◇SH3078◇最二小決 平成30年7月3日 検察官による証人等の氏名等の開示に係る措置に関する裁定決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件(山本庸幸裁判長)

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 刑訴法299条の4、299条の5と憲法37条2項前段

 刑訴法299条の4、299条の5は、憲法37条2項前段に違反しない。

 憲法37条2項、刑訴法299条の4、299条の5

 平成30年(し)第170号 最高裁平成30年7月3日第二小法廷決定 抗告棄却(刑集 72巻3号229頁)

 原 審:平成30年(く)第62号 大阪高裁平成30年3月22日判決
 原々審:平成30年(む)第30号 神戸地裁平成30年2月21日決定

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 本件は、被告人が、共犯者らを報酬あるいは暴力によって支配し、これらの者を背後から意のままに動かすことにより、平成21年から同23年にかけ、自らの意に沿わない者5名に対し、逮捕監禁するなどした上、このうち2名を殺害するとともに、1名を監禁の途中で予期せず死亡させるなどしたとして、平成24年から同27年までの間に公訴が提起された殺人等被告事件について、検察官がした証人等の氏名等の代替開示措置に関する特別抗告事件である。

 

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 上記被告事件の主たる争点は、共犯者らとの共謀であるが、共犯者らのうち主要な実行行為を行ったとされる者が否認し、2名の遺体も発見されていないことなどから、多数の証人尋問が請求され、そのうち、かつて被告人の配下にあって犯行に関わった者、被害者あるいは被害者側の人物として事情を知る者、犯行場所と被告人のつながりを知る者など、合計16名の証人について、検察官が、刑訴法299条の4第2項により、被告人及び弁護人に対し、その住居を知る機会を与えず、住居に代わる連絡先として神戸地検姫路支部の連絡先を知らせる措置(本件代替開示措置)をとった。

 

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 これに対し、弁護人が、刑訴法299条の5第1項により、裁判所に対し、本件代替開示措置の取消しを求めて裁定請求をしたが棄却され、即時抗告も棄却されたため、特別抗告を申し立て、刑訴法299条の4、299条の5は、被告人の証人審問権を保障した憲法37条2項前段、公平な裁判所の裁判を受ける権利を保障する憲法37条1項に違反するとともに、無罪推定を受ける権利を保障した市民的及び政治的権利に関する国際規約14条2項に違反すると主張した。

 

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 本決定は、本件抗告の趣意のうち、刑訴法299条の4、299条の5が憲法37条2項前段に違反する旨の主張について、要旨、以下のとおり判示し、刑訴法299条の4、299条の5は、被告人の証人審問権を侵害するものではなく、憲法37条2項前段に違反しないとした。

 (1) 刑訴法299条の4が定める条件付与等措置及び代替開示措置は、証人等又はその親族に対する加害行為等のおそれがある場合に、弁護人に対し証人等の氏名及び住居を知る機会を与えた上で一定の事項が被告人その他の者に知られないようにすることを求めることなどでは、証人等の安全を確保し、証人等が公判審理において供述する負担を軽減することが困難な場合があることから、加害行為等を防止するとともに、証人等の安全を確保し、証人等が公判審理において供述する負担を軽減し、より充実した公判審理の実現を図るために設けられた措置であると解される。このうち、代替開示措置については、検察官が、被告人及び弁護人に対し、証人等の氏名又は住居を知る機会を与えなかったとしても、それにより直ちに被告人の防御に不利益を生ずることとなるわけではなく、被告人及び弁護人は、代替的な呼称又は連絡先を知る機会を与えられることや、証人等の供述録取書の取調べ請求に際してその閲覧の機会が与えられることその他の措置により、証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめ、予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができる場合があり、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合があるということができる。

