◇SH1244◇企業法務への道(22)―拙稿の背景に触れつつ― 丹羽繁夫(2017/06/20)

未分類

企業法務への道(22)

―拙稿の背景に触れつつ―

日本毛織株式会社

取締役 丹 羽 繁 夫

 

《プロ野球選手の氏名及び肖像の使用をめぐる訴訟判決の検討》

 プロ野球10球団に所属する34名の選手が、それぞれの所属する球団を被告として、プロ野球ゲームソフト及びプロ野球カードについて、各球団が原告らの氏名及び肖像を第三者に使用許諾する権限がないことの確認を求めて平成17年に提起された訴訟[1]において、最高裁第三小法廷は、平成23年6月16日付けで、選手側の上告を棄却する決定を下した。これにより、選手側の控訴を棄却した知財高判平成20年2月25日(以下この稿で「控訴審判決」という)[2]が確定し、所属する選手の氏名及び肖像を第三者に使用許諾する権限が球団側にあることが確認された。私は、かつて、本件訴訟の第一審判決(東京地判平成18年8月1日、以下この稿で「第一審判決」という)[3]を評釈したことがあるが[4]、以下では、本件訴訟の争点となった、選手らが各球団に入団した際に締結され、毎年更新されてきた各球団との選手契約(以下、「統一契約書」という)16条1項(以下「本件契約条項」という)[5]の解釈をめぐる、第一審判決と控訴審判決の相違をレビューし、本件契約条項についての、残された解釈上の課題を再度提起しておきたい。

 第一審判決は、プロ野球選手の「氏名及び肖像が有する顧客吸引力などの経済的価値を独占的に支配する財産的権利が元来選手の人格的権利に根ざすもの」であることを根拠として、「本件契約条項により、・・・球団ないしプロ野球の知名度向上に資する目的の下で、選手が球団に対してその氏名及び肖像の使用を独占的に許諾」していると判示し、被告ら10球団は、プロ野球ゲームソフト及びプロ野球ゲームカードについて、本件契約条項に基づいて所属選手の氏名及び肖像を第三者に使用許諾する権限を有しているので、原告らの請求には理由がないとして、原告らの請求を棄却した。

 本件控訴審判決も、以下のとおり判示して、選手側の控訴を棄却した。

  1. -「統一契約書が制定される以前から、球団ないし日本野球連盟が他社に所属選手の氏名及び肖像を商品に使用すること(商業的使用ないし商品化型使用)を許諾することが行われており、本件契約条項に相当する当初の規定も、かかる実務慣行のあることを前提にして起草されたものである。したがって、統一契約書が制定された昭和26年当時、選手の氏名及び肖像の利用の方法について、専ら宣伝のために用いる方法と、商品に付して顧客吸引に利用する方法とを明確に峻別されていたとは考え難く、『宣伝目的』から選手の氏名及び肖像の商業的使用ないし商品化型使用の目的を除外したとする事情を認めることはできない。」
  2. -「各球団においては、本件契約条項に基づいて、各球団が所属選手の氏名及び肖像の使用を第三者に許諾し得るとの理解の下に、長期間にわたり、野球ゲームソフト及び野球カードを始めとする種々の商品につき、所属選手の氏名及び肖像の使用許諾を行ってきた・・・。このように、野球ゲームソフト及び野球カードについては、長きにわたり選手において自らの氏名及び肖像が使用されることを明示又は黙示に許容してきたのであり、同時に、これらの商品は消費者の定番商品として長らく親しまれ、プロ野球の知名度の向上に役立ってきた」。
  3. -「このような事情からして、本件契約条項1項・・・にいう『宣伝目的』は広く球団ないしプロ野球の知名度の向上に資する目的をいい、『宣伝目的のためにいかなる方法でそれらを利用しても』とは、球団が自己ないしプロ野球の知名度の向上に資する目的でする利用行為を意味するものと解される。そして、選手の氏名及び肖像の商業的使用ないし商品化型使用は、球団ないしプロ野球の知名度の向上に役立ち、顧客吸引と同時に広告宣伝としての効果を発揮している側面があるから、選手の氏名及び肖像の商業的使用ないし商品化型使用も、本件契約条項の解釈として『宣伝目的』に含まれる」。
  4. -「以上によれば、本件契約条項により、商業的使用及び商品化型使用の場合を含め、選手が球団に対し、その氏名及び肖像の使用を、プロ野球選手としての行動に関し(したがって、純然たる私人としての行動は含まれない)、独占的に許諾したものと解するのが相当である。」

