ベトナム:新労働法による変更点⑧
労働契約の終了事由
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
新しい労働法(45/2019/QH14)(以下「新法」)による現行法からの主要な変更点や、企業が労務管理上気を付けるべきポイントの第8回目として、労働契約の終了事由について、現行法と新法の規定を比較した次の表を用いて、変更点を解説します。
なお、弊職らが作成した新法の日本語仮訳が、日本貿易振興機構(ジェトロ)のウェブサイトで公開されていますので、ご参照下さい。
チャート中の番号は労働法の条文番号を表し、※の番号は下で説明している箇所を示しています。
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まず、新法で労働契約の終了事由として新たに以下の3つが追加されました。
- ※ 1 : 現行法では、外国人労働者について労働許可証の失効や国外退去処分を受けたことと、労働契約の終了とは直接的に結びつけられてはいなかったところ、新法ではこれらの場合に労働契約が自動的に終了することが明示されました。
- ※ 2 : 新法では、労働者を試用する際に、試用契約を締結するのではなく、試用期間を含む労働契約を締結することも認めています(詳細はSH3085 ベトナム:新労働法による変更点③ 試用契約 井上皓子(2020/04/02)を参照)。新法第34条13項は、その場合であって本採用に至らない場合に、試用期間を含む労働契約が終了することを明示しています。
- ※ 3 : 個人である使用者の死亡や法人である使用者の活動停止は、現行法でも新法でも労働契約の終了事由として挙げられていますが、新法では、これに加えて、「省級人民委員会に属する経営登録に関する専門機関から、法的代表者若しくは法的代表者の権利・義務の履行を委任された者が不在であることの通知の発行を受けた場合」が終了事由として加えられています(新法第34条7項)。これは、企業の代表者が夜逃げしてしまい、労働契約の終了手続きが取れず労働者が社会保険等の手続において不都合が生じたという実際にあった事例を踏まえて加えられたものです。このような事態が発生した場合、管轄機関の決定より労働契約が終了し、社会保険等の手続きができるようになります。
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次に、以下の点については位置づけが変更されています。
- ※ 4 : 現行法では、①労働者が社会保険を受給する上で必要な期間就労し、かつ②社会保険を受給できる年齢(男性60歳、女性55歳)に達した場合、労働契約が自動的に終了するとされています。これに対して、新法では、②の労働者が定年年齢(定年年齢自体も変更されていますが、それについては別稿でご説明致します)に達した時点で労使双方が労働契約の解除権を有することになっています。これは、現行法の問題点として挙げられていた以下の問題を解決するためです。すなわち、②の労働者が定年年齢に達しても、それまでの勤務期間が短い場合、①の条件を満さないため労働契約が終了せず、他方で高齢労働者として労働時間の短縮や重労働に当たる職・業務での使用禁止などの対象となるため、使い勝手が悪いといわれていました。また、①及び②の条件を満たした場合、両当事者が労働契約を継続したい場合でも、労働関係が自動的に終了してしまうことになっていたため、(再雇用は可能であるものの)この点でも、不都合が指摘されていました。新法では、定年に達しても労働契約が自動的に終了するわけではないので、留意が必要です。
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懲戒解雇事由については、以下の点で変更がされています。
- ※ 5 : 現行法第126条1項で定められている、職場における窃盗、横領、賭博、故意の傷害、麻薬の使用の場合、及び秘密漏洩、知的財産権の侵害、使用者への重大な侵害については、新法第125条1項及び2項に分かれて規定されることになりましたが、内容の変更はありません。
- ※ 6 : 新法では、懲戒解雇の事由として、「就業規則に規定されるセクシャルスハラスメントを行った場合」が追加されました。セクハラについては、新法で、その予防及び対応、セクハラがあった場合の処分の手順・手続について就業規則で規定する内容に加えられましたので、留意が必要です(新法第118条2項d号)。
- ※ 7 : 無断欠勤による懲戒解雇については、現行法と新法とで、若干の表現の変更があります。すなわち、現行法では「1か月」とあるのを新法では「最初に無断欠勤した日から数えて30日間に」に、「1年間」とあるのを「最初に無断欠勤した日から数えて365日間に」という表現にしています。これは、既に現行法下の施行政令である政令第05/2015/ND-CP号第31条(政令148/2018/ND-CPにより改正済み)で既に取り入れられていた表現ですが、新法に盛り込まれたことで、対象となる場合を明確化したものと評価できるでしょう。他方、無断欠勤については、懲戒解雇に該当する場合でなくても、正当な理由無く5営業日以上連続して無断欠勤した場合には使用者による一方的解除が可能になりました。これにより、懲戒解雇の手続を踏まなくても、労働契約を解除できることになり、使い勝手が良くなるものと思われます。
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労働者による一方的解除事由については、以下の変更があります。
- ※ 8 : 現行法では、無期労働契約を締結している労働者は、理由を問わず、少なくとも45日前までに事前通知をすれば、労働契約を一方的に解除することができます。新法では、有期労働契約の場合でも、労働者が必要な事前通知をすれば、理由を問わず、労働契約を一方的に解除できることになりました。
- ※ 9 : 上記に関連して、現行法にある「自身または家族が困苦な状況におり、契約履行の継続が不可能な場合」(37条1項d号)、「居住地の機関における専従職に選出された、または国家機関の職務に任命された場合」(同項dd号)、「労働者が、一定期間継続して治療を受けたにも関わらず、労働能力を回復できない場合」(同項g号)の3つの事由は、労働者による一方的解除事由から削除されました。現行法では、有期労働契約の労働者についてもd号が広く解釈されて実質的には任意の退職が可能であるかのように扱われていましたが、新法では、上記のように、理由を問わず労働者からの事前通知により一方的解除が可能であることを正面から認めたため、あえて上記各号の事由を定める必要がなくなったと判断されたものと思われます。
- ※10: 新法では、第35条2項の各事由が、事前通知を要しない即時解除ができる事由として定められています。そのうち、「使用者から侮辱的な発言・行為、健康・人格・名誉に影響を与える行為」が追加されていますが、これは、現行法下の施行政令である政令05/2015/ND-CPでも既に定めてられている内容で、これが法律に取り込まれた形になっています。
- ※11: 新法では、「労働者が、(労働契約の締結の際に)誠実に情報を提供せず、かつそれが労働契約の履行に影響を及ぼす場合」(35条2項g号)が労働者による一方的解雇事由に追加されました。これは、使用者による一方的解雇事由に追加された「労働者が、労働契約の締結にあたり、誠実に情報を提供せず、それが労働者の採用に影響を及ぼす場合」(36条1項g号)と対になっており、経歴詐称や職務内容の虚偽の説明などがあった場合に解除事由となるものと考えられます。
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使用者による一方的解除については、以下の変更があります。
- ※12: 現行法では、労働者が業務を常時完遂しなかった場合、使用者は労働契約を解除することができるとされています。新法でも同様の規定がありますが、新法では、使用者が「業務遂行程度評価規程」を定め、これに従って評価する必要があることが加えられました(新法第36条第1項a号)。同規程は、基礎レベル労働者代表組織(社内労働組合)がある場合はその意見を聴取して定める必要があります。この部分も、政令05/2015/ND-CP号12条にあったルールが法律に取り込まれた形になっています。