慮から、土地又は家屋については、登記簿又は補充課税台帳に賦課期日現在の所有者として登記又は登録されている者を固定資産税の納税義務者として、その者に課税する方式を採用している(343条2項前段)。その一方で、法がその登記又は登録がされるべき時期につき特に定めを置いていないことからすれば、登記又は登録は賦課期日の時点において具備されていることを要するものではなく、賦課決定処分時までに具備されていれば足りるものと解される。そして、このように解することは、関連する法の諸規定や諸制度(補充課税台帳制度、建物の表題登記の申請等をしなかったことによる固定資産税の「不足税額」の追徴、償却資産に対する課税)との整合性の観点からも相当であるといえる。
これと異なり、賦課期日の時点において登記又は登録が具備されていなければならないと解した場合には、その時点で未登記の土地又は家屋を補充課税台帳に登録して当該賦課期日に係る年度の固定資産税を課することはほとんど不可能となり、法が課税の公平を確保するために設けた補充課税台帳制度の趣旨が没却されるものと考えられる。また、賦課期日現在の真の所有者であるにもかかわらず、その時点における登記又は登録の有無によって納税義務の有無に違いが生じることになれば、登記又は登録がされている所有者との間で課税の公平を害するばかりか、家屋の新築後にあえて登記申請を遅らせることにより容易に租税回避が可能となるなど、実質的妥当性の点でも問題があるものと考えられる。
本判決は、以上のような観点から、土地又は家屋につき、賦課期日の時点において登記又は登録がされていることを要するものではなく、賦課決定処分時までに登記又は登録がされているときは、これにより賦課期日現在の所有者として登記又は登録されている者は、当該賦課期日に係る年度における固定資産税の納税義務を負う旨の判断を示したものと解される。
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本判決は、賦課期日の時点において登記又は登録がされていない土地又は家屋に係る固定資産税の納税義務の有無につき最高裁が初めて判断したものであり、実務上重要な意義を有するものと考えられることから、紹介する次第である。