 

 第一審判決及び控訴審判決とも、本件契約条項により、選手が球団に対して選手の氏名及び肖像の使用を独占的に使用許諾していることを根拠として、球団が第三者に選手の氏名及び肖像を使用許諾する権限があるとして、選手側の本件請求並びに本件控訴を棄却したが、選手が球団に対して選手の氏名及び肖像の使用を独占的に使用許諾していると結論付けた根拠としての本件契約条項の解釈には、以下のとおり、相違があった。

 第一審判決は、プロ野球選手の「氏名及び肖像が有する顧客吸引力などの経済的価値を独占的に支配する財産的権利が元来選手の人格的権利に根ざすもの」であることを根拠としたが、控訴審判決は、選手の人格権に由来する「氏名及び肖像が有する顧客吸引力などの経済的価値を独占的に支配する財産的権利」、即ち、パブリシティ権の概念に触れることなく、むしろ、統一契約書が制定された昭和26年以前から長期間にわたり、各球団が所属選手の氏名及び肖像の使用を第三者に許諾し得るとの理解の下に、所属選手の氏名及び肖像の使用を第三者に許諾してきており、選手においても自らの氏名及び肖像が使用されることを明示又は黙示に許容してきたという実務の慣行を、本件契約条項の解釈に斟酌した。

 私は、前掲評釈の中で、プロ野球選手の氏名及び肖像についてのパブリシティの価値について、人格権に由来するものではあるが、人格権を離れて独立した財産的権利として構成することができれば、当該パブリシティの価値が当該人格権を有する者に排他的に帰属すると考えなければならない必然性はないこと、及び、当該パブリシティの価値が、選手個人の努力に加えて、球団側が主張したとおり、球団、リーグ及び日本野球機構による選手育成のための投資、野球ゲーム開催のための投資・費用負担を通した努力によっても形成されてきたという現実を踏まえれば、選手の氏名及び肖像についてのパブリシティの価値が原告ら選手側のみに帰属していると考えることは前述の現実を無視することになり、むしろ、プロ野球の価値向上に努力している選手及び球団の双方に帰属していると考えることができると指摘した。

 このような指摘に加えて、控訴審判決が指摘した、統一契約書が制定される以前からの多年にわたる、球団側における実務慣行と選手側における明示又は黙示の使用許諾を踏まえると、本件契約条項については、選手が球団に対して自らの氏名及び肖像の使用を独占的に許諾しているという解釈の根拠として捉えるのではなく、むしろ、選手の氏名及び肖像について、第三者への使用許諾を含めて、独占的に使用する権限、並びにこれらを使用した媒体についての著作権等の権利も、すべて球団側に帰属していることを確認するための、両当事者間の合意事項であると解釈すべきではないか、と考えている。



[1] 日本のプロ野球選手の氏名及び肖像を商業的に使用する権利を巡っては、まず、プロ野球12球団の各選手会長が、2002年8月に、日本野球機構及びコナミ株式会社を被告として、プロ野球選手の氏名及び肖像を野球ゲームソフトの制作・販売に使用することについて、同機構及び同社が第三者に使用許諾を行う権限がないことの確認を求める訴訟を提起した。この訴訟は、2004年6月に労働組合日本プロ野球選手会と同社との間に和解が成立し、同社に対する訴えが取り下げられ、次いで2006年1月に同機構に対する訴えも取り下げられた。

[2] 最高裁ウェブサイト「知的財産裁判例集」(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080303104615.pdf

[3] 最高裁ウェブサイト「知的財産裁判例集」(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060801154000.pdf

[4] 丹羽繁夫「プロ野球選手のパブリシティ権をめぐる諸問題-東京地判平18・8・1が積み残した課題」NBL858号(2007.6.1)。

[5] 本件契約条項は、「球団が指示する場合、選手は写真、映画、テレビジョンに撮影されることを承諾する。なお、選手はこのような写真出演等にかんする肖像権、著作権等のすべてが球団に属し、また球団が宣伝目的のためにいかなる方法でそれらを利用しても、異議を申し立てないことを承諾する。」と規定している。

 

タイトルとURLをコピーしました