◇SH3770◇最一小判 令和3年5月17日 各損害賠償請求事件(深山卓也裁判長)

未分類

  1. 1  労働大臣が建設現場における石綿関連疾患の発生防止のために労働安全衛生法に基づく規制権限を行使しなかったことが屋内の建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において国家賠償法1条1項の適用上違法であるとされた事例
  2. 2  労働大臣が建設現場における石綿関連疾患の発生防止のために労働安全衛生法に基づく規制権限を行使しなかったことが屋内の建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した者のうち労働者に該当しない者との関係において国家賠償法1条1項の適用上違法であるとされた事例
  3. 3  被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在しないことは、民法719条1項後段の適用の要件か
  4. 4  石綿含有建材を製造販売した建材メーカーらが、中皮腫にり患した大工らに対し、民法719条1項後段の類推適用により、上記大工らの各損害の3分の1について連帯して損害賠償責任を負うとされた事例
  5. 5  石綿含有建材を製造販売した建材メーカーらが、石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らに対し、民法719条1項後段の類推適用により、上記大工らの各損害の3分の1について連帯して損害賠償責任を負うとされた事例

  1. 1  屋根を有し周囲の半分以上が外壁に囲まれ屋内作業場と評価し得る建設現場の内部における建設作業(石綿吹付け作業を除く。)に従事する者が石綿粉じんにばく露したことにより石綿肺、肺がん、中皮腫等の石綿関連疾患にり患した場合において、次の ⑴ ~ ⑷ など判示の事情の下では、石綿に係る規制を強化する昭和50年の改正後の特定化学物質等障害予防規則が一部を除き施行された同年10月1日以降、労働大臣が、労働安全衛生法に基づく規制権限を行使して、通達を発出するなどして、石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として、石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督をせず、また、同法に基づく省令制定権限を行使して、事業者に対し、上記の屋内作業場と評価し得る建設現場の内部において上記各作業に労働者を従事させる場合に呼吸用保護具を使用させることを義務付けなかったことは、上記の建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法である。
    1. ⑴ 昭和50年当時、建設現場は石綿粉じんにばく露する危険性の高い作業環境にあったところ、国による石綿粉じん対策は不十分なものであり、建設作業従事者に石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていた。
    2. ⑵ 昭和33年には、石綿肺に関する医学的知見が確立し、昭和47年には、石綿粉じんにばく露することと肺がん及び中皮腫の発症との関連性並びに肺がん及び中皮腫が潜伏期間の長い遅発性の疾患であることが明らかとなっていた。
    3. ⑶ 国は、昭和48年には、石綿のがん原性が明らかとなったことに伴い、石綿粉じんに対する規制を強化する必要があると認識し、昭和50年には、石綿含有建材を取り扱う建設作業従事者について、石綿関連疾患にり患することを防止する必要があると認識していた。
    4. ⑷ 国は、昭和48年頃には、建設作業従事者が、当時の通達の示す抑制濃度を超える石綿粉じんにさらされている可能性があることを認識することができたのであり、建設現場における石綿粉じん濃度の測定等の調査を行えば、石綿吹付け作業に従事する者以外の上記の屋内作業場と評価し得る建設現場の内部における建設作業従事者にも、石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていることを把握することができた。
  2. 2  屋根を有し周囲の半分以上が外壁に囲まれ屋内作業場と評価し得る建設現場の内部における建設作業(石綿吹付け作業を除く。)に従事する者が石綿粉じんにばく露したことにより石綿肺、肺がん、中皮腫等の石綿関連疾患にり患した場合において、次の ⑴ ~ ⑷ など判示の事情の下では、石綿に係る規制を強化する昭和50年の改正後の特定化学物質等障害予防規則が一部を除き施行された同年10月1日以降、労働大臣が、労働安全衛生法に基づく規制権限を行使して、通達を発出するなどして、石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として、石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督をしなかったことは、上記の建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した者のうち同法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係においても、国家賠償法1条1項の適用上違法である。
    1. ⑴ 昭和50年当時、建設現場は石綿粉じんにばく露する危険性の高い作業環境にあったところ、国による石綿粉じん対策は不十分なものであり、建設作業従事者に石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていた。
    2. ⑵ 昭和33年には、石綿肺に関する医学的知見が確立し、昭和47年には、石綿粉じんにばく露することと肺がん及び中皮腫の発症との関連性並びに肺がん及び中皮腫が潜伏期間の長い遅発性の疾患であることが明らかとなっていた。
    3. ⑶ 国は、昭和48年には、石綿のがん原性が明らかとなったことに伴い、石綿粉じんに対する規制を強化する必要があると認識し、昭和50年には、石綿含有建材を取り扱う建設作業従事者について、石綿関連疾患にり患することを防止する必要があると認識していた。
    4. ⑷ 国は、昭和48年頃には、建設作業従事者が、当時の通達の示す抑制濃度を超える石綿粉じんにさらされている可能性があることを認識することができたのであり、建設現場における石綿粉じん濃度の測定等の調査を行えば、石綿吹付け作業に従事する者以外の上記の屋内作業場と評価し得る建設現場の内部における建設作業従事者にも、石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていることを把握することができた。
  3. 3  被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在しないことは、民法719条1項後段の適用の要件である。
  4. 4  Y₁、Y₂及びY₃を含む多数の建材メーカーが、石綿含有建材を製造販売する際に、当該建材が石綿を含有しており、当該建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること等を当該建材に表示する義務を負っていたにもかかわらず、その義務を履行しておらず、大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うことなどにより、累積的に石綿粉じんにばく露し、中皮腫にり患した場合において、次の ⑴ ~ ⑷ など判示の事情の下では、Y₁、Y₂及びY₃は、民法719条1項後段の類推適用により、上記大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負う。
    1. ⑴ 上記大工らは、建設現場において、石綿含有スレートボード・フレキシブル板、石綿含有スレートボード・平板及び石綿含有けい酸カルシウム板第1種という種類の石綿含有建材を直接取り扱っていた。
    2. ⑵ 上記の各種類の石綿含有建材のうち、Y₁、Y₂及びY₃が製造販売したものが、上記大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていた。
    3. ⑶ 上記大工らが、上記の各種類の石綿含有建材を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体のうち3分の1程度であった。
    4. ⑷ 上記大工らの中皮腫の発症について、Y₁、Y₂及びY₃が個別にどの程度の影響を与えたのかは明らかでない。
  5. 5  Y₁、Y₂及びY₃を含む多数の建材メーカーが、石綿含有建材を製造販売する際に、当該建材が石綿を含有しており、当該建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること等を当該建材に表示する義務を負っていたにもかかわらず、その義務を履行しておらず、大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うことなどにより、累積的に石綿粉じんにばく露し、石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した場合において、次の ⑴ ~ ⑷ など判示の事情の下では、Y₁、Y₂及びY₃は、民法719条1項後段の類推適用により、上記大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負う。
    1. ⑴ 上記大工らは、建設現場において、石綿含有スレートボード・フレキシブル板、石綿含有スレートボード・平板及び石綿含有けい酸カルシウム板第1種という種類の石綿含有建材を直接取り扱っていた。
    2. ⑵ 上記の各種類の石綿含有建材のうち、Y₁、Y₂及びY₃が製造販売したものが、上記大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていた。
    3. ⑶ 上記大工らが、上記の各種類の石綿含有建材を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体のうち3分の1程度であった。
    4. ⑷ 上記大工らの石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚の発症について、Y₁、Y₂及びY₃が個別にどの程度の影響を与えたのかは明らかでない。

