eスポーツを巡るリーガル・トピック
第1回 eスポーツを巡るリーガルトピックの検討の前提として
TMI総合法律事務所
弁護士 長 島 匡 克
1 eスポーツとは
「eスポーツ」という言葉を耳にするようになってから数年が経過し、国内外において、産業としても順調に拡大している。2020年の世界のマーケットは1593億米ドル(約16.7兆円)であり、2023年には2179億米ドル(約22.7兆円)になると予想されている[1]。日本においても、世界から比較してまだ規模は小さいものの、2020年の76億円から2023年には153億円になると予想されている[2]。新型コロナウイルス感染症拡大の影響による外出自粛に伴い、家にいながらも楽しめるeスポーツが改めて注目されている。
eスポーツとは、「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称である[3]。この定義から明らかなように、eスポーツは、「コンピューターゲーム、ビデオゲーム」を使用するという「ゲーム」の側面と、競技であることからくる「スポーツ」の側面を有するまさにゲームとスポーツが交錯する分野である。それが故に、eスポーツのエコシステムは複雑化しているが、きわめて単純化すると以下の図のとおりである。
eスポーツのビジネスモデルは、競技(ゲームタイトル)毎の大会を開催し、チームや選手が参加してその能力の優劣を競うという点においては、スポーツビジネスにおけるエコシステムに近いといえる。しかし、競技の対象が、ゲーム会社(ゲームタイトルの製作・販売を行う企業を意味し、本連載においては、ゲームタイトルに係る知的財産権の保有主体であるとの前提をおく。以下、本連載において同一の意味を有する。)が保有する知的財産権の制約を受ける点が、野球やサッカーなどの従来の意味におけるスポーツ(以下「従来型スポーツ」という。)との大きな違いである[4]。また、eスポーツの普及が競技の対象となるゲームタイトルの販売促進につながることから、必然的にプロモーションの側面を持つことや、賞金性大会が多いことも、従来型スポーツとは異なる論点を生み出している。
ゲームに係るビジネスそれ自体も、コンソールとパッケージソフトの販売という従来の形に加え、通信技術の発展とともに急速な進化を遂げている。いわゆるGaaS(Game as a Service)といわれるビジネスモデルが普及し、Free-to-play型の課金システムが採用され、継続的に収益を得られることとなった。コンソールのみならずPCやスマートフォン等の多様な機器で同一のゲームタイトルをプレイでき、オンライン対戦やチャットシステムを有するゲームも増加してきている。さらには、サブスクリプション型でのゲームの提供も始まり、ゲーム内の仮想空間上で音楽ライブが配信される等のプラットフォーム化もみられる。これによりゲームビジネスは多角化し、ゲーム内通貨や通信に関する規制等、様々な法的論点が顔を出すようになってきている。
eスポーツは、ゲームとスポーツが交錯する分野であるため、「ゲーム」に関連する法的な論点に加え、「スポーツ」に関連する法的な論点が絡み合う領域である。そのため、従来のゲーム及びスポーツに関する法的な議論を参考にしつつ、eスポーツに適用するための新しい検討が必要になる。そこで、本連載では日本(時々米国)におけるeスポーツの実務を前提に、eスポーツに関連する法的な論点の分析を試みたい。
2 法規制に対するeスポーツの苦慮(景表法・刑法・風営法)
eスポーツは法規制を克服すべく苦慮している。eスポーツについては、従前からゲーム会社主催の賞金性大会によるゲーム会社による多額の賞金の提供が景品等表示法(景表法)の景品規制に違反するのではないか、参加料を徴収する賞金性大会が刑法の賭博罪に該当するのではないか、eスポーツの大会会場がいわゆる「ゲームセンター」に該当し風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)の規制に服するのではないか、という問題が提起され、日本eスポーツの発展阻害要因の一つと指摘されてきた。これらの論点のいくつかは、議論の集積と一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)の努力により徐々に解決しつつあるが、eスポーツが、興行としてのプロレベルの大会のみならず草トーナメントのようなものも含む幅広い概念であり、かつeスポーツに関与するステークホルダーも多いため、依然として問題として残されている点も数多くある。もっとも、これらの論点については多くの文献で検討されているため、本連載では、これら以外の点について触れることとしたい。
3 eスポーツはスポーツか
なお、eスポーツはスポーツか、という議論がある[5]。この議論は、eスポーツがオリンピック競技となるか、スポーツ基本法の対象となるか[6]、またeスポーツに係る部活動を「運動部」とするか「文化部」とするかなどの関係で有意義な議論であろう。また、eスポーツがスポーツであると分類されれば、例えば、スポーツ仲裁の利用可能性や、ビザにおけるeスポーツ選手の取扱いなど、eスポーツに係る実務にも一定の影響があるように思われる。モータースポーツの登場にみるように、スポーツの概念は時代により変化している。そのため、eスポーツも問題なくスポーツに分類される時代が近く来るかもしれない。
もっとも、本連載における法的な分析において、eスポーツがスポーツかの議論の帰趨が検討の前提となる論点は限定的であり、現にeスポーツに係るビジネスは厳然と存在するため、この議論については別論に委ねることとして、検討を進めたい。
第2回につづく
[1] Tom Wijman “The World’s 2.7 Billion Gamers Will Spend $159.3 Billion on Games in 2020; The Market Will Surpass $200 Billion by 2023”(https://newzoo.com/insights/articles/newzoo-games-market-numbers-revenues-and-audience-2020-2023/)
[2] 株式会社KADOKAWA Game Linkage「2019年日本eスポーツ市場規模は60億円を突破。~KADOKAWA Game Linkage発表~」(https://www.kadokawa.co.jp/topics/4161)
[3] 一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)ホームページ(https://jesu.or.jp/contents/about_esports/)
[4] 東京地八王子支判昭和59年2月10日判タ523号242頁は、ゲートボールの規則集の著作物性を認めたものであるが、そのルールに従ってプレーをすることが当該規則集の著作権を侵害する行為にはならないため、スポーツそれ自体が知的財産権の客体となるとはいえない。
(ながしま・まさかつ)
2010年早稲田大学法務研究科修了。2011年に弁護士登録。2012年からTMI総合法律事務所勤務。スポーツ・エンタテインメントを中心に幅広く業務を行う。2018年にUCLA School of Law (LL.M.)を終了。その後、米国・ロサンゼルス所在の日系企業及びスウェーデン・ストックホルム所在の法律事務所での研修を経て帰国。2020年カリフォルニア州弁護士登録。米国Esports Bar Association(EBA)の年次総会でパネリストとして登壇するなど、日米のeスポーツに関する知見を有する。eスポーツに関する執筆は以下のとおり(いずれも英語)。
- “The growth of esports in Japan‐are domestic regulations holding back the industry?” LawInSports, June 27, 2019. (https://www.lawinsport.com/topics/item/the-growth-of-esports-in-japan-are-domestic-regulations-holding-back-the-industry)
- “Participation in Japanese E-Sports”, THE SPORTS LAW REVIEW – 6th Edition, November 2020. (https://thelawreviews.co.uk/edition/1001552/the-sports-law-review-edition-6)
TMI総合法律事務所 http://www.tmi.gr.jp/
TMI総合法律事務所は、