◇SH3486◇中国:外国制裁の域外適用に対する中国版ブロッキング規則の公表及び施行 鹿 はせる(2021/02/15)

未分類

中国:外国制裁の域外適用に対する中国版ブロッキング規則の公表及び施行

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿   はせる

 

 2021年1月9日に、中国商務部は、「外国法律・措置の不当域外適用阻止弁法」(以下「本弁法」という。)の制定を公表し、即日施行された。本弁法は米国の制裁措置を念頭におき、その効果の阻止を狙ったものと受け止められているが、日本をはじめとして、米中双方と取引を行う第三国の企業も対応の検討を迫られることとなる。また、本弁法は、その制定趣旨及び条項から、EU企業の米国のイラン等制裁への追従阻止を目的として制定されたEUのブロッキング規則(EU Blocking Statute, 1996年制定、2018年改訂)を参考としていることが明らかであるが、趣旨及び構成において本質的に異なる点もある。本稿では、いわば中国版ブロッキング規則に当たる本弁法の概要を開設の上、EUブロッキング規則との比較を通じて若干コメントを行う。

 

1. 本弁法の適用対象

 本弁法は、外国の法律及び措置(以下「外国法律等」という。)の域外適用が、国際法及び国際関係の基本規則に反し、中国公民、法人又はその他の組織(以下「中国公民等」という。)が第三国(地域)及びその公民、法人又はその他の組織(以下「第三国公民等」という。)と正常な経済貿易及び関連活動(以下「正常取引」という。)を行うことを不当に禁止し又は制限する場合に対して適用される、と規定している(2条)。「外国法律等」は特定されていないものの、一般的にはEAR等に基づく米国の制裁措置を念頭においていると見られている。

 中国公民等は、自身及び第三国公民等の間の正常取引が外国法律等により禁止又は制約される場合、30日以内に中国商務部に報告を行うべきものと規定されている(5条)。報告を受け、担当部署[1]は、中国及び中国公民等に与える影響を総合考慮の上(6条)、当該外国法律等が「不当」であると判断すれば、商務部から承認、執行及び遵守をしてはならない旨の禁止命令を公表する(7条)。

 ただし、中国公民等は、書面により当該禁止命令の適用除外を商務部に対して申請でき(8条、すなわち、外国法律等に従うことの承認を求めることとなる。)、商務部は申請を受理してから30日以内に許可するか否かを決定する。

 

2. 本弁法の効果

 当局が公表する禁止命令に含まれる外国法律等については、遵守してはならないとされているため、中国公民等は、当該外国法律等を遵守することで自身に損害を与えた者に、中国の裁判所(人民法院)で損害賠償請求を行うことができる(9条1項)。

 また、中国公民等が禁止命令に含まれる外国法律等に基づく判決、仲裁判断(以下「判決等」という。)により損害を受けた場合も、中国公民等は中国裁判所に訴訟を提起し、判決等の受益者に対して損害賠償請求を行うことができる(同2項)。さらに、これらの損害賠償の勝訴判決は強制執行の対象となることも定められている(同3項)。

 その他、当局は中国公民等に対して外国法律等への対応方法を指導し(10条)、中国公民等が外国法律等を遵守しないことで重大な損害を被った場合には、必要に応じてサポートを提供できると規定されている(11条)。

 また、中国公民等が第5条に定める報告義務を怠った場合、又は第7条に定める禁止命令を遵守しなかった場合、国務院から警告、是正命令及び罰金の処罰を行うことができると規定されている(13条、なお罰金の上限、下限は定められていない。)。

 

3. EUブロッキング規則との比較を通じたコメント

 EUのブロッキング規則は、同様に米国の制裁措置の阻止のために制定され、米国制裁への遵守禁止、及び、遵守することで損害を被ったEU内企業の損害賠償請求権(6条)等を定めているなど、一見本弁法との共通点が多い。しかし、EUのブロッキング規則で念頭に置かれているのが、米国制裁によりイラン等の制裁対象国とEU内企業の取引が制約を受けることであるのに対し[2]、本弁法は、そのような第三者が制裁対象である場合に加え、中国自身が制裁対象である場合も想定しているように読めるため、法適用の上で重要な差異が生じることとなる。

 すなわち、米国の制裁が中国企業に対する制裁として輸出禁止措置を命じ、これに日本等の第三国が従った場合には、まさに「中国公民等(例:輸入禁止製品を購入する中国企業)及び第三国公民等(例:それまで当該製品を中国企業に提供していた日本企業)の間の正常取引が外国法律等により禁止又は制約される場合」に該当すると思われる。この輸出禁止措置に対して本弁法7条の禁令リストに載せられた場合、本弁法において、第8条に定める適用除外の申請主体は中国公民等にのみ認められているため、上記例の日本企業を含め第三国公民等は適用除外申請を行うことができないにもかかわらず[3]、米国制裁に従って中国企業との取引を拒否すれば、本弁法第9条に定める損害賠償請求を提起されるおそれがあるため[4]、いわば「板挟み」の状況におかれることが懸念される[5]

