中国:揚子江薬業集団有限公司に対する
医薬分野における独占行為に関する行政処罰決定(上)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 川 合 正 倫
2021年4月15日、中国国家市場監督管理総局(以下「SAMR」)は、揚子江薬業集団有限公司(以下「揚子江薬業」という)に対する独占行為に関する行政処罰決定を行った。揚子江薬業は2015年から2019年にわたって、提携契約の締結、価格調整書簡の配布、口頭通知等の方式を通じて、薬品の再販売価格を固定又は再販売最低価格を制限し、実施規則の制定や川下企業に対する評価監督の強化等の措置を通じてこれらの契約の履行を求めたことにより、競争を制限し、消費者の合法権益及び社会公共の利益を害し、「独占禁止法」14条に違反したと認定され、SAMRは、同法46条、49条の規定に従い揚子江薬業に対して、違法行為の停止を命じ、併せて2018年における販売額254.67億元の3%に相当する7.64億元(約130億円)という巨額の過料を課した。本案は医薬企業による独占禁止法違反に基づく最高額の過料事案と思われ、実務上の影響も少なくないため、行政処罰決定書に記載された事案の経緯を紹介する。
なお、本稿の執筆にあたっては季菲菲中国法顧問の協力を得ている。
一、 違法事実
SAMRは、調査に基づき、揚子江薬業が2015年から2019年にわたって、香港、マカオ、台湾地域を除く中国全土で、(1)薬品の小売チャネルにおいて取引相手と、価格の固定及び制限に関する独占合意をし、(2)これらの実施を通じて、(3)市場競争を制限し、消費者の利益を害したという認定をした。
(1)取引相手との間の価格固定及び制限の独占合意
取引相手との間の価格固定及び制限の独占合意の具体的内容としては、一次代理商、二次代理商、チェーン薬局及びその他の小売薬局との間で、それぞれ「売買契約」、「二次代理商三者契約」及び「揚子江薬業グループチェーン戦略サービス契約」、「オンライン販売約定書」等の契約を締結したことである。いずれの契約も揚子江薬業が指定する標準契約であり、価格固定及び制限に関する内容を含んでいる。
上記各契約以外にも、揚子江薬業は、価格調整書簡又は通知にて取引相手に対して薬品価格を調整するよう要求したことにより、事実上、価格固定又は制限について合意した。さらに、販売員に電話、Wechat、現地訪問告知等の方式により、取引相手に対して、揚子江薬業による価格政策に従い、薬品の価格を制定、調整するよう要求させた。
(2)揚子江薬業による価格固定及び制限に関する独占合意の実施
揚子江薬業は、取引相手との間で(1)における独占合意をしただけではなく、かかる独占合意が小売チャネルの各段階においていずれも有効に実施されており、以下の各種措置を通じてその実施を強化した。
- (i) 会社価格コントロールの完全な制度を構築し、薬品価格コントロールについて各方面の詳細な規定を定めていること。
- (ii) 緻密な業績評価制度及び監督メカニズムを制定し、販売員及び代理商に対して、価格固定及び制限に関する価格政策を厳格に実行するよう奨励していること。
- (iii) 独占合意の内容として、代理商が価格政策を遵守しなかった場合又は他地域の市場等に薬品を販売した場合、奨励金の支給停止、費用精算の停止、納品の停止等のペナルティーを課す旨を定めており、一部の価格調整書簡にも同旨の内容が記載されていること。
- (iv) 仲介会社を起用してオンライン小売価格を監督していること。仲介会社による報告に基づき、価格監督を実施した後、各プラットフォームにおける安価の商店数は著しく減少し、オンライン価格は揚子江薬業の要求に日増しに従ったものとなっていること。
上記事実について、揚子江薬業は、独占合意を実施しておらず、取引相手に対して設定した価格固定及び制限条項は懲罰的な条項ではなく、いずれの懲罰措置も講じたことがないと反論した。
これに対して、SAMRは、揚子江薬業が薬品販売の各段階において取引相手に対して価格政策を実施しなかった場合の各種懲罰措置を設定しており、実際に価格コントロールを遵守しなかった代理商に対して懲罰を実施したことがある等の理由で揚子江薬業による反論を認めなかった。
(3)市場競争の排除・制限並びに消費者及び社会公共の利益への損害
揚子江薬業の内部書類、これに対する調査及び経済分析に基づき、揚子江薬業が価格を固定、制限する目的を有していたことが認定されている。
また、揚子江薬業が中国国内の製薬業界における大手企業であり、その製品も市場においてよく売れていることから、揚子江薬業及びその製品は市場優勢地位を有し、代理商はその重点製品に対して一定の依存しており、価格交渉力に欠けている。これと同時に、揚子江薬業は、販売地域の制限、他の販売地域への販売禁止、違約による懲罰等の措置を通じて契約約款の強制性及び懲罰性をさらに強化したことにより、代理商はその製品価格要求を遵守せざるをえないため、競争を厳重に排除、制限した。
また、経済分析によると、揚子江薬業による価格固定及び制限行為は薬品価格の上昇を引き起こしたことが確認された。その結果として直接患者の負担を増加し、消費者の合法権益及び社会公共の利益を害した。
上記事実に関し揚子江薬業は、製品の市場シェアが比較的低く、当該行為は競争の排除、制限に影響しないこと、また、製品の出荷価格が下降傾向にあることから十分な市場競争があり、消費者福祉は増大したと反論した。
これに対して、SAMRは、以下の理由により揚子江薬業による上記主張は成立しないとした。まず、揚子江薬業が取引相手と再販売価格の固定及び再販売最低価格の制限に関する合意をする目的は競争を解消する点にあり、競争を排除、制限する効果を有する。次に、出荷価格は生産メーカーと代理商との間の利益配分に関連するが、小売価格こそが消費者利益を決定する重要な要素であるところ、SAMRが揚子江薬業の製品価格について分析した結果、特定の薬品に関する小売チャネルにおける出荷価格及び平均小売価格は年々上昇していた。さらに、揚子江薬業による独占行為は市場競争を制限しただけではなく、直接的又は間接的に製品価格の上昇を招いたことにより、小売価格及び病院における価格はあるべき競争水準の価格に下がっておらず、消費者の利益を害した。
(下)に続く
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(かわい・まさのり)
長島・大野・常松法律事務所上海オフィス一般代表。2011年中国上海に赴任し、2012年から2014年9月まで中倫律師事務所上海オフィスに勤務。上海赴任前は、主にM&A、株主総会等のコーポレート業務に従事。上海においては、分野を問わず日系企業に関連する法律業務を広く取り扱っている。クライアントが真に求めているアドバイスを提供することが信条。
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