あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律19条1項と憲法22条1項
あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律19条1項は、憲法22条1項に違反しない。
(意見がある。)
憲法22条1項、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律1条、2条1項、3項、19条1項
令和3年(行ツ)第73号 最高裁令和4年2月7日第二小法廷判決
非認定処分取消請求事件 上告棄却(裁判所ウェブサイト(民集76巻2号登載予定))
原 審:令和2年(行コ)第30号 東京高裁令和2年12月8日判決(裁判所ウェブサイト)
第1審:平成28年(行ウ)第316号 東京地裁令和元年12月16日判決(判時2458号18頁)
1 事案の概要
本件は、専門学校を設置するXが、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(昭和22年法律第217号。以下「法」という。)に基づき、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設で視覚障害者(法18条の2第1項に規定する視覚障害者をいう。以下同じ。)以外の者を養成するものについての法2条1項の認定を申請したところ、厚生労働大臣から、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があるとして、平成28年2月5日付けで、法19条1項の規定(以下「本件規定」という。)により上記認定をしない処分(以下「本件処分」という。)を受けたため、本件規定は憲法22条1項等に違反して無効であると主張して、Y(国)を相手に、本件処分の取消しを求めた事案である。
2 法の定め等
⑴ 法1条は、医師以外の者で、あん摩、マッサージ若しくは指圧、はり又はきゅうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マッサージ指圧師免許、はり師免許又はきゅう師免許を受けなければならないと規定する。
⑵ 法2条1項は、上記各免許は、文部科学大臣の認定した学校又は厚生労働大臣等の認定した養成施設において知識及び技能を修得した者であって、国家試験に合格した者に対して与える旨規定し、同項1号において、同号所定のあん摩マッサージ指圧師に係る養成施設の認定は厚生労働大臣が行う旨規定する。また、同条3項は、同条1項の学校又は養成施設の設置者は、生徒の定員等を変更しようとするときは、あらかじめ、文部科学大臣、厚生労働大臣等の承認を受けなければならない旨規定する。
⑶ 本件規定は、「当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、あん摩マツサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マツサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての第二条第一項の認定又はその生徒の定員の増加についての同条第三項の承認をしないことができる。」と規定する。また、法19条2項は、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、本件規定により認定又は承認をしない処分をしようとするときは、あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならないと規定している。
本件規定は、昭和39年法律第120号による法の改正により、法の附則中の規定として設けられたものである。その法律案の審議においては、本件規定の趣旨について、あん摩業は、視覚障害がある者にとって古来最も適当な職業とされてきたところ、それ以外の者のためにその職域を圧迫される傾向が著しい状況にあることから、あん摩マッサージ指圧師について視覚障害がある者を優先する措置を講ずるものである旨の説明がされた。本件規定の内容について、現在まで実質的な改正はされていない。
3 訴訟の経過等
本件規定は、法の下での学校及び養成施設(以下、学校及び養成施設を併せて「養成施設等」という。)の位置付けに照らせば、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設等で視覚障害者以外の者を対象とするものの設置及びその生徒の定員の増加について、許可制の性質を有する規制を定め、直接的には、上記養成施設等の設置者の職業の自由を、間接的には、上記養成施設等において教育又は養成を受けることにより、免許を受けてあん摩、マッサージ又は指圧を業としようとする視覚障害者以外の者の職業の自由を、それぞれ制限するものといえる。
そのため、本件訴訟においては、本件規定の憲法22条1項適合性が主たる争点となったところ、1審及び原審は、いずれも、本件規定は同項に違反するものではなく、本件処分は適法であるとして、Xの請求を棄却すべきものとした。これに対し、Xが違憲を理由に上告をしたところ、最高裁第二小法廷は、判決要旨のとおり、本件規定は同項に違反しない旨の判断を示して、上告を棄却する判決をした。
