中国:深セン市が全国初の個人破産条例のパブリックコメント版を公布(上)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 川 合 正 倫
深セン市人大常委会は、2020年6月2日全国で最初の個人破産条例となる「深セン経済特区個人破産条例(パブリックコメント版)」(以下「条例案」という)を公布した。
中国における倒産の基本法である「企業破産法」(2007年施行)では、その名のとおり破産制度の対象債務者が企業法人に限定されており、個人債務者を対象とする破産制度は存在しない。中国では個人破産制度は、詐欺的な破産申立てが頻発し、債務者の逃げ得を許すことになるといった懸念を背景に導入が見送られてきた経緯がある。もっとも、統計によれば、2020年1月末時点において、深センで登記設立済みの商事主体は329.8万社に達し、そのうち個人事業者が123.6万社で37.5%を占めている。これらの個人事業者は、経営破綻に陥ったとしても現行法制度のもとでは、破産制度の保護を受けて市場から撤退又は再生を実現することができない。しかしながら、変化の著しい経済環境において、事業に失敗した個人についてもフレッシュスタートを認める必要性が強く指摘され、企業破産制度とは別に個人破産制度の構築が急務と認識されていた。このような背景のもと、国家発展改革委は2019年6月22日付の「市場主体撤退制度整備加速の改革案」[1]において、個人破産制度の構築を提起していた。このほかに、各地方においても、浙江省温州市中級人民法院の「個人債務集中整理に関する実施意見(試行)」[2]や浙江省台州市中級人民法院の「執行手続から個人債務整理手続への転換の審理規程(暫定施行)」[3]など、個人破産制度と類似する機能を有する個人債務整理制度が試行されていた。また、2019年10月には全国で初めて個人債務集中整理案件が浙江省温州市の平陽県人民法院で終結したところであった。
本稿では、13章157条から構成される条例案の主な内容を紹介する。
1.債務者による破産申立の条件(条例案第二条)
条例案において、破産の申立てをすることができる債務者は、深セン経済特区に居住し、3年以上継続して深センの社会保険に加入している自然人に限定されている。これらの者が、生産経営、生活消費により資産が全ての債務の弁済に不足し若しくは明らかに弁済能力が欠如している場合に破産清算若しくは和議を申し立てることができ、又は、上記にも拘らず将来収入を得ることが見込まれうる場合には更生[中国語:重整]を申し立てることもできる。また、当該自然人の配偶者も同時に破産清算、和議又は更生を申し立てることができる。上記のとおり、弁済不能の理由が生産経営又は生活消費とされているため、違法経営又は過度な消費により弁済不能となった場合は個人破産制度の保護を受けることはできない。また、夫婦の一方が破産手続に入った後に配偶者が個人破産を申し立てた場合、裁判所はこれらを併合審理することができ、当該配偶者については居住地及び社会保険料支払の要件充足を問わないとされている。なお、居住地及び3年以上の社会保険料支払を破産申立の要件としているのは、外来人口が多く「移民都市」とも称される深センにおいて経営破綻に陥った債務者が悪意をもって深センに移住して破産を申し立てるという「破産移民」を防止するためと考えられる。
2.債権者による債務者破産申立の条件(条例案第八条)
条例案では、債権者にも破産申立権が付与されている。具体的には、債務者が期限の到来した債務を弁済できないときは、単独又は共同で50万元以上の期限の到来した債権を保有する債権者は、債務者の破産清算を申し立てることができるとされている。本条は、債権者に対して債務者の破産を申し立てる権利を付与する一方、保有債権の金額の下限を定めることで少額債権者による破産手続の濫用を防ぐことを意図している。
3.債務者の手続選択権及び更生申立の優先受理(条例案第十三条、第八十八条)
条例案は、経済的困窮に陥った債務者による経済更生の実現の観点から、債務者に更生手続の選択権を付与している。即ち、債務者は、当初から直接に更生を申し立てることもできれば、裁判所が破産清算申立を受理してから破産宣告までの期間において更生を申し立てることもできる。また、債権者が債務者の破産清算を申し立て、債務者が更生を申し立てた場合、裁判所が更生条件に該当すると認めるときには更生申立を受理しなければならない。
(下)に続く