◇SH3453◇中国:アリババ、テンセント等が企業結合届出義務違反により処罰を受けた事例 鹿 はせる(2021/01/20)

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中国:アリババ、テンセント等が企業結合届出義務違反により処罰を受けた事例

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿   はせる

 

 2020年12月14日に、中国市場管理監督総局(以下、英文名称の略称に従って「SAMR」という。)は、①アリババ(Alibaba Investment Limited)による银泰商业(集团)有限公司の株式取得(2014年から2018年までの間に段階的に取得)、②テンセントを最終支配者とするChina Literature LimitedによるNew Classics Media Limitedの株式取得(2018年)、③丰巢网络技术有限公司による中邮智递科技有限公司の株式取得(2020年)の3件の取引について、いずれも中国独禁法に基づく企業結合届出要件を満たすにもかかわらず、届出を行わずに取引を実行したとして、それぞれ50万元(約800万円)の罰金を課す処罰決定を下した(以下3件の処罰を併せて「本件処罰」という。)。これらの処罰決定は、中国IT企業を代表するアリババ、テンセントが処罰されたこと、罰金額が独禁法上届出義務違反に課される上限の50万元であったこと(それまで、届出義務違反に課される罰金は30万元程度が多かった)、また処罰された企業がいずれもVIEスキームを採用するIT企業(以下「VIE企業」という。)であることから、中国国内外で多くの注目を集めた。また、本件処罰は、中国におけるIT企業の統制強化及び今後の独禁法の改正、施行の方向性を占う意味でも非常に興味深いと思われるため、背景及び今後の見通しを含め以下において概観する。

 

1. VIEスキームをとるIT企業による届出義務違反の背景

 中国のIT企業によく見られるVIEスキームについて、概要のみ説明すると、中国では外国企業によるインターネット関連事業への投資が外資規制により厳しく制限されてきた一方、バイドゥ、アリババ及びテンセント(いわゆるBAT)等主要なIT企業が創業された1990年代末期から2000年代前半にかけては、IT企業が中国国内で資金を調達することが困難であったため、妥協の産物として、外国投資家がケイマン法人等の海外で組成されるSPCに出資を行い、また海外SPCが海外株式市場でその株式を上場する一方で、それらの海外SPC又は中国国内に設立されるその100%子会社(WFOE)が(株式の直接保有ではなく)契約を通じて中国国内の企業コントロールするVIEスキームが生み出された。今日も中国の巨大なIT企業の多くは、中国国内における運営主体は、その株主構成を見れば完全な中国企業であると同時に、VIEスキームによって背後に海外投資家を抱える複雑な仕組みとなっている。

 VIEスキームには、外資規制の脱法的性質があると評価せざるを得ず、また、外国投資家にとってはコントロールの脆弱性がよくリスクとして語られる[1]。他方で、逆説的ではあるが、中国政府にとっても、それら(法的にはグレーゾーンにある)IT企業が予想外の成長を見せたことから、禁止してしまうことは経済への打撃が大きく躊躇われる一方、一般企業と同様の規制を及ぼすと、VIEスキームを正面から認めることとなるため、規制を及ぼせないというジレンマが生まれ、典型的に問題となったのが企業結合届出・審査の局面においてであった。VIE企業が届出要件を満たす企業結合を行う場合、独禁当局に対して届出を行っても、当局は受理せず放置されるというのが近時までの実務であり、届出を受理するとVIEスキームに何らかのお墨付きを与えることとならないかという当局の逡巡がそのような実務の背景にあると考えられていた。

 次第に、届出を行っても受理されないと分かったVIE企業は、要件を満たす企業結合についても届出を行わないことが常態となり、今度は、VIE企業による企業結合が全く中国当局による審査を経ず野放しのまま行われる結果へと繋がった。実際、近年、SAMRの企業結合審査は、外国企業にとってM&A取引のボトルネックになるほど長期化する例もあったのに対し、中国のVIE企業は全く届出・審査のないままM&Aを繰り返し、アリババ、テンセントの2強に代表されるように、巨大な市場シェアを抱えるIT企業が誕生し、その市場独占的地位が濫用されるおそれも度々問題視されるようになった。

