債権法改正後の民法の未来 87
個人保証の廃止(下)
アイマン総合法律事務所
弁護士 安 部 将 規
4 立法が見送られた理由
保証人保護の観点から、中間試案においては、事業資金の借入れによる債務等について、経営者ではない、いわゆる第三者による保証を無効とすることが検討されていた。
しかし、例えば、新たに起業をするに当たって担保なくして融資を得られるだけの信用がなく、物的な担保の対象とするだけの財産も保有していない一方で、起業を支援しようとする第三者が保証する意思を有している場合など、第三者保証を認めることが社会的に有用な場面もあるとの指摘があった。
また、中小企業庁「信用保証協会における第三者保証人徴求の原則禁止について」や、金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」においても、保証人になろうとする者が自発的に保証の申し出を行った場合には例外的に第三者保証が認められていることから、このような道を全く閉ざしてしまうとすると特に中小企業の金融などに支障を生じさせることにもなりかねない、との指摘があった。
さらに、保証人の資力に照らして過大な保証を禁止する旨の規定については、そもそも保証契約自体は有効に行い得るはずのものであって、それがもし無効になるとするならば、保証人の意思決定に不当な制約が加えられて、不利な契約をさせられたというような根拠がどうしても必要になってくるのではないかとの理論的な指摘もあった。
このような指摘等がある中で、今回の改正においては、第三者による保証を無効とするとの提案は見送られた。
そのうえで、改正法は、新たに、保証契約締結日の前1か月以内に、公正証書により保証意思を確認するための厳格な手続を経なければ、事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約又は主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約は効力を生じないものとした[1]。
5 今後の参考になる議論
(1) 大阪弁護士会は、全国の他の弁護士会に先駆けて、2009年(平成21年)9月に公表した「意見書―民法(債権法)改正について―」[2]において、「個人保証,連帯保証制度の廃止を含め,個人保証制度のあり方について検討すべきである。」ことを提案した。
その後も、2011年(平成23年)7月に公表した「『民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理』に対する意見書」[3]において、①与信業者が、消費者との信用供与取引によって生じた債務について、消費者との間で保証契約を締結することを禁止すること、②事業者が負う債務について、当該事業者の経営に直接関与している者以外の消費者との間で保証契約を締結することを禁止することなどを提案した。
また、2013年(平成25年)5月に公表した「『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』に関するパブリックコメントに対する意見書」においては、「個人保証は原則として廃止し,例外はいわゆる経営者保証等極めて限定的なものに限るものとすべき」ことを提案した。
(2) 近畿弁護士連合会においては、2012年(平成24年)11月30日に開催された第27回近弁連人権大会において、「個人保証の原則廃止と保証業法の制定を求める決議」により、「債権者が事業者で保証人が個人である場合について,原則として個人保証は廃止するものとする。例外は,経営者保証等極めて限定的なものに限るものとする(賃貸借の保証等については,個人保証を例外として許容しない)」ことが決議された。
(3) 日本弁護士連合会は、2011年(平成23年)9月15日に公表した「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理に対する意見」において、「主債務者が消費者である場合における個人の保証を禁止すべきである。また,主債務者が事業者である場合における経営者以外の第三者の保証について,保証契約を無効とするべきである」との提案を行った。
その後も、2012年(平成24年)1月20日には「保証制度の抜本的改正を求める意見書」、2013年(平成25年)6月20日には、「『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』に対する意見」、2014年(平成26年)2月20日には「保証人保護の方策の拡充に関する意見書」をそれぞれ公表し、個人保証の原則禁止に向けた提案を行ってきた。
