◇SH3352◇マレーシア:倒産処理・債務整理に関する法制度の改革(3・完) 酒井嘉彦(2020/10/22)

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マレーシア:倒産処理・債務整理に関する法制度の改革(3・完)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 酒 井 嘉 彦

 

 マレーシアにおいて、会社の倒産処理・債務整理にはマレーシア会社法(Companies Act 2016。以下「会社法」という。)の条項が適用されるところ、会社法を所管するマレーシア企業委員会(Companies Commission of Malaysia)は、この夏、2020年会社法改正案に関する諮問文書(以下「諮問案」という。)を公表した。諮問案では、倒産処理・債務整理手続に関する会社法改正の政策的指針に加え、会社法の改正文言案も提示されている。今回も、前回に引き続き、倒産処理・債務整理手続に関する会社法改正に向けた主要な動向について、その概要を紹介する。

 

5. 各倒産処理手続における債務者再建の促進

各倒産処理手続における債務者再建の促進
  1. (1) DIPファイナンスに最優先弁済権を付与すること等による企業救済の促進
  2. (2) 会社にとって必要不可欠な物品又はサービスの提供に関する契約の倒産解除条項の制限

 

 諮問案では、各倒産処理手続において、債務者の救済を促進する一方で、債権者利益の保護との調整を図る新たな規定が提案されている。

 

(1)DIPファイナンスに最優先弁済権を付与すること等による企業救済の促進

 諮問案では、スキーム・オブ・アレンジメント(Scheme of Arrangement)及び会社更生手続(judicial management)において、会社の運転資金を確保し、再建を促進するためのいわゆるDIPファイナンスが提供された場合、当該DIPファイナンスを、手続上、最優先の順位を有する債権として取り扱うことを認める制度が提案されている。かかる取扱いには、他の優先債権や無担保債権に対する優先弁済権が確保されることが含まれ、さらに、当該最優先順位債権に対して担保が付与され又は無担保資産が提供される可能性さえある。これにより、DIPファイナンスが促進され、財政的困難に陥った企業の債務者主導の再建を支援することが企図されている。

 

(2)会社にとって必要不可欠な物品又はサービスの提供に関する契約の倒産解除条項の制限

 契約書において、いわゆる倒産解除条項(会社が支払不能に陥ったことや会社に倒産手続が開始されたこと等を理由として、契約を解除できる旨の条項)が規定されることがある。諮問案では、スキーム・オブ・アレンジメント、会社更生手続及び会社任意和議手続(corporate voluntary arrangement)において、会社にとって「必要不可欠な物品又はサービス(essential goods and services)」の提供に関する契約について、倒産解除条項に基づく解除権を制限することが提案されている。かかる倒産解除条項の制限により、会社の事業にとって必要不可欠な物品又はサービスの継続的な供給が確保され、安定した再建プロセスの実施が見込まれる。なお、諮問案では、「必要不可欠な物品又はサービス」の提供に関する契約の定義は提示されておらず、「必要不可欠な物品又はサービス」の種類・内容や倒産解除条項の制限が適用される範囲については、今後別途規定され得るとされている。かかる点は、一般的な契約法務にも重要な影響があり得るところであるため、今後の議論の深化に注目である。

 

6. おわりに

 諮問案では、COVID-19のパンデミックにより財政上の危機に直面している企業に対して、企業の再建・存続を支えるための適切なツールを中長期的に提供し、企業の救済を促進するとともに、公正かつ効率的な手続を通じて、債務者と債権者の利害を適切に調整することがその目的として謳われている。また、諮問案における提案は、近時のイギリスやシンガポールにおける倒産法制の改革を参考にしているとされており、モラトリアム制度の強化、クラムダウン制度の導入及び倒産解除条項の制限など、債務者にとって有利な改正点が多く含まれるという点で、これらの国の倒産法制の改革に類似する方向性を示しているものといえる。

 

 なお、諮問案は、2020年8月末にパブリックコメントの募集期間を終えたところであり、今後早ければ2020年11月の議会の審議にかけられる可能性がある。しかしながら、具体的な会社法改正の制定・施行時期は未定である。また、諮問案は、今後、パブリックコメントの検討結果や議会での審議を経て、その内容に変更があり得る点については十分に留意されたい。

 

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