 もっとも、そのようなリスクがどの程度実質的かは考慮の余地もあり、例えば中国企業が、日本企業が米国制裁に従って製品の供給を拒否したことを理由に、当該日本企業に対して中国の裁判所で損害賠償請求訴訟を提起し、勝訴判決を得たとしても、日本では中国裁判所の判決に基づく強制執行ができないため、中国企業としてはあえてそのような実効性の乏しい訴訟を提起するメリットは少ないのではないかと思われる。とりわけ、取引拒否によって「損害」がより大きいはずの中国大型企業にとっては、勝訴したとしても実効性が乏しい上、むしろ訴訟を提起した場合、取引先である日本企業との関係が悪化することが予想されることから、訴訟提起を控えることがビジネス上の判断としても合理的であることが多いのではないかと思われる。

 この点、もし当該日本企業の中国法人に対して訴えを提起できれば、中国国内で強制執行できるため、請求者にとっての実益(日本企業にとっての実質的リスク)があると考えられる。しかし、外国企業の中国法人は中国法に基づいて設立されていることから、本弁法の「中国公民、法人又はその他の組織」に当たると思われ、そうであれば、中国国内で行われる中国企業と外国企業の中国法人間の取引は「中国公民等及び第三国公民等の間の取引」に当たらないと解釈するのが合理的と思われる[6]。その場合、例えば米国制裁に従い、日本企業の中国法人が中国国内で中国企業との取引を拒否しても、第2条の条文からすれば、本弁法の適用は及ばないのではないのかと思われ、その場合、中国企業が日本企業の中国法人に対して損害賠償請求することもできないのではないかと思われるが、文言だけで判断することは難しく、今後の実務運用を待つほかない。

 また、EUブロッキング規則においては、ブロック対象としての制裁法令・措置の一覧が別紙で明記されていたのに対して、本弁法は公表・施行の段階では(すでに多くの米国対中制裁措置が執行されているにもかかわらず)ブロック対象としての「外国法律等」を定めておらず、あくまで中国公民等からの報告に基づいて、禁止命令として定めることとされている。もっとも、第5条により中国公民等にとって当該報告は権利ではなく、「外国法律等により正常取引を禁止又は制約される場合」の義務とされているため、まずは、どのタイミングでどの外国法律等が禁止命令に含まれ公表されるかが注目される。



[1] 商務部の他、発展改革委員会等他の部門が参加する担当部署が創設される予定である(4条)

[2] なお、EUブロッキング規則については、その後EU委員会が同規則はEU内企業と制裁対象の取引を強いるものではなく、企業はビジネス上の判断に基づき取引を自主的に判断して良いとのガイダンスを公表したため、それに応じて、EU内企業は(米国制裁を遵守するためではなく)ビジネス上の判断として制裁対象国との取引を中断した旨の説明を行うことができた。

[3] もっとも、外国企業の中国法人については、「中国公民、法人又はその他の組織」に該当し、第8条に定める適用除外も申請できるのではないかと思われる。

[4] 第9条で中国公民等が損害賠償請求を行うことができる相手方は、単に「禁止命令内の外国法律等を遵守する当事者」とのみ定められているため、中国公民等に限らず外国法人及び個人も広く対象になりうると解される。

[5] この点、本弁法は米国の第三国に対する制裁を念頭においた上で、当該第三国(たとえばイラン等)の企業及び中国企業間の正常な取引が阻害された場合のみに適用されるとの読み方も不可能ではなく、その場合、本弁法の違反が想定されるのは、(EUブロッキング規則の趣旨と同様)基本的に米国制裁に従ってイラン等との取引を中止した中国企業となるはずであり、日本を含む第三国企業のリスクは大幅に解消されることとなる。この適用範囲の点は極めて重要であり、当局による釈明が待たれる。

[6] もっとも、条文解釈上、中国企業からみて、外国企業の中国現地法人との取引が中断されることが、当該現地法人の背後にいる外国企業(2条でいう「第三国法人」)との正常取引の禁止または制限に当たるとの読み方も不可能ではなく、この点も疑義が残る。

 


この他のアジア法務情報はこちらから

 

(ろく・はせる)

2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2010年弁護士登録(第一東京弁護士会)。同年長島・大野・常松法律事務所入所。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在し、2020年より長島・大野・常松法律事務所の東京オフィスに復帰。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。

当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ及び上海にオフィスを構えるほか、ジャカルタに現地デスクを設け、北京にも弁護士を派遣しています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。

詳しくは、こちらをご覧ください。

タイトルとURLをコピーしました