SH3635 厚労省、「職場のハラスメントに関する実態調査」報告書を公表 今津幸子(2021/05/25)

そのほか労働法

厚労省、「職場のハラスメントに関する実態調査」報告書を公表

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業

弁護士 今 津 幸 子

 

1 はじめに

 厚生労働省は、令和3年4月30日、「職場のハラスメントに関する実態調査」の報告書(以下「報告書」という。)を公表した[1]

 平成28年度に職場のパワーハラスメントに関する実態調査が行われたが、その後、令和元年に改正労働施策総合推進法が成立し、事業主にパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)の防止のための必要な措置をとることが義務づけられるとともに、セクシュアルハラスメント(以下「セクハラ」という。)や妊娠・出産・育児休業・介護休業等ハラスメント等の防止にかかる取組みの実効性の向上のための指針の改正も行われ、ハラスメント対策に取り組む企業の割合や労働者の状況も変化していると考えられることから、今回の調査が行われた。今回の調査は、全国の企業と労働者等を対象に、令和2年10月に実施された。

 今回の調査は、法律上事業主に防止措置義務が課せられているセクハラ、パワハラ、妊娠・出産・育児休業・介護休業等ハラスメントだけでなく、顧客や取引先からの暴力や悪質なクレーム等の著しい迷惑行為(以下「カスタマーハラスメント」という。)や、就職活動中またはインターンシップ中の学生に対するセクハラ(以下「就活等セクハラ」という。)といった、近年特に問題となっており指針等においても事業主の望ましい取組みが明示されているハラスメントについても調査対象とされている。

 以下、報告書において筆者が注目した調査結果についていくつか取り上げたい。

 

2 調査結果で注目すべき点

 ⑴ 中小企業におけるハラスメント防止対策の重要性

 過去3年間にパワハラ、セクハラ、カスタマーハラスメントを一度以上経験した者の割合は、パワハラが31.4%、セクハラが10.2%、カスタマーハラスメントが15.0%であったが、パワハラとセクハラについては、従業員規模別では100人~299人以下の企業で最も高かった(パワハラについては36.3%、セクハラについては12.4%)。

 また、過去5年間に妊娠・出産・育児休業等ハラスメントを経験した者の割合は26.3%であり、こちらも100人~299人以下の企業(33.4%)で最も高かった。妊娠・出産・育児休業等ハラスメントのうち過去5年間に妊娠・出産等に関する否定的な言動を経験したと回答した者の割合は17.1%で、こちらも100人~299人以下の企業で割合が最も高かった。

 なお、パワハラ、セクハラ、カスタマーハラスメントについては、勤務先がハラスメントの予防・解決に向けて「積極的に取り組んでいる」と評価した者はハラスメントの経験割合が最も低く、「あまり取り組んでいない」と評価した者はハラスメントの経験割合が最も高いとの結果も出ている。

 中小企業において各ハラスメントを経験している者の割合が最も高い、という調査結果は、中小企業におけるハラスメント防止対策の遅れを表しているといえる。セクハラや妊娠・出産・育児休業等ハラスメントについての事業主の防止措置義務は、法律上、規模を問わずすべての事業主に課せられている。他方、パワハラについての事業主の防止措置義務は、現時点では大企業のみに課せられており、中小企業の防止措置義務は令和4年3月31日までは努力義務である。しかし、中小企業も令和4年4月1日以降はパワハラについて防止措置をとることが義務化されるのであって、中小企業も今のうちから措置義務化に向けた対応を進める必要があることを忘れてはならない。

 報告書においては、勤務先のハラスメントの予防・解決に向けた取組みの積極性とハラスメントの経験割合との間には相関関係がみられるとの結果も出ており、事業主がハラスメント予防・解決に向けて積極的に取り組むことがハラスメントの防止・抑制につながることは調査結果からも明らかである。特に中小企業においては、パワハラを含めたハラスメント防止対策に積極的に取り組むことが望まれる。

 ⑵ ハラスメントを受けた後の対応――相談体制の重要性

 労働者等がハラスメントを受けた後の行動として、パワハラ、セクハラでは「何もしなかった」の割合が最も高かった(パワハラについては35.9%、セクハラについては39.8%)。「何もしなかった」理由としては、「何をしても解決にならないと思ったから」の割合が最も高く、二番目に高い理由として、パワハラでは、「職務上不利益が生じると思ったから」、セクハラでは「何らかの行動をするほどのことではなかったから」との結果であった。また、パワハラ、セクハラとも「社内の相談窓口に相談した」の割合は低い(パワハラについては5.4%、セクハラについては5.8%)。

 他方、カスタマーハラスメントについては、ハラスメントを受けた後の行動として、「社内の上司に相談した」(48.4%)の割合が最も高く、次に「社内の同僚に相談した」(34.0%)との結果となったが、カスタマーハラスメントは行為者が社外であることから、上司に対する相談がしやすかったのではないかと思われる。

 そして、パワハラ、セクハラ、カスタマーハラスメントのいずれにおいても、勤務先が各種ハラスメントの予防・解決に向けた取組みをしているという評価が高いほど、ハラスメントを受けても「何もしなかった」の割合が低いとの結果が出ている。

