会社法182条の4第1項に基づき株式の買取請求をした者が同法182条の5第5項に基づく支払を受けた場合における上記の者の同法318条4項にいう「債権者」該当性
会社法182条の4第1項に基づき株式の買取請求をした者は、同法182条の5第5項に基づく支払を受けた場合であっても、上記株式の価格につき会社との協議が調い又はその決定に係る裁判が確定するまでは、同法318条4項にいう「債権者」に当たる。
会社法182条の4第1項、182条の5第5項、318条4項
令和元年(受)第2052号 最高裁令和3年7月5日第二小法廷判決
株主総会議事録閲覧謄写請求事件 棄却(民集75巻7号登載予定)
原 審:平成31年(ネ)第1150号 東京高裁令和元年8月7日判決
第1審:平成29年(ワ)第28803号 東京地裁平成31年2月18日判決
1 事案の概要
本件は、Yにおける株式併合によりその保有する株式が1株に満たない端数となるとして会社法182条の4第1項に基づき上記株式の買取請求をしたXが、Yに対し、Xは上記株式の価格の支払請求権を有しているからYの債権者に当たるなどと主張して、同法318条4項に基づき、株主総会議事録の閲覧及び謄写を求めた事案である。XはYから同法182条の5第5項に基づく支払を受けており、Yは、上記株式の価格が上記支払の額を上回らない限りXは同法318条4項にいう債権者には当たらないと主張した。
2 事実関係の概要
⑴ 平成28年7月4日に開催されたYの臨時株主総会及び普通株式の株主による種類株主総会において、同月26日を効力発生日としてYの普通株式及びA種種類株式のそれぞれ125万株を1株に併合する旨の決議がされた。
⑵ Xは、Yの株式4万4400株(以下「本件株式」という。)を有していたところ、上記各株主総会に先立ち、上記各決議に係る議案に反対する旨をYに通知した上、上記各株主総会において上記議案に反対し、同月25日までに、会社法182条の4第1項に基づき、Yに対し、本件株式を公正な価格で買い取ることを請求した。
⑶ Xは、本件株式の価格についてYとの間で協議が調わなかったことから、同法182条の5第2項所定の期間内に、東京地方裁判所に対し、本件株式の価格の決定の申立てをした(同裁判所平成28年(ヒ)第355号株式価格決定申立事件)。
⑷ Yは、同年10月21日、同条5項に基づき、Xに対し、自らが公正な価格と認める額として1332万円を支払った。
⑸ 上記 ⑶ の申立てに係る事件は、本件訴訟の原審口頭弁論終結時において、上記裁判所に係属中であった。
3 1審・原審の判断の概要
1審は、本件株式の価格決定申立事件が係属中であること及びXがYから会社法182条の5第5項に基づく支払を受けていることを挙げ、XがYの債権者に当たるとは認められないとしてXの請求を棄却したが、原審は、Xは本件株式の価格の支払請求権を有しており、上記請求権が同項に基づく支払によって消滅したとは認められないから、XはYの債権者に当たると判断して、Xの請求を認容した。
4 本判決の概要
本判決は、会社法182条の4第1項に基づき株式の買取請求をした者は、同法182条の5第5項に基づく支払を受けた場合であっても、上記株式の価格につき会社との協議が調い又はその決定に係る裁判が確定するまでは、同法318条4項にいう債権者に当たるというべきであるから、Xが同項にいう債権者に当たると判断した原審の判断は正当として是認できるとして、Yの上告を棄却した。
5 説明
