SH3560 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第4回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その2 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/04/01)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第4回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その2

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第4回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その2

3 Contractorの義務内容の解釈①

⑴ 契約解釈の必要性

 第2回で述べたとおり、契約書の明確性、網羅性等には限界がある。そのため、一定の場面において、契約書の文言からは適用されるべきルールが一義的には定まらないことが不可避的に生じ、契約の解釈が必要になる。

 特に、Contractorの幹となる義務は、大規模かつ複雑な工事等を行う義務であるから、上記の解釈が必要となる場面が多々考えられる。なお、一つの留意事項として、契約書には、様々な付属書類が設けられることがあり、その場合には、付属書類の名称に拘わらず、基本的にはその全てが一体として契約書を構成する。

 今回から数回にわたり、Contractorの幹となる義務を念頭に、FIDICにおいて定められた、またはFIDICに関連する契約解釈のルールについて解説する。

 

⑵ Fitness for purpose

 a. 概要

 第2回において、契約解釈における一つの要素として、趣旨・目的が重要な意味を持つと述べた。これに関連するFIDICの重要な定めとして、Yellow BookおよびSilver Bookにおいては、fitness for purposeの義務がContractorに課されている(それぞれの4.1項)。

 前回述べたとおり、設計をContractorが行うのか、Employerが行うのかが重要な区分となっており、Red BookではEmployerが行うのに対し、Yellow BookおよびSilver Bookでは、Contractorが行うこととなっている。この区分を受け、Yellow BookおよびSilver Bookでは、Contractorの義務として、工事等が、Employerの要求仕様(Employer’s Requirements)または一般に要求される目的に合致しなければならないとされている。すなわち、契約書で個別具体的に定められていなくても、かかる目的を実現するために必要であれば、Contractorはそれを実現しなければならないということである。たとえば、日産Xバレルの石油を精製する製油所の建設工事であれば、当該精製能力を有する製油所を完成させることが、Contractorの義務として求められる。Yellow BookおよびSilver Bookでは、Contractorが、かかる目的を実現するために、設計を行い、資材を調達し、工事等を行うことになる。

 これに対し、Red Bookでは、Contractorは、原則として、fitness for purposeの義務を負わず、Employerから提示された設計に従い、工事等を行うことになる。例外は、Contractorに、契約上一部の永久構造物の設計義務が課される場合であり、この場合は、当該一部分について、fitness for purposeの義務がContractorに課される(4.1 (e) 項)。

 

 b. 義務の厳格性

 国際的な建設契約およびその紛争解決の実務では、英国法が強い影響力を持っているところ、同法の下では、Contractorに課されているfitness for purposeの義務は極めて厳格とされている。

 たとえば著名な英国判例であるGreaves and Co (Contractors) Ltd v Baynham Meikle and Partners[1]によれば、Contractorは、合理的な注意(reasonable care)を払うだけでは足りず、目的に合理的に合致していることを確保することが義務づけられている。

 また、別の著名な英国判例であるViking Grain Storage v T.H. White Installations Ltd[2]によれば、fitness for purposeの義務が明確なもの(simple and certain standard)であり、その未達があった場合には、原因が施工に由来するか、資材に由来するか、設計に由来するかは問題にならず、いずれにせよ違反になる。換言すれば、Contractorは、施工、資材および設計のいずれについても、責任とリスクを負担するということである。

 なお、fitness for purposeは、全体的に問題となる場合と、部分的に問題となる場合とがある。たとえば、全体的に問題となる場合とは、日産Xバレルの石油を精製する能力を持つことが求められる製油所において、当該能力が実現していない場合である。これに対して、部分的に問題になる場合とは、一定の見栄えが求められる建造物において、その一部分において、見栄えが不十分な場合である。状況の深刻さとしては、当然のことながら、全体的な問題の方が、通常はより深刻である。ただし、全体的な問題の場合も、fitness for purposeの実現を妨げる要因が絞り込まれることによって、工事全体のやり直しではなく、部分的な対応の組み合わせによって、fitness for purposeが実現されることが通常である。

 

 c. 国際的なスタンダードに誤りがあった場合

 他の英国判例で、fitness for purposeの義務の重さを示すものとして、MT Højgaard A/S v E.ON Climate and Renewables UK Robin Rigg East Ltd[3]は、Contractorが国際標準(international standard)に従った場合であっても、すなわち、当該国際標準に誤りがあり、その結果fitness for purposeが未達になったとしても、Contractorは義務違反を免れないとしている。Contractorは、依拠する国際標準の正確性も検証し、その不正確性故にfitness for purposeが未達になる事態は、避けなければならないということである。

 

 d. Employerの誤り、承認等があった場合

 もっとも、Employerの要求仕様(Employer’s Requirements)において、fitness for purposeの定義に関する誤りがあり、その結果、本来のEmployerの目的が実現しなかったとしても、Contractorは義務違反とはならない。これは、Yellow BookおよびSilver Bookにおけるfitness for purposeの義務における例外のルールである(各5.1項参照)。なお、原則のルールと例外のルールの区別を意識するべきことは、第2回で述べたとおりである。

 これに対し、Contractorの提案を、Employer側が承認したというだけでは、Contractorは責任を免れ難い。上記MT Højgaard A/S v E.ON Climate and Renewables UK Robin Rigg East Ltdにおいては、fitness for purpose の義務が課される場面において、設計の誤りはContractorが負担するリスクであるとされている。すなわち、Employer側とContractorの双方が設計の誤りを看過した場合(具体的には、Contractorによる誤った設計をEmployerが承認した場合)には、Contractorが責任を負う。この点からも、Contractorが負うfitness for purposeの義務の重さがみてとれる。

 このEmployer側の承認については、Contractorが法的意義のあるものと考える可能性があり(つまり、この承認によって、リスクがEmployer側に移転したと考える可能性があり)、トラブルのもととなり得る。そこで、トラブルを避けるために、Employerの承認にはリスク移転の効果はないことを契約書に明記しておくか、あるいはリスク移転の効果を認めるのであれば、一定の方式で行われた承認に限ること(たとえば、Employerの権限ある者が署名した書面による承認である必要があり、それ以外の承認ではリスクがEmployer側には移転しないこと)を明記することが、基本的には望ましい。

 

 英国法に限らず、一般的にfitness for purposeの義務は重いものと認識されており、契約書の定め方として、かかる義務が課されるか否かは重要な意味を持つ。これは、契約書に明確に定められていないことについても、義務を負うか否かということであり、義務の範囲が大きく広がるか否かに関わるためである。契約書に関する一つの重要な留意事項といえる。

 


[1] [1975] 1 W.L.R. 1095 at [1098].

[2] [1986] 33 B.L.R. 103 at [117].

[3] [2017] UKSC 59, [2015] EWCA Civ 407 and [2014] EWHC 1088 (TCC).

 

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