 (1、2につき)国家賠償法1条1項、労働安全衛生法22条、23条、27条、57条1項
 (3~5につき)民法719条1項後段

 平成30年(受)第1447号、第1448号、第1449号、第1451号、第1452号
 最高裁令和3年5月17日第一小法廷判決 各損害賠償請求事件
 一部破棄差戻し・一部破棄自判・一部棄却 民事判例集登載予定

 原 審:平成24年(ネ)第4631号 東京高裁平成29年10月27日判決
 原々審:平成20年(ワ)第2586号、平成22年(ワ)第2160号 横浜地裁平成24年5月25日判決

1 事案の概要等

 本件は、主に神奈川県内において建設作業に従事し、石綿(アスベスト)粉じんにばく露したことにより、石綿肺、肺がん、中皮腫等の石綿関連疾患にり患したと主張する者(以下「本件被災者ら」という。)又はその承継人である原告らが、被告国に対し、建設作業従事者が石綿含有建材から生ずる石綿粉じんにばく露することを防止するために被告国が労働安全衛生法(以下「安衛法」という。)に基づく規制権限を行使しなかったことが違法であるなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めるとともに、被告建材メーカーらに対し、被告建材メーカーらが石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造販売したことにより本件被災者らが上記疾患にり患したと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。本件は、各地で提訴されたいわゆる「建設アスベスト訴訟」と呼ばれる事件の一つであり、「神奈川訴訟」あるいは「神奈川訴訟第1陣」などと呼ばれることもある事件である。

 第一小法廷は、建設アスベスト訴訟について、令和3年5月17日、本判決を含めて4つの事件(神奈川1陣、東京1陣、京都1陣、大阪1陣)について判決を言い渡している。

 これらの4つの最高裁判決(以下「建設アスベスト一小4判決」という。)により、建設アスベスト訴訟の下級審判決において判断が分かれていた重要な論点について、判断の統一が図られたものである。そして、本判決は、建設アスベスト訴訟に共通する複数の重要論点について、判断を示したものである。

 

2 主な論点

 本判決で取り上げられた主な論点は、以下のとおりである。

⑴ 国に対する国家賠償請求について

 ア 労働者に対する責任

 屋内建設現場(屋根を有し周囲の半分以上が外壁に囲まれ屋内作業場と評価し得る建設現場の内部)における建設作業(石綿吹付け作業を除く。)に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において、国の規制権限の不行使は国家賠償法1条1項の適用上違法となるか。違法となるとして、その始期及び終期はいつか。

