特許権の通常実施権者が、特許権者を被告として、特許権者の第三者に対する特許権侵害を理由とする損害賠償請求権が存在しないことの確認を求める訴えにつき、確認の利益を欠くとされた事例
特許権者であったYがXに対し特許権について通常実施権を許諾し、AがXから販売された機械装置を使用して製品を製造等した場合において、YのAに対する特許権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の行使によりAが損害を被ったときに、XがAに対し事前の合意に基づきその損害を補償し、その補償額についてYに対し上記の許諾に係る契約の債務不履行に基づく損害賠償請求をすることがあるとしても、Xが、Yを被告として、YのAに対する上記不法行為に基づく損害賠償請求権が存在しないことの確認を求める訴えは、確認の利益を欠く。
民訴法134条
平成31年(受)第619号 最高裁令和2年9月7日第二小法廷判決 特許権侵害による損害賠償債務不存在確認等請求事件 一部破棄自判、一部棄却 民集74巻6号1599頁登載
原 審:平成30年(ネ)第10059号 知財高判平成30年12月25日判決
第1審:平成29年(ワ)第28060号 東京地裁平成30年6月28日判決
1 事案の概要
本件は、発明の名称を「樹脂フィルムの連続製造方法及び装置及び設備」とする特許(日本国特許第2696244号及び米国特許第5075064号。以下、前者に係る特許権を「本件日本特許権」、後者に係る特許権を「本件米国特許権」といい、これらを併せて「本件各特許権」という。)の通常実施権者であったXが、特許権者であったYを被告として、YのAに対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)が存在しないことの確認を求める(以下「本件確認請求」という。)などした事案である。上告審における争点は、本件確認請求に確認の利益があるか否かである。
2 事実関係の概要
(1) Yは、平成5年当時、本件各特許権を有していた(なお、本件各特許権には、いずれも本件訴訟提起前に存続期間が満了している。)。
XとYは、平成5年、YがXに対し本件各特許権について独占的通常実施権を許諾する旨の契約(以下「本件実施許諾契約」という。)を締結した。
(2) Xは、上記許諾を受けた後、ポリイミドフィルム製品製造機械装置(以下「本件各機械装置」という。)を製造し、平成17年3月頃から平成20年2月頃までの間、Yの競合会社であるAの前身である外国法人に対して本件各機械装置を販売した。そして、A(韓国法人)は、同年4月頃以降、韓国内において本件各機械装置を使用してポリイミドフィルム製品(以下「本件各製品」という。)を製造し、これを日本及び米国に輸出するなどした。
XとAは、Aが本件各機械装置を使用することに関して、第三者からの特許権の行使により損害を被った場合には、Xがその損害を補償する旨の合意(以下「本件補償合意」という。)をしている。
(3) Yは、平成22年7月、本件実施許諾契約にはXが前記通常実施権に基づいて製造した機械装置をYの競合会社に販売することを禁止する特約が付されていたから、Aによる本件各製品の製造販売は本件米国特許権を侵害する旨主張して、Aに対し損害賠償を求める訴訟(以下「別件米国訴訟」という。)を米国において提起した。別件米国訴訟の第1審(連邦地方裁判所)では、平成29年5月、Aによる本件各製品の製造販売は本件米国特許権を侵害するものであるなどとして、Aに対して損害賠償を命ずる判決(以下「別件米国判決」という。)が言い渡された。
3 第1審及び原審の判断
第1審は、本件確認請求について、確認の利益を否定したが、原審は、確認の利益を認めた。その主な根拠は、①YのAに対する本件損害賠償請求権の行使によりAが損害を被った場合、②XはAに対し本件補償合意に基づき同損害を補償しなければならず、③Xはその補償額についてYに対し本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求をすることになるところ、この請求権の存否の判断に要する主要事実に係る認定判断は、本件損害賠償請求権の存否の判断に要する主要事実に係る認定判断と重なるということにある。
4 本判決の概要
本判決は、判決要旨のとおり判示して、本件確認請求の確認の利益を否定し、原判決中本件確認請求に関する部分を破棄し、同部分に関するXの控訴を棄却した。
5 説明