⑴ 会社法は、株式会社の株主又は債権者につき、株主名簿、株主総会議事録、取締役会議事録、会計帳簿、計算書類等の閲覧等の請求をすることができる旨を定めている(125条2項・3項、318条4項、371条2項~4項・6項、433条1項・2項、442条3項)。これらの制度は、株主に関しては監視監督権限の実効的な行使のため、債権者に関しては間接有限責任(同法104条)の下での債権の回収確保のために、会社の事業、財産及び損益の状況等に関する情報を入手することを可能としてこれらの者の保護を図ることを目的として設けられたものである(江頭憲治郎・弥永真生編『会社法コンメンタール10 計算等 ⑴ 』(商事法務、2011)532~534頁〔弥永真生〕)。これらの会社関係書類の中には、会計帳簿や取締役会議事録等、開示により営業秘密の漏えい等の弊害が生ずる懸念が大きいものも含まれているものの、会社法は、これらについては、単に「株主」又は「債権者」であることのみによって閲覧等の請求ができるものとするのではなく、閲覧等を請求し得る主体を一定数以上の株式を有する株主に限定したり、請求の理由を明らかにして閲覧等の請求をすべきものとしたり、拒絶事由を定めたりすることにより会社と開示請求権者の利益ないし損失を衡量する制度設計をしている。そうすると、「株主」又は「債権者」に該当するか否かの判断自体において、上記弊害が生ずるおそれを考慮して厳格に判断すべき必要性は見出し難い。このことに加えて、債権者に関しては、会社に対して金銭債権(又はこれに転化し得る債権)を有すると認められる限り、会社の事業等に関する情報を入手してその保護を図る必要性を原則として肯定し得ると考えられることも考慮すれば、株主総会議事録の閲覧等を請求する者は、会社に対して金銭債権等を有することさえ主張立証できれば、上記の「債権者」に当たると認め得るものと解される。
⑵ 株式併合の場合における反対株主の株式買取請求の制度(同法182条の4第1項)は、株式併合が少数株主の排除のために用いられる場合における株主保護の観点から平成26年法律第90号による会社法改正により導入されたものである。その手続、法的効果等は、組織再編等の場合における株式買取請求(同法785条1項、806条1項等)に係る手続等と基本的に同一であり(坂本三郎編著『一問一答平成26年改正会社法〔第2版〕』(商事法務、2015)305~307頁)、同法182条の4第2項各号に掲げる株主(反対株主)は、株式併合により1株に満たない端数となる株式につき、同条1項に基づく買取請求をした場合、会社との間で売買契約が成立したのと同様の法律関係が生ずることにより、上記株式につき公正な価格の支払を求めることのできる権利を取得するものと解される(最三小決平成23・4・19民集65巻3号1311頁参照)。
上記買取請求に係る株式の価格の決定は、まずは当事者間の協議に委ねられ、上記協議が調わないときは、会社又は上記買取請求をした者の申立てにより裁判所がその決定を行う(同法182条の5第2項)。上記の裁判は非訟事件手続によって行われるものであるところ(同法868条1項)、上記買取請求の制度が、反対株主に株式併合により端数となる株式につき適切な対価の交付を確保することで上記株式についての反対株主の利益の保護を図ることをその趣旨とするものであること(前掲坂本編著・一問一答305頁)に照らせば、上記裁判は、客観的に定まっている過去の一定時点の株価を確認するものではなく、裁判所の合理的な裁量によってその価格を形成するものであると解することができ(前掲最三小決平成23・4・19参照)、上記協議が調い又は上記裁判が確定することによって上記価格が決定されるまでは、この価格は未形成というほかないものと解される。もっとも、上記価格の支払請求権が金銭の支払を請求する権利であることは明らかであるから、同法182条の4第1項に基づき株式の買取請求をした者は、上記価格の支払請求権を有する者として同法318条4項にいう債権者に当たることとなると解される。
⑶ ところで、会社は、同法182条の4第1項に基づき株式の買取請求をした者に対し、上記株式の価格の決定があるまでの間、会社が公正な価格と認める額を支払うことができる(同法182条の5第5項)。この事前支払の制度は、会社が株式買取請求に係る株式の価格につき支払うべきものとされる利息(同条4項・株式併合の効力発生日から60日の期間満了の日後についての年6分の割合による利息〔平成29年法律第45号により法定利率による利息に改正〕)が市中金利に比して高額であることによる濫用的買取請求に対処するため、平成26年法律第90号による同法改正により導入されたものである。この制度の導入により、会社は、買取請求をした者が会社からの支払の受領を拒絶した場合には弁済供託(民法494条1項1号)を行うことができることとなり(前掲坂本編著・一問一答331~332頁)、支払額に対する支払後の利息の負担を免れることができるようになった。