なお、X及びその関連法人は、本件とは別の養成施設等についてされた本件規定による非認定処分につき、①大阪地裁及び②仙台地裁に対し、本件と同じ争点の取消訴訟を提起したが、その1審(①大阪地判令2・2・25・判時2458号39頁、②仙台地判令2・6・8・刊行物未登載)及び原審(①大阪高判令3・7・9・判タ1494号58頁、②仙台高判令2・12・14・裁判所ウェブサイト)は、いずれも、本件規定は憲法22条1項に違反しないとして、請求を棄却すべきものとした。最高裁第二小法廷は、両事件についても、本判決と同日に、本判決を引用し、本件規定は同項に違反しないとして、上告を棄却する各判決をした(①令和3年(行ツ)第242号、②令和3年(行ツ)第63号)。
4 説明
⑴ 判断枠組みについて
- ア 憲法22条1項は、何人も、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有すると規定するところ、判例は、同項につき、狭義における職業選択の自由のみならず、営業の自由ないし職業活動の自由の保障をも包含するものと解している(最大判昭47・11・22・刑集26巻9号586頁〔小売市場事件判決〕、最大判昭50・4・30・民集29巻4号572頁〔薬事法事件判決〕等)。
- イ こうした職業の自由に対する規制措置の憲法22条1項適合性について、薬事法事件判決は、「これらの規制措置が憲法22条1項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。この場合、右のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべきものである。しかし、右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであつて、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきものといわなければならない。」と判示している。これは、①憲法22条1項適合性は諸事情を比較考量して決定されるとする利益衡量論を基礎とした上で、②裁判所は、その比較考量に係る立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるか否かを判断するものとし、③その合理的裁量の範囲の広狭については、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして決するとの枠組みを示したものであり、このような判断枠組みは、その後の最高裁判決においても広く踏襲されている(最三小判平4・12・15・民集46巻9号2829頁〔酒税法事件判決〕、最一小判令3・3・18・民集75巻3号552頁〔医薬品医療機器等法事件判決〕等)。本判決も、薬事法事件判決を参照の対象としていることから明らかなとおり、この判断枠組みによっている。
- ウ 本件規定は、許可制の性質を有する規制を定めるものといえるところ(前記3)、一般に許可制は、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものとするのが判例である(薬事法事件判決、酒税法事件判決)。これは、主として上記①の比較考量に係る準則といえ、裁判所の合憲性審査においては、上記②のとおり、その比較考量に係る立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるか否かを判断すべきものと解される。
- エ そして、本判決は、立法府の合理的裁量の範囲の広狭(上記③)につき、本件規定は、障害のために従事し得る職業が限られるなどして経済的弱者の立場にある視覚障害がある者を保護するという目的のため、あん摩マッサージ指圧師について、視覚障害者の職域を確保するための規制を行うものといえるとした上、このような規制措置については、対象となる社会経済等の実態についての正確な基礎資料を収集した上、多方面にわたりかつ相互に関連する諸条件について、将来予測を含む専門的、技術的な評価を加え、これに基づき、社会福祉、社会経済、国家財政等の国政全般からの総合的な政策判断を行うことを必要とするから、その必要性及び合理性については、立法府の政策的、技術的な判断に委ねるべきものであり、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重すべきものと解されるとした。これは、本件規定による具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らし、立法府の裁量の範囲が広いと解したものと考えられる。
- オ 以上を踏まえて、本判決は、「本件規定については、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白な場合でない限り、憲法22条1項の規定に違反するものということはできない」との判断基準を示した。
