SH3659 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第14回 第2章・当事者及び関係者(1)――総論 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/06/17)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第14回 第2章・当事者及び関係者(1)――総論

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第14回 第2章・当事者及び関係者(1)――総論

1 契約当事者

 FIDICには、体制ないし組織に関する規定が相当数用意されている。本章では、これらにつき解説する。言い方を換えると、FIDICにおける登場人物の解説である。余談ではあるが、訴訟や仲裁における事実主張においては、最初に登場人物について説明することが多い。登場人物を理解することによって、その後の事実経緯ないしストーリーの理解が円滑になるためと思われる。

 契約における最も主要な登場人物は契約当事者であるが、FIDICにおける契約当事者は、EmployerとContractorである。第12回で述べたとおり、Employerの幹となる義務は代金支払義務であり、Contractorの幹たる義務は工事等を行い完成する義務である。これを体制ないし組織の視点、すなわち「役割」という視点から言い換えると、Employerは代金を支払う役割を担い、Contractorは工事等を行い完成する役割を担う。ただし、大規模な工事を念頭におくFIDICは、これらの基本的な役割の他にも、それぞれの当事者の役割に関する規定がある。

 

2 Employerの役割

 上記のとおり、大規模な工事を念頭においているFIDICでは、プロジェクト進行にあたってのContractorとのコミュニケーションなどは、Employerが自ら行うのではなく、後述のEngineer等を通じて行うことが想定されている。とはいえ、Employer自身も、プロジェクトを進めるうえで重要ないくつかの役割を担っている。

 たとえば、Employerは、工事の対象地(Site)を確保し、ContractorがこのSiteにアクセスできるようにしなければならない(2.1項)。Employerのマネジメントがよくないと、建設契約の目的である工事に先行する工事として、Contractorとは別の業者に発注されたサイトへの仮設道路建設が本工事の着工時に間に合わず、全体工期に大きな遅れを生じさせることも珍しくない。

 工事のために必要な許認可を得ることも、Employerの役割である(1.13 (a) 項)。かかる許認可には、建築許可や、サイト用地を確保するための森林の伐採許可などが含まれる。

 該当する税金等を支払うことは、原則としてContractorの役割であるが(1.13 (b) 項)、大規模なプロジェクトでは、その一部がEmployerの役割となることがあり得る。すなわち、国際的な公的融資(世銀、JICA等)によるインフラ建設プロジェクトでは、インターナショナルなContractorの資機材輸入時にかかる関税や、出来高支払いを受けるときのVATなどの税金の免除が一般的であるところ(Tax Exemption)、これは、国際的な融資を受けたプロジェクトから税金を取らないということではなく、国の機関であるEmployerが、本来Contractorが支払うべき税金を肩代わりする形で、これを支払う義務を負うのである。資金提供者の立場からすれば、貸付をした相手である国の機関(=Employer)が、税金という名目で貸付金の一部を懐に入れるのを阻むべく、こうした義務を課すものと考えられる。したがって、Employerはプロジェクトの開始に間に合うよう、かかる税金相当分の予算措置を講じておく必要がある。ただし、実際には、大規模プロジェクトに不慣れなEmployerが関税を支払い損ねたために資機材の船下ろしができず、やむなくContractorが立替払いをするといったケースも散見される。

 上記のような役割に加えて、Employerは、Engineerを任命しなければならない(3.1項)。要するに、プロジェクトを管理するための様々な作業を行い、工事を「回す」者を確保しなければならないということである。Engineerについての詳細は、次回解説する。

 また、Employerは、その従業員やEngineer等(および、複数のContractorを雇っている場合は、他のContractor)が、Siteまたはその近隣において、Contractorのプロジェクトへの取組みに協力することを確保する必要がある(2.3項)。

 以上は、Red Bookの定めであるが、Yellow BookおよびSilver Bookでも、上記各点については、Employerの役割として基本的に同様に規定されている。ただし、Silver Bookでは、Engineerが選任されず、代わりに、Employerを代理ないし代表する権限を持つ法人または自然人であるEmployer’s Representativeが選任される。

 

3 Contractorの役割

 一方、Contractorは、Siteにおいて工事等を行うわけだが、これを遂行するために、多くの付随的な役割を担っている。まず、Contractorは、工事等を適切に、安定的に、かつ安全に遂行しなければならない(4.1項)。さらに各論的には、たとえば、健康と安全に関する法令の遵守等(4.8項)、リスクに関するデータ分析(4.10項)、環境保全(4.18項)、不審者の排除、その他Siteの安全確保(4.21項)も、Contractorの役割として定められている。工事等に伴って施工者が行う必要のある官公庁への申告、税金および諸経費の支払等も、Contractorの役割である(1.13 (b) 項)。

 また、建設機材の手配、資材の調達、コンピュータプログラムの用意も、Contractorの役割であることが、明記されている(4.1項)。

 Contractorには、月次の進捗報告義務も課されている(4.20項)。

 加えて、Contractorは、Contractor’s Representativeを選任し、これをSiteに常駐させなければならない(4.3項)。Contractor’s Representativeとは、Contractorを代理ないし代表する権限を持つ自然人である(1.1.18項)。Contractorとしても、EmployerないしEngineerとの工事に関するやり取りを適時に行える体制を確保しなければならないということである。

 さらには、工事等の適切な履行を担保する手段の提供も、Contractorの役割である。このために、Contractorは、Performance Securityを調達し、これが完工まで有効に存続することを確保する必要がある(4.2項)。

 なお、4.6項においては、上記の2.3項におけるEmployerの協力義務に対応する形で、Contractorの協力義務も定められている。

 以上は、Red Bookの定めであるが、Yellow BookおよびSilver Bookでも、上記各点については、Contractorの役割として基本的に同様に規定されている。ただし、Silver Bookでは、Contractorの役割がより増している側面があり、Employerから提供されたデータであっても、その正確性をContractorが確認しなければならない(Silver Book 4.10項)。一方、Employerの方は、提供するデータの正確性、十分性および網羅性について一切責任を負わないと定められている(Silver Book 2.5項)。

 

4 その他の関係者

 次回以降は、契約当事者以外の主要な登場人物である、EngineerとSubcontractorについて解説する。

 FIDICは、紛争の予防および解決との関係で、Dispute Avoidance/Adjudication Boardについても規定しているが、これについては紛争の予防および解決の章で解説する。

 

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