 (2) しかしながら、検察官は、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには、条件付与等措置も代替開示措置もとることができない。さらに、検察官は、条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限り代替開示措置をとることができる。裁判所は、検察官が条件付与等措置若しくは代替開示措置をとった場合において、加害行為等のおそれがないとき、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき、又は検察官が代替開示措置をとった場合において、条件付与等措置によって加害行為等を防止できるときは、被告人又は弁護人の裁定請求により、決定で、検察官がとった措置の全部又は一部を取り消さなければならない。裁定請求があった場合には、検察官は、裁判所からの意見聴取において、刑訴法299条の5第1項各号に該当しないことを明らかにしなければならず、裁判所は、必要なときには、更に被告人又は弁護人の主張を聴くなどすることができるということができる。そして、裁判所の決定に対しては、即時抗告をすることができる。これらに鑑みれば、刑訴法299条の4、299条の5は、被告人の証人審問権を侵害するものではなく、憲法37条2項前段に違反しないというべきである。

 (3) 以上のように解すべきことは、当裁判所の判例(最大判昭和24・5・18刑集3巻6号789頁、最大判昭和25・9・27刑集4巻9号1774頁、最大判昭和27・4・9刑集6巻4号584頁)の趣旨に徴して明らかである。

 

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 また、本決定は、本件抗告の趣意のうち、刑訴法299条の5が憲法37条1項に違反する旨主張する点は、刑訴法299条の5は、所論のいうように受訴裁判所の裁判官に係属中の被告事件について予断を抱かせるものではないから(最大判昭和25・ 4・12刑集4巻4号535頁参照)、前提を欠き、その余は単なる法令違反の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらないとした。

 

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 刑訴法299条1項は、「検察官、被告人又は弁護人が証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の尋問を請求するについては、あらかじめ、相手方に対し、その氏名及び住居を知る機会を与えなければならない。証拠書類又は証拠物の取調を請求するについては、あらかじめ、相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。但し、相手方に異議のないときは、この限りでない。」と規定する。しかし、他方で、相手方に対し証人等の氏名及び住居を知る機会を与えることにより、証人等に対する加害行為等のおそれを生じさせる場合もないではない。
 刑訴法299条の4、299条の5は、刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)によって新設された規定であり(平成28年6月3日公布、同年12月1日施行)、証人等に対する加害行為等を防止するとともに、証人等の安全を確保し、証人等が公判審理において供述する負担を軽減し、より充実した公判審理の実現を図るための、より実効性のある方策を規定したものである(保坂和人ほか「刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)について(2)」法曹時報69巻3号(2017年)39頁)。

 

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 本決定は、刑訴法299条の4、299条の5が憲法37条2項前段に違反しないということを説示するに当たり、まず、証人等の氏名又は住居を知る機会を与えられなかったとしても、それにより直ちに被告人の防御に不利益を生ずることとなるわけではなく、被告人及び弁護人は、代替的な呼称又は連絡先を知る機会を与えられることや、証人等の供述録取書の取調べ請求に際してその閲覧の機会が与えられることその他の措置により、証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめ、予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができる場合があり、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合があることを指摘する。①開示された証拠から、証人が被告人側の知っている特定の人物であることが分かる場合、②証人が、たまたま現場に居合わせて事件を目撃した者であって、被告人等と利害関係を有しないことが明らかな場合などにおいては、代替開示措置がとられたとしても、証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無等を確かめ、予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができ、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがない場合があるであろう。また、代替開示措置がとられたとしても、弁護人が、証人等との面談を要請し、検察官が、証人等にその旨連絡して、証人等の承諾の下、場所を提供し、弁護人に対して、証人等との面会の機会を与える措置がとられた場合などにおいては、証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無等を確かめ、予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができ、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合があるであろう。以上のとおり、代替開示措置がとられたとしても、それにより直ちに被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるということになるわけではない場合があるといえるであろう(同旨、川出敏裕『刑事手続法の論点』(立花書房、2019)166、170、171頁)。

 

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 本決定は、以上を前提に、刑訴法299条の4、299条の5は憲法37条2項前段に違反しない理由として、まず、これらの規定が、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには代替開示措置をとることができない旨規定していることを指摘する。被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときというのは、予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができず反対尋問を実効的に行うための準備をすることができないことをいうものと考えられるが、前記のとおり、代替開示措置がとられたとしてもそれにより直ちに被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるということになるわけではない場合があり、刑訴法299条の4、299条の5は、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには代替開示措置をとることができない旨規定しているのであるから、これらの規定が憲法37条2項前段に違反するというのは困難であるというほかないと解される(同旨、前掲『刑事手続法の論点』170頁)。