また改正要綱が採択されたことを受けて、2015年(平成27年)3月19日には、「『民法(債権関係)の改正に関する要綱』に対する意見書」を公表し、引き続き保証人保護の取組みに向けた提案を行っている。
(4) 国会審議においても、衆議院法務委員会では、「3 個人保証の制限に関する規定の適用が除外されるいわゆる経営者等のうち、代表権のない取締役等及び『主たる債務者が行う事業に現に従事している主たる債務者の配偶者』については、本法施行後の状況を勘案し、必要に応じ対応を検討すること。」、「4 我が国社会において、個人保証に依存し過ぎない融資慣行の確立は極めて重要なものであることを踏まえ、事業用融資に係る保証の在り方について、本法施行後の状況を勘案し、必要に応じ対応を検討すること。」との附帯決議が付されている。
参議院法務委員会でも、「3 個人保証の制限に関する規定の適用が除外されるいわゆる経営者等のうち、代表権のない取締役等及び『主たる債務者が行う事業に現に従事している主たる債務者の配偶者』については、本法施行後の状況を勘案し、必要に応じ対応を検討すること。」、「4 我が国社会において、個人保証に依存し過ぎない融資慣行の確立は極めて重要なものであることを踏まえ、個人保証の一部について禁止をする,保証人の責任制限の規定を明文化する等の方策を含め,事業用融資に係る保証の在り方について、本法施行後の状況を勘案し、必要に応じ対応を検討すること。」との附帯決議が付されている。
(5) 個人保証については、個人保証の弊害に対する指摘や起業の促進の観点などから、法制審議会部会における議論とは別に、例えば、以下のとおり、金融実務上のさまざまな取組みがなされている。
(ア) 中小企業庁は、個人保証の弊害なども考慮し、信用保証協会が行う保証制度について、2006年度(平成18年度)に入ってから信用保証協会に対して保証申込を行った案件については、経営者本人以外の第三者を保証人として求めることを原則禁止した。
金融庁も、2011年(平成23年)7月以降、「主要行等向けの総合的な監督指針」及び「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」の中で、「事業からのキャッシュフローを重視し、担保・保証に過度に依存しない融資の促進を図る」、「経営者以外の第三者の個人連帯保証を求めないことを原則とする融資慣行を確立する」ことを求めている。
また、中小企業庁は、不動産担保によらない保証・融資を推し進め、信用保証協会は、在庫や売掛債権を担保とした融資を推進するべく「流動資産担保融資(ABL)保証制度」を実施している。東日本大震災の被災地の金融機関の間でも、津波被害等で土地評価額が下がる中、新たな融資手法で企業の資金需要に応えるべく、設備や在庫などを担保に資金を貸す流動資産担保融資の活用が広がっている。
そして、不動産担保や個人保証に過度に依存した資金調達手法を見直すべく、動産の譲渡と債務者不特定の将来債権の譲渡についても、登記による対抗要件具備を可能とする法整備が動産・債権譲渡特例法によって行われている。
(イ) 平成25年12月5日には、金融庁の関与のもと、日本商工会議所と一般社団法人全国銀行協会を事務局とする「経営者保証に関するガイドライン研究会」が、経営者保証に関する中小企業、経営者及び金融機関による対応についての自主的かつ自律的な準則である「経営者保証に関するガイドライン」を公表した。
同ガイドラインにおいては、保証契約時等の対応として、(1)中小企業が経営者保証を提供することなく資金調達を希望する場合に必要な経営状況とそれを踏まえた債権者の対応、(2)やむを得ず保証契約を締結する際の保証の必要性等の説明や適切な保証金額の設定に関する債権者の努力義務、(3)事業承継時等における既存の保証契約の適切な見直し等が規定された。
(ウ) 東日本大震災後に運用が開始された「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」でも、保証債務については、「主たる債務者が通常想定される範囲を超えた災害の影響により主たる債務を弁済できないことを踏まえ」、原則として個人の保証人に対する保証履行を求めないこととされた。
(6) 経営者保証について
改正法は、いわゆる経営者が保証人となろうとする保証契約等については公正証書による手続を経る必要はなく、今までどおり書面により契約を締結すれば足りるものとしている。
この例外を設けることに対しては、保証人保護の観点から批判があり、特に提案が保証人保護の観点にあることからすれば、例外として許容されるいわゆる経営者に該当する者の範囲は限定的に解釈されることが必要となる。