(1) 確認の訴えは、給付の訴えと異なり、確認の対象となり得るものが形式的には無限定であることから、訴えの利益(確認の利益)によってそれが許容される場合を限定する必要が大きい(中野貞一郎ほか編『新民事訴訟法講義〔第3版〕』(2018、有斐閣)163頁、新堂幸司『新民事訴訟法〔第5版〕』(2011、弘文堂)270頁等)。確認の利益は、確認判決を求める法律上の利益であり(最二小判昭和35・3・11民集14巻3号418頁、最二小判平成30・12・21民集72巻6号1368頁等)、原告の権利又は法的地位に危険・不安が現存し、かつ、これを除去する方法として原被告間で当該訴訟物について確認する判決をすることが有効適切である場合に認められる(新堂・前掲270頁、高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)〔第2版補訂版〕』(2013、有斐閣)363頁等)。確認の利益は、①方法選択の適否(給付訴訟や形成訴訟でなく確認訴訟による必要性)、②確認対象の適否、③即時確定の利益の各観点から判断されるところ、即時確定の利益とは、原告の権利又は法的地位に現実的な危険・不安が生じており、これを除去するために確認判決を得ることが必要かつ適切であることをいう(最三小判昭和30・12・26民集9巻14号2082頁、中野ほか編・前掲167頁、高橋・前掲378頁等)。
本件確認請求は、被告と第三者との間の権利関係の確認を求める訴訟であるが、一般に、当事者の一方と第三者との間の法律関係であるというだけで、確認対象としての適格性を欠くことになるわけではなく(大判大正9・2・26民録26輯207頁等参照)、即時確定の利益があれば、第三者との間の権利関係の確認を求める訴えも適法であると解されている。そして、当事者の一方と第三者との間の権利関係の確認の訴えで確認の利益が認められる例として、①第三者のためにする契約について、当該第三者が当事者となった、契約の存在又は不存在を前提とする権利又は法律関係の確認の訴え、②2番抵当権者が、1番抵当権者に対し、1番抵当権又はその被担保債権の不存在の確認を求める訴え(大判昭和15・5・14民集19巻840頁)、③債権者代位訴訟において第三債務者(被告)が債権者(原告)の債務者に対する被保全債権を争う場合に債権者が提起した、同債権の存在確認の訴え(大判昭和5・7・14民集9巻730頁)、④土地の転借人が、土地所有者から別個に当該土地の使用権を取得したと主張する者に対し、自己の土地使用権の確認を求める訴え(同大判)、⑤自称債権者同士の争いで、自己が第三者(債務者)に対する債権を有することの確認を求める訴え(最三小判平成5・3・30民集47巻4号3334頁等)などが挙げられている(秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅲ〔第2版〕』(2018、日本評論社)77頁、兼子一ほか『条解民事訴訟法〔第2版〕』(2011、弘文堂平)775~776頁[竹下守夫]、加藤新太郎=松下淳一編『新基本法コンメンタール民事訴訟法1』(2018、日本評論社)385頁[青木哲]、中野ほか編・前掲165~166頁、新堂・前掲277頁、高橋・前掲373頁、三木浩一ほか『民事訴訟法〔第3版〕』(2018、有斐閣)370頁等)。
もっとも、他人間の権利関係の確認を求める訴えについては、原告自身の権利義務ないし法的地位を確認するものでない分、「原告の権利又は法的地位への危険・不安」が現存し、これを除去するために当該確認判決をすることが必要かつ適切であるといえるのかどうか、すなわち即時確定の利益を基礎付けるに足りる関係や状況があるのかどうかが問われるように思われる。例えば、他人間の不動産売買の無効確認を求める訴えについて、前掲最三小判昭和30・12・26は、原告が当該売買の売主の推定相続人であるというだけでは、将来の相続に関する期待権を有するだけであって、現在においては、当該売主の個々の財産に対し権利を有するものではないから、法律上は、未だ現に原告の権利又は法律的地位に危険又は不安が生じ、確認判決をもってこれを除去するに適する場合であるとはいい難い旨判示し、即時確定の利益を否定している。
なお、上記①~⑤の類型は、原告の権利と被告の権利が競合していたり、原告の権利の直接の発生原因である基本的な法律関係に係る確認を求めているなどのケースであり、即時確定の利益を基礎付けるに足りる関係や状況があるといえるが、本件は、これらの類型とは事案を異にするところ、本件のようなパターンの確認訴訟について確認の利益を認めた裁判例は原判決のほかに見当たらない。