もっとも、上記のとおり、買取請求に係る株式の価格の支払請求権は、上記価格についての当事者間の協議が調い又は上記価格の決定に係る裁判が確定するまではその価格が未形成のものである。そうすると、上記価格の形成以前の時点でこれを弁済により消滅させることができるかという点自体につき疑問があり得るし、また、弁済自体は可能であるとしても、その価格が未形成である以上、当該弁済によりその全部が消滅したとの認定をすることは不可能というほかないものと思われる。加えて、同法182条の4第1項に基づき株式買取請求をした者は、会社から同法182条の5第5項に基づく事前支払を受けたとしても、少なくとも上記協議が調い又は上記裁判が確定するまでは、当該買取請求の原因となった株式併合等で会社の業務ないし財産の状況等が変動し得る中で、上記買取請求の制度が設けられた趣旨(買取請求に係る株式についての適切な対価の交付の確保)を果たすべく上記状況等を踏まえた合理的な検討を行う必要がある点において上記支払前と変わるところはないというべきであり、同法318条4項にいう債権者としての保護の必要性が失われるものではない。そうすると、上記買取請求をした者については、上記協議が調い又は上記裁判が確定するまでは、たとえ会社から同法182条の5第5項に基づく支払を受けていたとしても、同法318条4項にいう債権者に当たると認めるのが相当であると解される。なお、実質的観点からみても、同法182条の5第5項に基づき支払われる額は、会社が「公正な価格」であると主観的に考える額にすぎないものであるにもかかわらず、株式買取請求をした者に、価格決定の申立てに係る裁判所が定めるであろう株式価格を予測し、その額が事前支払の額を超えることの主張立証まで求めることは負担として過大であり、同法318条4項の趣旨が没却される結果となるおそれがあるし、上記主張立証を許せば、複数の裁判所間で株式価格についての審理判断の矛盾又は重複が生ずるおそれもあり、適切とはいえないであろう。
⑷ 本判決は、このような理解の下、会社法182条の4第1項に基づき株式の買取請求をした者は、同法182条の5第5項に基づく支払を受けた場合であっても、上記株式の価格につき会社との協議が調い又はその決定に係る裁判が確定するまでは同法318条4項の債権者に当たる旨判断したものと解される。これによれば、上記買取請求をした者が同項に基づく請求をした場合、裁判の確定等が未了であれば、会社は同法182条の5第5項に基づく支払をしていたとしてもこれを主張してその者の債権者該当性を争うことはできず、仮に上記の主張をした場合には主張自体失当として取り扱われることになると解される(なお、裁判の確定等により株式の価格が決定された場合には、上記価格が同法182条の5第5項に基づく支払の額を上回るか否かを検討して債権者該当性につき判断すべきことは当然である。また、価格の決定が未了であっても、既に十分な額の支払がされているとみられる場合等に、閲覧等の請求が正当な目的によるものではなく権利濫用に当たるとしてその請求が拒絶され得ることまでが否定されるものではない。)。これは計算書類等の閲覧等請求についても同様と解されるところ、最高裁第二小法廷は、本件と同一の当事者間において同法442条3項にいう債権者該当性が問題となった事案(令和2年(受)第4号計算書類閲覧謄写請求事件)につき、本判決と同日付けで、本件と同様の判示をして、Xが同項にいう債権者に当たるとは認められないとした原判決(東京高裁平成31年(ネ)第1008号事件・令和元年8月1日判決)を破棄する判断をしている。
⑸ 本判決は、会社法に基づき株式買取請求をした者が株式価格決定前の支払を受けた場合の会社書類の閲覧等請求の可否について初めて判断したものであり、実務上重要な意義を有すると思われる。