このような観点から、「主たる債務者が法人である場合のその理事,取締役,執行役又はこれらに準ずる者の『準ずる者』」は、権利能力なき社団の理事に相当するような者など、制度的、実質的、その他の観点から見て限定列挙された者と同視することが相当と考えられる者を想定していると考えられており[4]、例えば株式会社の執行役員のように業務執行権限を有しない者は含まれない[5]。
また「共同して事業を行う者」(改正民法465条の9第3号)にあたるというためには、いずれの当事者も、業務執行の権限や代表権限、業務執行に関する監督権限など事業の遂行に関与する権利を有するとともに、その事業につき利害関係を有することが認められる必要があると説明されており[6]、厳格に主たる債務者の事業を共同経営しているという実態が必要である。
さらに、「主たる債務者が行う事業に現に従事している主たる債務者の配偶者」(改正民法465条の9第3号)が、公正証書による厳格な意思確認手続を経ることなく保証人となることができるとされたことに対しては、強い批判がある。
法制審における審議においても、「判例によって配偶者保証に厳しい目が向けられることを期待いたしますし,学説もそのバックアップをしていくべきであろうと思います。今後,本規定の空文化に努力したいと思います。」[7]といった発言がなされるなど、今後の実務においては、本要件を適用するにあたっては限定的な解釈がなされると考えられる。
6 所感
個人保証の廃止の提案には至らなかったが、今回の改正は保証人保護の観点からみて重要であることはいうまでもない。
第三者保証については公証人による厳格な保証意思確認手続を経なければ保証契約の締結ができないものとされたが、公証人による第三者保証人の意思の確認については、それが形式的なものではなく実質的に保証意思を確認するような運用がなされることが望まれる[8]。
今回の改正提案は、一定程度評価すべきものとはいえるが、保証人保護の観点からは、まだまだ不十分と言わざるを得ない。
第三者保証について公証人による意思確認を要するとした点は、第三者保証に関する金融取引実務における健全化の取組みと相まって、これまでに比べれば保証人保護に資することは間違いないと思われるが、意思確認さえすれば保証契約を締結できることから、親しい人から頼まれた場合に断りきれず保証してしまうなど情誼性から生じる弊害は完全に払しょくできないと考えられる。
やはり、将来的には、第三者保証を無効とする制度を導入することが望まれる。
また、いわゆる経営者保証については、今回の改正においても、特別の厳格な意思確認手続きを必要とすることなく、従前と同様に行うことが可能である。
現時点では、経営者による保証が中小企業の円滑な資金調達に寄与していることは否定できず、当面は経営者保証を個人保証の禁止の例外とすることが妥当であるとしても、株式会社における所有と経営の分離の法原則に鑑みれば、経営者であることだけを理由に無限定に保証債務を負担させることは妥当でない。また、経営者が多額の保証債務を抱えることが事業承継や新たな事業への再チャレンジの阻害要因になるなどの指摘もなされている。さらに改正法では、「経営者」に、「主たる債務者が行う事業に現に従事している配偶者」が含まれるなど、その範囲が適切か疑問もあるところである。
したがって、経営者保証についても、その範囲も含め、将来的には見直しが検討されるべきであると考えられる。
以上のとおり、今般の債権法改正において例外として許容された類型の個人保証についても、残された課題について引き続きは検討することが必要であり、また今後も個人保証に依存しない実務慣行の確立に向けた努力を行う必要があると考えられる。
以上
[1] 部会資料70A、76A
[2] その後、大阪弁護士会『実務家からみた民法改正――「債権法改正の基本方針」に対する意見書〔別冊NBL No.131〕』(商事法務、2009)として、公刊。
[3] その後、大阪弁護士会編『民法(債権法)改正の論点と実務――法制審の検討事項に対する意見書(上)・(下)』(商事法務、2011)として、公刊。
[4] 「パネルディスカッション 債権法改正と金融実務への影響」金法2004号(2014)22頁〔山野目章夫早稲田大学教授発言〕
[5] 村松秀樹法務省民事局参事官発言(法制審第97回議事録21頁)
[6] 部会資料78A・20頁
[7] 道垣内弘人東京大学教授発言(法制審第92回議事録35頁)
[8] 法務省民総第190号令和元年6月24日法務省民事局長「民法の一部を改正する法律の施行に伴う公証事務の取扱いについて(通達)」(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00058.html)参照