実学・企業法務(第148回)
法務目線の業界探訪〔Ⅲ〕自動車
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
〔Ⅲ〕自動車
6. 自動車業界全体の主な取り組みテーマ
(1) 自動車の貿易摩擦交渉
1970年代以降、日本製の自動車の国際競争力が高まったことにより、日本から米国・欧州への輸出が増加し、輸入国との間で貿易摩擦が大きくなった。
特に、ビッグ3(GM、フォード、クライスラー)を擁する米国の日本に対する政治的圧力は強く、さまざまな形で米国輸出に対する規制が行われた。
日米間の通商協議では、自動車完成品の製造、自動車部品の製造、販売網、整備工場、分解工場等が検討対象になり、日米の業界同士の争いが展開された。
日米の企業・工業界の取組みを両国政府が見守る形で、広範にわたる取決めが行われたが、その合意事項の中には、独占禁止法に抵触する可能性がある取決めも見られる。
1990年代前半の日米通商協議によって、外国から日本市場へのアクセスは以前より容易になったが、その後の経緯を見ると、協議の成果を享受したのは主として欧州車であり、他国の企業は、その成功事例をベンチマークする必要があろう。
(参考)日本輸入車の新規登録台数の変化(日本自動車輸入組合データにより作成)
1990年 | 2016年 | 増減率 | ||
欧州車上位(1990年)の5種 | 140,120台 | 208,607 | +49% | Audi,BMW,Mercedes-Benz,Volvo,VW |
米国車上位(1990年)の5種 | 16,858台 | 3,741 | ▲78% | Cadillac,Chevrolet,Chrysler,Ford,Pontiac |
日米包括協議のもとでの「日米自動車・同部品協議」合意(1995年8月)
合意の要点は、次の通りである。
1. 外国車の日本市場アクセス促進に係る措置
- ・「競合車取扱いの自由」に関する関係事業者団体の声明を日本政府が支持
- ・ 日米政府及び日米企業の「連絡担当者の指定」
- ・ JETROの展示会開催を日本政府が財政支援
- ・ 米国企業の対日輸出促進、競争力強化のための努力を米国政府が支援
2. 自動車部品購入機会に係る措置
- ・ 自動車企業と外国部品供給者との関係強化のためのの活動を日本政府が支持
- ・ JETROの展示会開催を日本政府が財政支援
- ・ 米国政府が、米国企業の対日輸出促進・競争力強化を支援
3. 規制緩和
- ・ 分解整備に係る規制緩和(いわゆる重要保安部品の削減)
- ・ 整備工場の認証・指定に係る規制緩和、独立系整備工場の増加策
- ・ 構造等変更検査に係る規制緩和
- ・「補修部品市場アクセス改善プログラム」の実施
4. 措置の評価
-
・ 二国間協議を年1回開催し、日米政府の措置の実施状況・達成度を客観的基準で評価。
但し、評価は措置の実施と進展に関するものであり、米側の予測等の検証ではない。
〔客観的基準の例〕外国車の新規販売台数・金額の変化、外国製部品の輸入額の変化、外国供給者の努力
(2) TPPにおける自動車・自動車部品の関税
2016年2月にニュージーランドで、環太平洋12カ国がTPP協定[1]に署名した。
この協定は5年以上の交渉を経て合意に至ったものだが、署名後に、最大の経済規模を持つ米国が離脱する意向を表明し、協定の発効要件が満たされなくなった。
残った11カ国は、署名済みの協定に最小限の修正を加えることによって11カ国協定を実現しようと交渉を続けている。(2017年11月時点)
本項では、署名済みの12カ国TPP協定の中で大きなウェイトを占める自動車分野の取り決めについて、要点を観察する。
1. 関税率
段階的に引き下げ、最終的に撤廃する。
- 〔日本〕自動車輸入関税率は、既に「ゼロ」である。
-
〔米国〕現在、日本から米国に輸出する「自動車」に係る関税2.5%を、25年かけて段階的に撤廃する。日本から米国に輸出する「自動車部品」の関税は、協定発効後、輸出金額で8割を超える品目で即時撤廃する。
(注) エンジンの一部の関税は5年、パワーステアリングは7年で撤廃。 - 〔カナダ〕日本から輸出する「乗用車の本体」に係る6.1%の関税を段階的に低減し、5年かけて撤廃する。
- 〔ベトナム〕国内産業保護のため乗用車の関税率が高いが、3000㏄超の乗用車に係る関税率約70%を10年かけて撤廃する。
2. 原産地規則
TPP参加国で生産された部品を何%使えば自動車の関税をゼロにするのかを定める基準であり、「自動車(完成車)」の原産地規則の割合は付加価値基準(控除方式で55%又は純費用方式で45%)とされた。
自動車部品については、別途、個別に規定されている。
-
(注) 原産地規則(TPP協定 第3章 第A節)
TPP域内では統一の原産地規則が適用され、原産地の認定にはTPP加盟国における付加価値・加工工程を足し上げる「完全累積制度」が採用される。
原産品は、基本的に1又は2以上の締約国の領域において「完全に得られ又は生産される産品」、「原産材料のみから完全に生産される産品」、「非原産材料を使用して完全に生産される産品で、品目別規則の要件を満たすもの」のいずれかとされ、それぞれ詳細に定義されている。
TPP協定には、原産地手続に関する規定もあり[2]、輸出者・生産者又は輸入者により作成された原産地証明書の取扱い及び記録の保管義務等[3]が定められている。
既存の FTA又はEPAと異なる原産地規則が適用されることになる製品については、現在のサプライチェーンの競争力を再評価する必要がある。
[1] Trans-Pacific Partnership の略
[2] TPP協定第3章 第B節
[3] 輸入者は輸入日から少なくとも5年間、原産地証明書を保管し、原産地証明書を提供した生産者又は輸出者がその作成日から少なくとも5年間、証明書記載を証する記録を保管する。