債権法改正後の民法の未来 86
個人保証の廃止(上)
アイマン総合法律事務所
弁護士 安 部 将 規
1 最終の提案内容
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「 個人保証の制限について,次のような規律を設けるものとする。
- ア 保証人が法人である場合を除き,事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約又は主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約は,その契約の締結に先立ち,その締結の日前1箇月以内に作成された公正証書で保証人になろうとする者が保証債務を履行する意思を表示していなければ,その効力を生じない。
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イ アの公正証書を作成するには,次に掲げる方式に従わなければならない。
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(ア) 次に掲げる保証契約を締結し,保証人になろうとする者が,それぞれ次に定める事項を公証人に口授すること。
- a 保証契約(bを除く。) 主たる債務の債権者及び債務者,主たる債務の元本,主たる債務に関する利息,違約金,損害賠償その他その債務に従たる全てのものの定めの有無及びその内容並びに当該主たる債務者が債務を履行しないときには,当該債務の全額について履行する意思(保証人になろうとする者が主たる債務者と連帯して債務を負担しようとするものである場合には,債権者が主たる債務者に対して催告をしたかどうか,主たる債務者がその債務を履行することができるかどうか又は他に保証人がいるかどうかにかかわらず,その全額について履行する意思)を有していること。
- b 根保証契約 主たる債務の債権者及び債務者,主たる債務の範囲,保証契約における極度額,元本確定期日の有無及びその内容並びに当該主たる債務者がその債務を履行しないときには,極度額の限度で元本確定期日又は5(2)ア若しくはイに掲げる事由が生じた時までに生じた主たる債務の元本及び主たる債務に関する利息,違約金,損害賠償その他その債務に従たる全てのものの全額について履行する意思(保証人になろうとする者が主たる債務者と連帯して債務を負担しようとするものである場合には,債権者が主たる債務者に対して催告をしたかどうか,主たる債務者がその債務を履行することができるかどうか又は他に保証人がいるかどうかにかかわらず,その全額について履行する意思)を有していること。
- (イ) 公証人が,保証人になろうとする者の口述を筆記し,これを保証人になろうとする者に読み聞かせ,又は閲覧させること。
- (ウ) 保証人になろうとする者が,筆記の正確なことを承認した後,署名し,印を押すこと。ただし,保証人になろうとする者が署名することができない場合は,公証人がその事由を付記して,署名に代えることができる。
- (エ) 公証人が,その証書は(ア)から(ウ)までに掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して,これに署名し,印を押すこと。
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(ア) 次に掲げる保証契約を締結し,保証人になろうとする者が,それぞれ次に定める事項を公証人に口授すること。
- (注) 保証人になろうとする者が口をきけない者である場合又は耳が聞こえない者である場合については,民法第969条の2を参考にして所要の手当をする。
- ウ ア及びイの規定は,事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約又は主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約の保証人の主たる債務者に対する求償権についての保証契約(保証人が法人であるものを除く。)に準用する。
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エ 次に掲げる者が保証人である保証契約については,アからウまでの規定は,適用しない。
- (ア) 主たる債務者が法人その他の団体である場合のその理事,取締役,執行役又はこれらに準ずる者
- (イ) 主たる債務者が法人である場合のその総社員又は総株主の議決権の過半数を有する者
- (ウ) 主たる債務者が個人である場合の主たる債務者と共同して事業を行う者又は主たる債務者が行う事業に現に従事している主たる債務者の配偶者」
- cf.中間試案(第17 保証債務)
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「6 保証人保護の方策の拡充
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(1) 個人保証の制限
次に掲げる保証契約は,保証人が主たる債務者の[いわゆる経営者]であるものを除き,無効とするかどうかについて,引き続き検討する。- ア 主たる債務の範囲に金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務(貸金等債務)が含まれる根保証契約であって,保証人が個人であるもの