 パワハラについては、平成28年度調査の結果と比較すると、パワハラを受けた後の労働者等の行動として「何もしなかった」「家族や社外の友人に相談した」が減少し、「社内の同僚に相談した」「社内の上司に相談した」が増加していた。これは事業主におけるパワハラ対策の取組みが進んだことの表れともいえそうだが、それでも、今回の調査でも依然として、労働者等がパワハラを受けた後の行動として「何もしなかった」が一番高い、という状況はやはり改善する必要がある。

 報告書では、(労働者等への調査であるが)パワハラを知った後の勤務先の対応も「特に何もしなかった」(47.1%)が一番高いという結果となっており、パワハラについて相談しても勤務先は何もしてくれないと労働者等に思わせてしまっている状況が、労働者等の社内での相談を遠ざけている一因になっている可能性はありそうである。もっとも、報告書によると、事業主がハラスメントの予防・解決のための取組みを進める上での課題として、「ハラスメントかどうかの判断が難しい」(65.5%)の割合が最も高いとの結果が出ており、事業主のハラスメントの認否の判断と労働者の考えが異なったために、労働者等からの回答として、勤務先は「特に何もしなかった」となった可能性も否定はできない。

 ただ、上述したとおり、勤務先が各種ハラスメントの予防・解決に向けた取組みをしているという評価が高いほど、労働者等がハラスメントを受けても「何もしなかった」の回答の割合が低いという調査結果は無視できない。事業主に対して義務化されているハラスメント防止措置の一つに、相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備すること、具体的には、相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知することや、相談窓口担当者が内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること、が求められていることを踏まえ、事業主において、相談に対応する体制を含めたハラスメントの予防・解決に向けた取組みをより一層積極的に行っていくことが必要であろう。

 ⑶ 就活等セクハラ――男性求職者等に対する言動にも注意

 今回の調査では、就活等セクハラについての調査も行われた。回答者の中で就活等セクハラを経験した者の割合は4人に1人(25.5%)であり、男女別では男性のほうが割合が高く、従業員規模別では、「何度も繰り返し経験した」の回答割合は300~999人の企業において最も高かった。また、就活等セクハラの内容としては、「性的な冗談やからかい」(40.4%)の割合が最も高かった。就活等セクハラを受けた場面としては「インターンシップに参加したとき」(34.1%)の割合が最も高く、就活等セクハラの行為者は「インターンシップで知り合った従業員」(32.9%)の割合が最も高くなっている。

 

(出典:厚労省「職場のハラスメントに関する実態調査」報告書155頁156頁

 

 就活等セクハラを防止するためには、何よりも採用担当者やインターンシップ等の採用活動にかかわる従業員への周知・啓発が欠かせない。採用活動にかかわる者が、自らが「会社の顔」として求職者等の目に映っていることを自覚していれば、会社の顔に泥を塗るような行為は決してできないはずである。今回の調査結果からは、特にインターンシップにおいて就活等セクハラが起こりやすいことが明らかになったので、事業主としては、インターンシップにかかわる従業員へのセクハラ防止の周知・啓発は必須であろう。

 また、男性のほうが就活等セクハラを経験したと回答した割合が高かったことにも注意すべきである。これは、男性だから性的な発言が許容されやすいといった採用側の思い込みが一因ではないかと思われるが、性別を問わず、採用活動において性的な発言は一切必要ないはずである。事業主としては、採用活動にかかわる者すべてに対して、採用活動において、求職者等の性別を問わず性的な発言は一切しないこと、そして、採用活動にかかわる者は「会社の代表」「会社の顔」であることを強く自覚するよう、周知・啓発する必要があろう。

 

3 さいごに

 今回の調査結果において、事業主のハラスメントの予防・解決に向けた積極的な取組みが、ハラスメントの防止・抑制に対して効果を発揮していることが明確になった。事業主は、ハラスメント防止のために、ハラスメントの予防・解決に向けてより一層積極的に取り組むことが要請されたといえるだろう。 

以 上

 

 

(いまづ ゆきこ)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業パートナー。
平成3年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。平成8年弁護士登録(第一東京弁護士会)。平成19年から平成22年まで慶應義塾大学法科大学院准教授。経営法曹会議幹事。
使用者側の立場から人事・労務問題を多く手がけており、人事労務分野に関する多数の論文執筆や講演活動も行っている。特にハラスメント問題に関しては、官公庁、学校、企業における多くの社内研修・管理職研修の実績や多数の講演実績を有する。

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 https://www.amt-law.com/

<事務所概要>
アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、日本における本格的国際法律事務所の草分け的存在からスタートして現在に至る、総合法律事務所である。コーポレート・M&A、ファイナンス、キャピタル・マーケッツ、知的財産、労働、紛争解決、事業再生等、企業活動に関連するあらゆる分野に関して、豊富な実績を有する数多くの専門家を擁している。国内では東京、大阪、名古屋に拠点を有し、海外では北京、上海、香港、シンガポール、ホーチミン、バンコク、ジャカルタ等のアジア諸国に拠点を有する。

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