SH3580 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第6回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その4 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/04/15)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第6回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その4

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第6回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その4

4 シビル・ロー(civil law)とコモン・ロー(common law)における契約解釈の違い――信義則

⑴ はじめに

 前回、国際的な契約であるFIDICの契約解釈は、準拠法の解釈ルールに依拠することになると述べた。そして、契約解釈の基本的なルールは、契約書の文言を重視することと、当事者の意図を探求することの二点において、どの国でも概ね共通しており、準拠法によって契約解釈の帰結が大きく異なる場面は多くないことも、前回述べたとおりである。法が合理的解決を導こうとする限りにおいて、どの国でもルールが共通するのはむしろ当然のことと言えよう。

 ただし、準拠法によって、契約解釈の原則についての考え方が大きく異なる場面は存在する。その良い例が、シビル・ローの国とコモン・ローの国における、信義則(good faith principle)の取り扱いの違いである。

 シビル・ローとは、体系化された法典による成文法システムを指す。日本はシビル・ローの国であり、他にもドイツ、フランス、中国、ロシア、エジプトなどで採用されている。契約関係の主要な点についても成文法に定めがあるため、契約書においては、成文法と異なる内容や、成文法と同じであっても特に強調したい内容を定めることが主眼となる。ゆえに条文数の少ない、短い契約書が交わされる傾向にある。

 これに対して、コモン・ローとは、簡単に言えば、裁判例の積み重ねによって構築された不文法システムのことであり、代表的には、イギリス、アメリカ、オーストラリア、香港、シンガポールなどの国で採用されている。契約関係についての体系的な定めがないため、契約書において一から十まで定めようとするのが基本であり、ゆえに契約書が大部となる傾向にある。

 

⑵ シビル・ローにおける信義則

 シビル・ローにおいては、信義則は法の基本原則の一つとされ、また、契約解釈の重要な指針とされる傾向にある。日本法を例にとってみると、民法が明示的に「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」と定めている(民法1条2項)ほか、建設プロジェクトとの関係では、個別法にも信義則が定められている(建設業法18条)。実際に、日本の裁判所は、信義則に基づいて、契約に定めのない当事者の義務を認定したり、逆に契約上認められた権利行使の範囲を限定したりする解釈を行うことがある。FIDICのような国際的な書式に基づく契約の解釈においても、日本法のもとでは、信義則を根拠として同様の解釈が行われる可能性は十分に考えられる。

 上記のような解釈方針は日本に限ったものではなく、たとえばスウェーデンでは、信義則に基づき、追加工事の通知義務という、契約には定めのない義務がContractorに課された例がある。

 また、シビル・ローのもとでは、契約に信義則に関する明示的な規定がなくとも、法の基本原則としての信義則は適用されることが前提となる。FIDICには信義則に関する規定はないが、シビル・ローの国で使われることも多いため、信義則の適用があることを前提とした解釈論が展開される場面も見受けられる。

 

⑶ コモン・ローにおける信義則

 一般的に、コモン・ローの国は信義則に馴染みが薄く、適用するとしても限定的に行う傾向にある。たとえば、イギリス法においては、伝統的に、契約当事者間の信義誠実義務という概念に対する抵抗が強い。これは、イギリス法が、個々の事例に沿った個別の解決を図るアプローチを好むことや、信義誠実義務の介入によって契約の内容が不明確になるのを危惧することなどが理由であると言われている。したがって、イギリス法のもとでは、信義誠実義務を根拠として契約に定めのない義務を認定することや、権利行使の範囲を限定することは、シビル・ローに比べてハードルが高くなると考えられる。ただし、近年、イギリスにおいても、当事者間に相互関係が構築されるような契約については、信義誠実義務をやや緩やかに受け入れるような動きが見られた(Yam Seng PTE Ltd v International Trade Corporation Ltd, [2013] EWHC 111(QB))。大規模プロジェクトにおける建設契約は、ContractorとEmployerの間に年単位での相互関係が構築されるものであり、こうした新しい考え方の対象となり得るが、建設紛争実務への影響については、判例の蓄積を待つこととなる。

 上記に鑑みれば、コモン・ローのもとで信義則に依拠しようとする場合には、契約において明示の規定を設け、信義則の適用範囲やその効果を可能な限り具体的に定めておくことが基本的には望ましい。なお、FIDICと異なり、イギリスの業界団体が発行しているJoint Contracts Tribunal(JCT)およびNEC4 Engineering and Construction Contractの契約書式には、当事者に信義誠実義務を課す趣旨の規定が含まれるものがある。

 

⑷ Contra proferentemルール等による対応

 前述のとおり、コモン・ローにおいては、個々の事例に沿った個別の解決が好まれる。すなわち、信義則という大きな概念に依拠するのではなく、当該事例に適用できる個別のルールを適用して、取引の公正を図ろうとする。contra proferentemルールは、契約解釈の場面における個別ルールの一つである。

 同ルールの内容は、要約すれば、契約の文言が不明確な場合、同文言を作成または提案した当事者に不利に解釈するというものである。すなわち、契約の文言は、本来明確にするべきであり、これが不明確な場合には、そのような文言を作成または提案した当事者に不利益を課すという考え方である。この考え方のもとでは、当事者が契約の文言を明確にするインセンティブを持つことになり、実務全般において、契約の文言がより明確になることも期待できる。

 建設契約との関係では、Contractorが契約に定められた期限内に通知や請求を行わなかった場合に、工期延長や費用をEmployerに請求する権利を失う旨の規定(いわゆるtime-bar provision)の解釈において、contra proferentemルールがよく議論される。コモン・ローのもとでは、契約で明確にtime-bar provisionが定められている場合には、一般的にその有効性が認められているが、規定ぶり次第では、contra proferentemルールに基づいてContractorが請求権を失わないと判断される可能性はあろう。

 また、信義誠実義務そのものではなくても、契約に明示的な定めのない義務が認定されることは、コモン・ローのもとでもあり得る。これは、implied termsと呼ばれ、明示的な契約文言の解釈を補足する形で機能するものであるが、その内容は次回に取り扱うこととする。

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