- イ 債務者が事業者である貸金等債務を主たる債務とする保証契約であって,保証人が個人であるもの」
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(1) 個人保証の制限
2 提案の背景
保証については、保証契約の内容を適正化し保証人の保護を図る観点から、平成16年の民法改正により一定の見直しが行われたが、なお一層の保証人保護の拡充を求める意見があり,個人保証の制限について議論が行われた。
保証は、不動産等の物的担保の対象となる財産を持たない債務者が自己の信用を補う手段として、実務上重要な意義を有しているが、他方で、個人の保証人が必ずしも想定していなかった多額の保証債務の履行を求められ、生活の破綻に追い込まれるような事例が後を絶たないことから、原則として、個人保証を無効とする規定を設けるべきである等の考え方が提案された。
3 議論の経過
(1) 経過一覧
法制審議会では、下記一覧表記載のとおり議論がなされた。
会議等 | 開催日等 | 資料 |
第6回 |
H22.3.23開催 第1読会 |
部会資料8-1,8-2(詳細版) |
第21回 | H23.1.11開催 | 部会資料21 |
第25回 | H23.3.8開催 | 部会資料25 |
第26回 | H23.4.12開催 | 部会資料26 |
中間的な論点整理 | H23.4.12決定 |
同補足説明 部会資料33-2(中間的な論点整理に寄せられた意見の概要(各論1)) |
第44回 | H24.4.3開催 |
部会資料36 山野目章夫「フランス保証法における過大な個人保証の規制の法理」 大阪弁護士会民法改正問題特別委員会有志「保証の主要論点についての条文提案」 |
第1分科会第4回 | H24.5.29開催 | 分科会資料3 |
第61回 | H24.11.6開催 | 部会資料50 |
第66回 | H25.1.15開催 |
部会資料55 大阪弁護士会民法改正問題特別委員会有志「「部会資料55(中間試案のたたき台(3))第1~6 に対する意見」 |
第70回 | H25.2.19開催 | 部会資料58 |
第71回 | H25.2.26開催 |
部会資料59 部会資料60 |
中間試案 | H25.2.26決定 | 中間試案(概要付き) |
第80回 | H25.11.19開催 |
部会資料64-8(「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」に対して寄せられた意見の概要(各論)【速報版(7)】) 部会資料70A 部会資料71-4(中間試案に対して寄せられた意見の概要(各論3)) 加納克利関係官「要綱案のたたき台(5)についての意見(保証関係)」 |
第86回 | H26.3.18開催 |
部会資料76A 大阪弁護士会民法改正問題特別委員会有志「部会資料76ABに関する提案」 |
第88回 | H26.5.20開催 |
部会資料78A 加納克利関係官「民法(債権関係)部会資料78A・Bについての意見」 |
第92回 | H26.6.24開催 |
部会資料80-1,80-2,80-3 大島博委員「個人保証の制限について~個人事業主の配偶者の取り扱いを巡って」 |
第96回 | H26.8.26開催 | 部会資料83-1,83-2 |
(2) 概要
保証契約のうち特に個人が保証人となる場面の特質は、その情宜性・無償性・軽率性・未必性・結果の不可視性等にある。このため、保証の危険を認識していなかった保証人が、突然あるいは忘れた頃に、予期せぬ多額の保証債務の履行を求められ、親族や知人らを巻き込んだ生活破壊、人間関係崩壊に追い込まれる深刻な事例が後を絶たない。
保証債務や第三者の債務の肩代わりは、自己破産や個人再生の申立ての主要な原因の一つとなっており、保証人とその家族の生活基盤を破壊している。例えば、日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編「2011年破産事件及び個人再生事件記録調査」によれば、破産の約19%、個人再生の約9%が保証等が原因とされている。また、内閣府の公表によれば、平成24年の自殺者(自死者)はようやく年間3万人を下回り、また、令和元年は速報値ベースで2万人を下回ったとはいえ、平成23年以前は10年以上の長期にわたって、自殺者(自死者)は年間3万人を超えていた。その主要な原因・動機の一つは、経済・生活問題である。
また、経営者が倒産するにあたって最も心配することの一つは、保証人への影響である。また生活破綻に陥った保証人が自殺(自死)する事例や、主債務者が他の保証人に迷惑をかけることを苦に自殺(自死)する事例も認められる。このような保証被害は、個々人の問題ではなく、もはや社会問題といえよう。
真意ではなく又は過大な保証契約を締結した保証人の保護は、裁判実務においても、錯誤論や信義則違反、公序良俗違反、権利濫用等の一般原則による救済を指向しているが、残念ながら現状十分な保護が図られているとは言い難い状況が続いている。
このような指摘を受け、保証人保護の観点から、中間試案においては、債務者が事業者である貸金等債務を主たる債務とする保証契約について、いわゆる経営者を除く者が保証人となる保証を無効とするかどうかについて検討することが提案されていた。
(下)に続く