 しかし、2020年に入ると、急速にSAMRによるVIE企業に対する統制の方向性は変わったといえる。まず7月には、VIE企業を届出主体とする企業結合審査として、初めてのクリアランスが出された[2]。そして11月には「インターネットプラットフォームの経済分野に関する独禁法ガイドライン」[3]のパブリックコメント案が公表され、その中で、「VIEスキームをとる企業結合も企業結合届出審査の対象であり、届出要件を満たす場合、事業者は届出義務を履行する必要がある」と明記された。その上で、満を持して年末に公表されたのが冒頭の3件の処罰である。

 

2. 本件処罰及び今後の見通しについて

 本件処罰は、処罰決定を見る限り、いずれも(株式取得者と対象会社の売上額等)届出要件の充足に争いがなく、かつ届出が(受理されなかったわけではなく)そもそも行われなかった事例であり、当事者もいずれも処罰を争わなかった。

 興味深いのは、処罰決定が下された後にSAMRのウェブサイト上で公表された同責任者の記者会見におけるコメント[4]で、「これまでVIE企業の届出が必要なかったというわけではない」とあらかじめ断った上で、本件処罰を通じて、今後はVIE企業に届出義務を履行することを強く促したいと明言されていることである。

 この点は、本件処罰は、警告的な観点から、代表的なVIE企業であるアリババ、テンセント等の届出義務違反が処罰されたのであって、SAMRとしては、過去の違反を追及することよりも、今後のVIE企業の届出義務違反に対して厳格に対処する姿勢を示唆しているものと思われる。上記の通り、過去にはVIE企業が企業結合届出を行なっても、受理されない実務が行われていたため、届出義務の未履行について、専ら企業側に帰責性があるとは言い難い点が背景にあると思われる。

 また、同コメントでは、届出義務違反に対する処罰として、50万元(約800万円)が違反者の企業規模に比べて少額であり、十分な抑止力にならないのではないかとの記者の質問に対し、現行の独禁法では罰金の上限が50万元とされているためであり、他の法域に比べて処罰の上限が低いことは事実であるため、独禁法の改正に反映していきたい旨が述べられている。

 この点、2020年年初に公表された独禁法改正案では、実際に、届出義務違反に対する罰金の上限が、50万元から、「違反者の前年度売上額の10%」に大幅に引き上げられている。同改正案は、パブリックコメントに付されたまま未だ施行されていないが、これまで難点とされていたVIE企業の届出義務が明確化されたことで舞台は整った感があり、今後早い段階で施行される可能性が高いと思われる。

 なお、同コメントでは、従来届出義務違反に対する罰金が30万元前後であることが多いのに対し、本件処罰の罰金が50万元とされた理由として、①処罰対象となる企業はいずれも大企業であり、多くのM&A取引を行っていること、また、②内部に法律の専門家集団を抱えていることから、届出義務を熟知しているはずにもかかわらず、届出を行わなかったことによる悪影響が大きいことを挙げており、これらの点は、今後改正法を通じて処罰の上限が上げられた後、規模が大きく、独禁届出実務を熟知しているグローバル企業の方が、より重い罰金を課されるリスクが高いことを示唆しており、日本企業も十分留意する必要がある。

 



[1] 例えば、投資先の中国国内企業が外国投資家との契約を遵守しなかったとしても、外国投資家が債務不履行等を主張して中国国内の裁判所等を通じて投資先の責任追求を行うことは、その契約自体が脱法的である無効と判断されるおそれがあることから、困難とされている。

[2] AIソリューション事業を行う上海明察哲刚管理咨询有限公司が、レストランチェーン事業を行う环胜信息技术(上海)有限公司との間で合弁企業を設立した案件で、上海明察哲刚管理咨询有限公司はVIEスキームをとる企業であることが、公表された案件資料に明記されていた。

[3] 关于平台经济领域的反垄断指南(征求意见稿)

[4] 市场监管总局反垄断局主要负责人就阿里巴巴投资收购银泰商业、腾讯控股企业阅文收购新丽传媒、丰巢网络收购中邮智递三起未依法申报案件处罚情况答记者问(http://www.samr.gov.cn/xw/zj/202012/t20201214_324336.html

 


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(ろく・はせる)

2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2010年弁護士登録(第一東京弁護士会)。同年長島・大野・常松法律事務所入所。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在し、2020年より長島・大野・常松法律事務所の東京オフィスに復帰。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。

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