SH3736 法務省、「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する追加試案」に関する意見募集 日下部真治(2021/08/31)

取引法務企業紛争・民事手続

法務省、「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する追加試案」に
関する意見募集

アンダーソン・毛利・友常法律事務所

弁護士 日下部 真 治

 

1 はじめに

 法制審議会は、2020年2月に、民事訴訟法(IT化関係)部会(以下「IT化部会」という。)を設置し、以降、民事訴訟のIT化に必要な制度の見直しが審議されている。2021年2月26日には、IT化部会での審議を踏まえた「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」(以下「中間試案」という。)が公表されている。中間試案は、民事訴訟のIT化のために必要と考えられる民事訴訟法(以下、単に「法」ということがある。)の改正項目を概ね網羅したものとなっていた。

 その後、IT化部会での更なる審議を踏まえ、2021年8月10日に、民事訴訟において被害者の氏名等を相手方に秘匿する制度(以下「被害者情報秘匿制度」という。)についての「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する追加試案」(以下「追加試案」という。)が公表され、同年10月5日までの期間、パブリック・コメントの手続に付されることとなった。追加試案は、中間試案の中で注として示されていた諸事項のうち、「第12 訴訟記録の閲覧等」の末尾の(注2)で言及されていた考え方を特に採り上げ、具体化した案である。

 

(注2)法第92条の規律に加えて、例えば、犯罪やDVの被害者の住所等が記載された部分については相手方当事者であっても閲覧等をすることができないようにする規律を設けるものとする考え方がある。【中間試案24頁からの引用】

 

 なお、現在、法制審議会刑事法(犯罪被害者氏名等の情報保護関係)部会において、犯罪被害者の氏名等の情報を保護する観点から、被告人に被害者等の氏名・住所等の記載がない起訴状を送達することが検討されている。民事訴訟における被害者情報秘匿制度は犯罪の被害者のみを保護対象とするものではないが、法改正のスケジュールを含めて、同様の問題意識に基づく刑事法の改正に影響を受ける可能性がある。

 

2 被害者情報秘匿制度の趣旨および内容

 ⑴ 趣旨

 犯罪やDVの被害者は、加害者を被告として損害賠償請求等の訴えを提起することで、司法的救済を求め得る立場にある。しかし、たとえば、性犯罪の加害者に氏名や住所が知られていない被害者や、DVの加害者である配偶者から逃れて住所を知られないように別居している被害者の場合、当事者の特定(法133条2項1号)のために自らの氏名や住所を記載した訴状が被告である加害者に送達されると、被害者の氏名や住所を知った加害者から二次的被害を受ける可能性がある。そのため、そうした被害者は二次的被害を恐れて訴え提起を断念せざるを得ないことがあるが、これは、被害者が司法的救済を受けること自体を不可能にする点で、憲法上の要請である国民の裁判を受ける権利の保障にかかわる問題である。

 また、上記とは逆に、たとえば、DVの加害者が、住所の知れなくなった配偶者を被告として、最寄りの裁判所において訴えを提起する場合がある。その場合、実状を知らない裁判所が、訴状を被告に送達するため、民事訴訟法上の制度である調査嘱託(法186条)により、被告の旧住所の市区町村等に住民票等に記録された被告の新住所の情報の開示を求め、その回答書が訴訟記録に編綴されると、原告が訴訟記録を閲覧することで、被告の新住所が原告に知れてしまうこととなる。これは、被害者の裁判を受ける権利の保障にかかわる問題ではないが、民事訴訟制度が被害者に二次的被害をもたらす手段として利用されるという点で、重大な問題である。

 現行の民事訴訟法は、上記のような問題に特に対処するための規定を設けていない。そのため、実務上は、被害者が原告として提出する訴状においては、旧住所や訴訟代理人の事務所の住所の記載をもって原告の住所の記載として済ませたり、被害者である被告の新住所の情報が記載されている調査嘱託に対する回答書が訴訟記録に編綴されても、その回答書についての原告からの閲覧請求を裁判所書記官が信義則(法2条)等の一般原則に依拠して拒んだりするといった運用により対処しているといわれる。しかし、このような運用による対処は、被害者保護としては安定しているとはいい難く、また、特に訴状に記載されるべき(被害者である)原告の氏名については、住所についてみられるような運用による対処が困難である。

 被害者情報秘匿制度は、上記のような問題を法制的に解決することを趣旨とする。

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(くさかべ・しんじ)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業パートナー。1993年東京大学法学部卒業。1995年弁護士登録(第二東京弁護士会)。1999年米国ニューヨーク大学ロースクール(LLM)修了。2000年ニューヨーク州弁護士登録。2010年から2013年まで最高裁判所司法研修所民事弁護教官。2017年から2018年まで第二東京弁護士会副会長。2017年から2018年まで内閣官房「裁判手続等のIT化検討会」委員。2018年から2019年まで商事法務研究会「民事裁判手続等IT化研究会」委員。2018年から司法試験及び司法試験予備試験考査委員(民事訴訟法担当)。2019年から2021年まで日本弁護士連合会「民事裁判手続に関する委員会」委員長。2020年から2021年まで日本弁護士連合会常務理事。2020年から法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会委員。

アンダーソン・毛利・友常法律事務所 https://www.amt-law.com/

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アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、日本における本格的国際法律事務所の草分け的存在からスタートして現在に至る、総合法律事務所である。コーポレート・M&A、ファイナンス、キャピタル・マーケッツ、知的財産、労働、紛争解決、事業再生等、企業活動に関連するあらゆる分野に関して、豊富な実績を有する数多くの専門家を擁している。国内では東京、大阪、名古屋に拠点を有し、海外では北京、上海、香港、シンガポール、ホーチミン、バンコク、ジャカルタ等のアジア諸国に拠点を有する。

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