なお、職業の自由に対する規制の合憲性審査については、学説上、判例はいわゆる規制目的2分論(積極目的規制については広い立法裁量を前提に明白の原則により緩やかな審査を行い、消極目的規制については厳格な合理性の基準等により厳格に審査するという考え方)を採るものとする理解がある。本判決は、上記エのとおり、本件規定による具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、立法府の裁量の範囲の広狭を検討した結果として、小売市場事件判決と同様の「著しく不合理であることが明白」との判断基準を導いたものであり、少なくとも、積極目的規制であるから直ちに緩やかな審査を行うというような、単純な2分論に立つものではないと解される。
⑵ 当てはめについて
- ア 本判決は、上記判断基準の下、本件規定の憲法22条1項適合性について、概要次のとおり判示して、本件規定が同項に違反するものということはできないと判断した。
- (ア)視覚障害がある者にとって、あん摩マッサージ指圧師は、本件規定の施行以前から、その障害にも適する職種とされてきたところ、本件処分当時においても、相当程度の割合の者が就き、その障害の程度が重くても就業機会を得ることができる、主要な職種の一つであるといえる。加えて、視覚障害がある者にその障害にも適する職業に就く機会を保障することは、その自立及び社会経済活動への参加を促進するという積極的意義を有するといえること等も考慮すれば、視覚障害がある者の保護という重要な公共の利益のため、視覚障害者の職域を確保すべく、視覚障害者以外のあん摩マッサージ指圧師の増加を抑制する必要があるとすることをもって、不合理であるということはできない。
- (イ)本件規定は、上記の抑制のための手段として相応の合理性を有する上、養成施設等の設置又はその生徒の定員の増加を全面的に禁止するものではないこと、あん摩、マッサージ又は指圧を業としようとする視覚障害者以外の者は既存の養成施設等において教育又は養成を受ければ免許を受けられること等からすると、本件規定による職業の自由に対する制限の程度は、限定的なものにとどまる。
- (ウ)以上によれば、本件規定について、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるということはできない。
したがって、本件規定が憲法22条1項に違反するものということはできない。
- イ 本件は本件処分の取消訴訟であり、本件処分の適法性が判断の対象であるから、問題となるのは、本件処分の根拠である本件規定が本件処分時において有効であったかどうかである。したがって、本判決における憲法適合性の判断は、本件処分時を基準とするものであり、このことは、本判決が「本件処分当時」の事情を特に検討の対象としていることにも現れている。
本判決は、本件規定による規制につき、立法府の合理的裁量の範囲を広く認め、著しく不合理であることが明白な場合でない限り違憲とはいえないという緩やかな判断基準を採用しながら、本件規定に係る立法事実(立法の必要性、合理性を支える社会的、経済的な事実)につき、ある程度具体的な検討を加えている。これは、原審において、立法事実に当たる事実が具体的かつ詳細に認定されていたことに加えて、本件規定は、「当分の間」の措置を講ずる規定であり、将来的な改廃が予定されていたものと解されるところ、その制定から本件処分時までに既に50年以上が経過しているため、その制定時の事情を基礎とする理念的な説明のみでは、本件処分時において上記判断基準を満たすと直ちに判断することはできず、その制定後に生じた事情の変化の有無、程度等も考慮に入れて、本件処分時においてもなお規制を維持する必要性及び合理性があるかという観点からの検討をする必要があったことによるものと考えられる。
⑶ 本判決は、以上の判断につき、小売市場事件判決の趣旨に徴して明らかであるとしている。これは、小法廷が大法廷判決に徴して合憲である旨を判断するに当たっては、合憲判決を徴すべきものという立場(裁判所法10条1号括弧書き参照)から、憲法22条1項の保障する範囲及びこれに対する規制措置の合憲性について判断した小売市場事件判決の趣旨を徴したものと解される(薬事法事件判決は違憲判決である。)。同様の例として、医薬品医療機器等法事件判決がある。
⑷ 本判決には、草野耕一裁判官の意見が付されている。同意見は、多数意見とは結論に至る理由を異にし、本件規定の憲法22条1項適合性につき、「総合施術業」(あん摩、マッサージ又は指圧の施術とはり又はきゅうの施術とを併用して行う施術業)の需要者の利益の減少等も考慮に入れて検討すべきであること等を指摘するものである。
5 本判決の意義
本判決は、最高裁において、職業の自由に対する規制措置の憲法22条1項適合性に係る従前の判例の判断枠組みを踏襲しつつ、障害者保護のための規制措置の同項適合性について初めて判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと考えられる。