(2) 上記のように、本件確認請求は、第三者(A)の被告(Y)に対する債務の不存在確認を求めるものであり、原告自身の権利義務ないし法的地位を確認対象とするものではないため、即時確定の利益の前記定義に照らし、どのような意味で「原告の権利又は法的地位への現実的な危険・不安」が基礎付けられるのかが問われる。
この点につき、(α)XがAに対し本件補償合意に基づき補償債務を負う危険をもって「原告の権利又は法的地位への現実的な危険・不安」を基礎付けるのは、本件確認請求を認容する判決が確定したとしても、その既判力がYA間には及ばないことから、YのAに対する本件損害賠償請求権の行使を法的に抑制することはできず、したがって、XがAに対する補償債務を負う危険を除去できないこと、Yによる本件損害賠償請求権の行使を事実上抑制することができ、かつ、これをもって即時確定の利益を基礎付けられるといえるかも疑問であること(取り分け、YA間に別件米国判決のような本件損害賠償請求権の認容判決がある場合にYがそれに沿った権利行使を控えることになるのかは疑問である。)等に照らし、困難であると思われる。
他方、原審は、(β)XのYに対する本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権に係る紛争が生ずる可能性があることにより「原告の権利又は法的地位への現実的な危険・不安」を基礎付けようとしたものと解される。しかしながら、原審は、別件米国判決のようなYのAに対する本件損害賠償請求権を認容する判決が確定した場合にXがAにその損害賠償金を補償しなければならない分についての将来のXのYに対する上記債務不履行に基づく損害賠償請求を念頭に置いているようであるが、YがAに対して本件損害賠償請求権を行使したとしても、X自身同請求権が存在しないといっていることもあり、①それを認容する判決が確定するか否かは全く不確実である。また、そのような認容判決が確定したとしても、②AがYに対し同判決どおりの損害賠償金を支払わない(Aに対する強制執行も奏功しない)可能性や、③XがAに対し本件補償合意に基づく補償金を支払わない可能性があるため、Xに損害が発生するか否かは、なおも不確実であるといえる。なお、本件では、本件米国特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権について、YがAに対する別件米国訴訟を提起し、その第1審でこれを認容する別件米国判決を得たというのであるが、本件日本特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権については、まだYがAに対して行使したという事実もうかがわれない。
このように、実際にAが損害を被り、これに対する補償を通じてXに損害が発生するかは、事前には(損害が発生する前の段階では)不確実であるといわざるを得ず、Xが事実上の期待のレベルを超えて保護に値するほど具体化された権利又は法的地位を有するとはいえない。他方で、Xに現実に損害が発生した段階では、Xは、Yに対して上記債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起すれば足りると考えられる。そうすると、上記(β)の観点から、本件確認請求が、Xの権利又は法的地位への危険又は不安を除去するために必要かつ適切であるということはできない。
(3) また、上記債務不履行に基づく損害賠償請求の要件事実の一部が本件確認請求の要件事実と重なるからといって、同損害賠償請求の給付訴訟に先立ち、その重なる部分に係る認定判断をあらかじめ本件確認訴訟においてしておくことが必要かつ適切であるということはできない。単なる要件事実の存否の確認の訴えは不適法と解されているが、将来の給付訴訟の要件事実の一部を前倒し的に判断するための確認訴訟も、これを認め出すと、非定型の確認訴訟が無限定に広がりかねないという問題がある。
(4) 本判決は、以上のようなことを踏まえた上で、本件確認請求は即時確定の利益を欠くと判断したものと考えられる。
6 本判決の意義
本判決は、事例判断ではあるが、確認の利益という民訴法上判例の積み重ねを必要とする分野において、先例のないパターンについての判断を加えるものであり、第三者と被告との間の権利関係についての確認の利益の判断の仕方や、要件事実の前倒し的判断の有益性をもって確認の利益を基礎付けることの可否に関する点を含め、参考になると思われるため、紹介する次第である。