◇SH3713◇最一小判 令和3年3月18日 要指導医薬品指定差止請求事件(小池裕裁判長)

未分類

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律36条の6第1項及び3項と憲法22条1項

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律36条の6第1項及び3項は、憲法22条1項に違反しない。

 憲法22条1項、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律36条の6第1項、3項

 令和元年(行ツ)第179号 最高裁令和3年3月18日第一小法廷判決 要指導医薬品指定差止請求事件 棄却 民集登載予定

 原 審:平成29年(行コ)第254号 東京高裁平成31年2月6日判決
 第1審:平成26年(行ウ)第29号 東京地裁平成29年7月18日判決

1 事案の概要等

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(平成25年法律第84号による改正前の題名は薬事法。以下「法」という。)36条の6第1項及び3項(以下、これらの規定を併せて「本件各規定」という。)は、薬局開設者又は店舗販売業者(以下「店舗販売業者等」という。)において、要指導医薬品(法4条5項3号)の販売又は授与をする場合には、薬剤師に対面による情報の提供及び薬学的知見に基づく指導を行わせなければならず、これができないときは要指導医薬品の販売又は授与をしてはならない旨を定めている。

 本件は、店舗以外の場所にいる者に対する郵便その他の方法による医薬品の販売をインターネットを通じて行う会社が、本件各規定は憲法22条1項に違反するなどと主張して、国を相手に、要指導医薬品として指定された製剤の一部につき、上記方法による医薬品の販売をすることができる権利ないし地位を有することの確認等を求めた事案である。上告人は、原判決言渡し後、上記会社を吸収合併し、その権利義務を承継した。

 第1審及び原審は、いずれも本件各規定が憲法22条1項に違反しないとしたところ、最高裁第一小法廷も、判決要旨のとおり本件各規定は憲法22条1項に違反しないと判断して、上告を棄却した。第1審以来、上告人側から、本件各規定の憲法22条1項適合性の判断においては、最大判昭和50・4・30民集29巻4号572頁〔薬事法距離制限事件判決〕等の判例におけるいわゆる厳格な合理性の基準によるべきと主張されてきたものであるが、第1審及び原審と同様に、第一小法廷もこの主張を採用しなかった。

 

2 本件に至る経緯

 ⑴ 薬事法は、従前、医薬品について、店舗以外の場所にいる者に対する郵便その他の方法による販売又は授与を禁止する法的規制をしていなかったが、平成18年の改正により、一般用医薬品(医薬品のうち、その効能及び効果において人体に対する作用が著しくないものであって、薬剤師その他の医薬関係者から提供される情報に基づく需要者の選択により使用されることが目的とされているもの)をリスクに応じて3つに区分することとし、第一類医薬品については、その販売等に際し、薬剤師をして、その適正な使用のために必要な情報を提供させなければならず、第二類医薬品については、その販売等に際し、薬剤師又は登録販売者をして、その適正な使用のために必要な情報を提供させるよう努めなければならない旨の規定が設けられた。これを受け、薬事法施行規則は、上記医薬品につき、薬剤師等に、対面で販売等をしなければならない旨の規定を設け、もって郵便等販売が禁止された。

 しかし、最高裁第二小法廷は、上記薬事法施行規則の規定が、一般用医薬品のうち第一類医薬品及び第二類医薬品につき、店舗販売業者による店舗以外の場所にいる者に対する郵便その他の方法による販売又は授与を一律に禁止することとなる限度において、薬事法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効である旨判断した(最二小判平成25・1・11民集67巻1号1頁)。

 ⑵ これを受け、薬事法が改正され、従前の一般用医薬品が、一般用医薬品と要指導医薬品に区分された。このうち、法4条5項3号イからニまでに掲げる医薬品で、その適正な使用のために薬剤師の対面による情報の提供及び薬学的知見に基づく指導が行われることが必要なものとして、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定する要指導医薬品については、その販売又は授与をするに際し、薬剤師に対面による情報の提供及び薬学的知見に基づく指導を行わせなければならず、これができないときは販売又は授与をしてはならない旨の本件各規定が法律の規定として設けられた。

 前掲最二小判平成25年1月11日においては、省令の規定が法律の委任の範囲内であるか否かが問題となったのに対し、本件においては、上記の薬事法の改正により設けられた法律の規定である本件各規定が違憲無効であるか否かが問題となっており、憲法22条1項との関係が主要な争点となった。

 

3 本判決の概要

 第一小法廷は、薬局等の適正配置規制に関する当時の薬事法6条2項、4項が憲法22条1項に違反する旨の判断をした薬事法距離制限事件判決を参照した上、本件各規定による規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度に照らすと、本件各規定による規制に必要性と合理性があるとした判断が、立法府の合理的裁量の範囲を超えるものであるということはできないとし、判決要旨のとおり、本件各規定が憲法22条1項に違反するものということはできないと判断した。

 

4 説明

 ⑴ ア 憲法22条1項による職業選択の自由の保障は、広く一般に、いわゆる営業の自由を保障する趣旨を包含するものであり(最大判昭和47・11・22刑集26巻9号586頁〔小売市場事件判決〕)、また、狭義の職業選択の自由(職業の開始・継続・廃止の自由)だけでなく、職業活動の自由(選択した職業活動の内容、態様の自由)も含む(薬事法距離制限事件判決)。

 経済的自由の制約を伴う規制立法の憲法適合性に関し、薬事法距離制限事件判決は、「これらの規制措置が憲法二二条一項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。この場合、右のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべきものである。しかし、右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであつて、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきものといわなければならない。」と判示している。これは、利益較量論を基礎とした上で、上記の諸事情を比較考量して立法府の判断がその合理的裁量の範囲内にあるか否かを判断する枠組みを採用しているということができ、このような判断枠組みは、その後の経済的自由規制立法の合憲性審査においても踏襲されている(最大判昭和62・4・22民集41巻3号408頁〔森林法分割制限事件判決〕、最大判平成14・2・13民集56巻2号331頁〔旧証券取引法164条事件判決〕等)。