 

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 本決定は、刑訴法299条の4、299条の5は憲法37条2項前段に違反しない理由として、次に、これらの規定が、条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限り代替開示措置をとることができる旨規定していることを指摘する。弁護人が選任されている場合において条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときとしては、①被告人に証人等の氏名又は住居が知られた場合には、当該証人等に対する深刻な加害行為等のおそれが強く、これを確実に防止するためには、弁護人の過失により被告人に証人等の氏名又は住居を知らせてしまう可能性も排除しておく必要があることから、弁護人に対しても知らせないこととせざるを得ないような場合、②被告人が、弁護人に対し、証人等の氏名又は住居を教示するよう強く求めている場合など、弁護人が被告人に対してこれらを秘匿することに困難が予想される場合、③弁護人が、被告人の所属する暴力団組織に、被告人の事件の証拠の内容を漏らしているなどの事情があり、弁護人と暴力団組織の癒着が疑われる場合などが考えられる。これらに鑑みれば、代替開示措置をとることができるのは、かなり限定的であるということになる。もとより、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには代替開示措置をとることができないのであるから、条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないときに限り代替開示措置をとることができるということは、同措置が憲法37条2項前段に違反しないということとの関係では、その合憲性を支えるものとして指摘されていると考えられる。

 

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 本決定は、刑訴法299条の4、299条の5は憲法37条2項前段に違反しない理由として、さらに、①裁判所は、検察官が条件付与等措置若しくは代替開示措置をとった場合において、加害行為等のおそれがないとき、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき、検察官が代替開示措置をとった場合においては、条件付与等措置によって加害行為等を防止できるとき、被告人又は弁護人の裁定請求により、決定で、検察官がとった措置の全部又は一部を取り消さなければならないこと、②裁定請求があった場合には、検察官は、裁判所からの意見聴取において、刑訴法299条の5第1項各号に該当しないことを明らかにしなければならず、裁判所は、必要なときには、更に被告人又は弁護人の主張を聴くなどすることができるということができること、③そして、裁判所の決定に対しては即時抗告をすることができることを指摘する。これらは、代替開示措置がとられたことにより被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認められる場合などに関してそのような事態を是正する手続であり、このような手続が設けられていることは、代替開示措置について定める規定の合憲性を担保するものとして指摘されていると考えられる。

 

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 本決定は、以上の諸点から、刑訴法299条の4、299条の5は、被告人の証人審問権を侵害するものではなく憲法37条2項前段に違反しないとし、このように解すべきことは、判文掲記の最高裁判所の判例の趣旨に徴して明らかであるとする。これらの判例は、一定の要件の下、証人に対して直接に審問する機会を与えずに、伝聞証拠の取調べを許容することも、被告人の証人審問権を侵害するものではない旨判示したものであり、証人審問の機会が与えられていない場合であっても憲法37条2項前段違反になるわけではないとするこれらの判例の趣旨に徴すれば、証人審問の機会がある場合について同項違反をいうのは困難であろう。

 

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 なお、刑訴法299条の5の裁定請求において、裁判所は、証人等に対する加害行為等のおそれがあるか否か、証人等の氏名又は住居を開示することに代えて代替開示措置をとることにより被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないか否か、条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるか否かを判断するのであるから、受訴裁判所の裁判官に、係属中の被告事件について予断を抱かせるものではなく、刑訴法299条の5が憲法37条1項に違反する旨の主張は前提を欠くというほかないであろう。

 

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 本決定は、刑訴法299条の4、299条の5について憲法37条2項前段に違反しないということを最高裁が初めて判断したものであり、これらの規定が合憲とされる理由を判示するものとして、今後の実務の参考になる判断を提供するものと考えられる。
 なお、改正法施行から本件原決定後の平成30年4月までの間に、弁護人からの刑訴法299条の5第1項の裁定請求を認め代替開示措置を取り消した証人等の数は6件あり、裁定請求を棄却したものは本件のほかには見当たらないことからは、慎重な判断がされていることが看取される。

 

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