 イ 薬事法距離制限事件判決は、上記部分に続けて、「一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな職業活動の内容及び態様に対する規制によつては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するもの、というべきである。」と判示している。学説においては、伝統的に、これは消極目的規制についての厳格な合理性の基準を示したものであり、小売市場事件判決が、積極目的規制については明白の原則によることを示したものであるという理解と併せて、いわゆる規制目的二分論によるものであると理解されてきた(芦部信喜『憲法〔第7版〕』(岩波書店、2019)235頁)。

 しかしながら、薬事法距離制限事件判決の上記説示は、許可制についての説示であり、特に許可制の下におけるいわゆる消極目的規制である場合には、他の規制措置では目的を達成することができないものであることを要するとしたものであって、消極目的規制であることのみをもって、上記の厳格な合理性の基準により合憲性を判断すべきとするものではない。上記説示は、職業選択の自由そのものに制約を課すものである許可制が採用され、これが消極的、警察的措置である場合には、立法府の合理的裁量の範囲が狭くなることをいうものであり、許可制のような職業選択の自由そのものに制約を課すものではなく、職業活動の自由に一定の制約を課すにとどまる場合には、これが消極的、警察的措置であったとしても、直ちに立法府の裁量の幅が狭くなるものではないと考えられる。

 ウ 本判決も、薬事法距離制限事件判決における判断枠組みに従い判断したものと考えられる。本件における立法府の裁量の幅については、本件各規定による規制は、消極的、警察的措置と評価し得るものであることを前提としつつも、職業活動の自由に一定の制約を課すにとどまるものであることから、直ちに狭くなるものではないと解しているものと考えられる。

 ⑵ 本件各規定による規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度について、本判決は、概要、以下のとおり判断し、これらに照らすと、本件各規定による規制に必要性と合理性があるとした判断が、立法府の合理的裁量の範囲を超えるものであるということはできないとし、本件各規定が憲法22条1項に違反しないとした。そして、本判決は、以上は、小売市場事件判決の趣旨に徴して明らかであるとしているところ、これは、小法廷が大法廷判決に徴して合憲である旨を判断するに当たっては、合憲判決を徴すべきものという立場から、憲法22条1項の補償する範囲を明らかにした小売市場事件判決を徴したものと解される。

 本件各規定による規制の目的は、需要者の選択により使用される医薬品としての安全性の評価が確定していない要指導医薬品について、その不適正な使用による国民の生命、健康に対する侵害を防止すること等にあり、公共の福祉に合致することが明らかである。

 そして、上記の目的を達成するため、要指導医薬品の販売等をする際に、薬剤師が適切な指導と指導内容の理解の確実な確認を行う必要があるとすることには相応の合理性がある。また、対面による情報提供及び指導により、理解を確実に確認することが可能となる一方で、それ以外の方法による場合には、直接の対面に劣るという評価が不合理であるとはいえない。

 需要者の選択により使用される医薬品全体に占める要指導医薬品の市場規模は1%に満たない僅かな程度にとどまり、その規制の期間も限定されていることに照らすと、この規制は、職業活動の内容及び態様に対する規制にとどまり、その制限の程度が大きいともいえない。

 ⑶ 以上のとおり、本判決は、本件各規定による規制に必要性と合理性があるとした判断が、立法府の合理的裁量の範囲を超えるか否かという観点から判断したものである。また、本判決は、その合憲性を肯定し得るためには、より緩やかな規制によっては規制の目的を十分に達成することができないと認められることを要するものという基準によって判断したものではないから、要指導医薬品について、その不適正な使用による国民の生命、健康に対する侵害を防止するという目的が、対面以外のより緩やかな方法では十分に達成することができないとしたものでもない。

 法においては、医療用医薬品(医師若しくは歯科医師によって使用され又はこれらの者の処方箋若しくは指示によって使用されることを目的として供給されるもの)に分類される医師又は歯科医師から交付された処方箋により調剤された薬剤について、薬局開設者による販売等の際の必要な情報の提供及び必要な薬学的知見に基づく指導につき、従前は薬剤師が対面によりしなければならなかったのが、一定の範囲でテレビ電話等によることができるという改正がされた(令和元年法律第63号による改正。同改正後の法9条の3、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律施行規則15条の13第2項)。

 上記の本判決の判断枠組みからすると、上記の法改正により、本件で問題となった要指導医薬品ではなく、医療用医薬品に分類される医薬品について対面以外による販売が一定の範囲でできることとなったことが、本件各規定による規制の合憲性に影響を与えるものではないと考えられる。

 

5

 本判決は、前掲最二小判平成25年1月11日により、省令の規定が法律の委任の範囲を逸脱したものとされたことを受けてされた法改正により設けられた本件各規定について、憲法22条1項に違反しないとした。また、本判決は、職業の自由に対する規制措置の憲法22条1項適合性について、これまでの最高裁判例で示された判断枠組みに従いつつ、積極目的規制の場合や、許可制のような狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課する規制が消極目的でされた場合とは異なり、許可制ではない消極目的規制の場合に関し、判断をしたものである。

 このように、本判決は、医薬品の対面販売に関する一連の紛争に決着を付けたという点と、職業の自由に対する規制措置の憲法22条1号適合性について、許可制ではない消極目的規制の場合の判断枠組みを明らかにした点において、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると考えられる。

 

 

タイトルとURLをコピーしました