 イ 労働者以外の者に対する責任

 屋内建設現場における建設作業(石綿吹付け作業を除く。)に従事して石綿粉じんにばく露した者のうち安衛法2条2号において定義された労働者に該当しない者(いわゆる一人親方及び個人事業主等。以下「一人親方等」という。)との関係において、国の規制権限の不行使は国家賠償法1条1項の適用上違法となるか。

⑵ 建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求について

 ア 民法719条1項後段の要件

 被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害を惹起し得る行為をした者が存在しないことは、民法719条1項後段の適用の要件か否か

 イ 中皮腫にり患した大工らに対する建材メーカーの責任

 大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うなどして、累積的に石綿粉じんにばく露し、中皮腫にり患した場合に、大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたことが認められる石綿含有建材を製造販売した建材メーカーがどのような責任を負うか。

 ウ 石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らに対する建材メーカーの責任

 大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うなどして、累積的に石綿粉じんにばく露し、石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した場合に、大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたことが認められる石綿含有建材を製造販売した建材メーカーがどのような責任を負うか。

 

3 原判決の概要

⑴ 国に対する国家賠償請求について

 ア 労働者に対する責任

 原判決(東京高判平成29・10・27判タ1444号137頁)は、国の安衛法に基づく規制権限の不行使は、労働者との関係において、昭和56年1月1日以降、国家賠償法1条1項の適用上違法であり、その後も、平成7年3月31日までの間、上記の違法な状態は継続していたと判断した。

 イ 労働者以外の者に対する責任

 原判決は、安衛法22条、57条及び59条に基づく規制権限の保護の対象者は、安衛法2条2号において定義された労働者であり、被告国は、当該労働者と認められない者との関係では、上記規制権限を行使する職務上の法的義務を負担せず、当該労働者と認められない一人親方等との関係では、被告国の上記規制権限の不行使は違法とはならず、被告国は規制権限の不行使による責任を負わないと判断した。

⑵ 建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求について

 ア 民法719条1項後段の要件

 原判決は、被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害を惹起し得る行為をした者が存在しないことは、民法719条1項後段の適用の要件ではないと判断した。

 イ 中皮腫にり患した大工らに対する建材メーカーの責任

 原判決は、中皮腫にり患した大工らについて、株式会社エーアンドエーマテリアル、ニチアス株式会社及び株式会社エム・エム・ケイの三社(以下「本件三社」という。)が、民法719条1項後段の適用により、大工らの各損害の3分の1について連帯責任を負うと判断した。

 ウ 石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らに対する建材メーカーの責任

 原判決は、石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らについて、本件三社は、民法709条により、寄与度に応じた割合による分割責任を負うと判断し、株式会社エーアンドエーマテリアルの寄与度は10%、ニチアス株式会社及び株式会社エム・エム・ケイの寄与度はそれぞれ3%と判断した。

 

4 本判決の概要

⑴ 国に対する国家賠償請求について

 ア 労働者に対する責任

 本判決は、判決要旨1のとおり、安衛法に基づく規制権限の不行使は、労働者との関係において、昭和50年10月1日以降、国家賠償法1条1項の適用上違法であると判断した。また、判決要旨では取り上げられていないが、本判決は、国の規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法となる終期について、平成16年9月30日までとする判断を示した。

 イ 労働者以外の者に対する責任

 本判決は、判決要旨2のとおり、安衛法に基づく規制権限の不行使は、同法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係においても、国家賠償法1条1項の適用上違法であると判断した。

⑵ 建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求について

 ア 民法719条1項後段の要件

 本判決は、判決要旨3のとおり、被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在しないことは、民法719条1項後段の適用の要件であると判断した。

 イ 中皮腫にり患した大工らに対する建材メーカーの責任

 本判決は、判決要旨4のとおり、本件三社は、民法719条1項後段の類推適用により、上記大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負うと判断した。

 ウ 石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らに対する建材メーカーの責任

 本判決は、判決要旨5のとおり、本件三社は、民法719条1項後段の類推適用により、上記大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負うと判断した。

 

5 説明

⑴ 国に対する国家賠償請求について

 ア 規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法となる場合についての判例法理

 最高裁は、「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となる」旨の判断を、最二小判平成元・11・24民集43巻10号1169頁(宅建業者訴訟判決。当該事案では違法性否定)、最二小判平成7・6・23民集49巻6号1600頁(クロロキン訴訟判決。当該事案では違法性否定)、最三小判平成16・4・27民集58巻4号1032頁(筑豊じん肺訴訟判決。当該事案では違法性肯定)、最二小判平成16・10・15民集58巻7号1802頁(水俣病関西訴訟判決。当該事案では違法性肯定)、最一小判平成26・10・9民集68巻8号799頁(泉南アスベスト訴訟判決。当該事案では違法性肯定)において示しており、この最高裁の立場は既に確立されているものと解される。本判決も、同じ立場に立つことを、筑豊じん肺訴訟判決、水俣病関西訴訟判決及び泉南アスベスト訴訟判決を参照しつつ、示している。

 イ 始期の問題について

 建設アスベスト一小4判決より前に言い渡された建設アスベスト訴訟の下級審の判決において、国の規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法となる始期について、㋐昭和49年1月1日とするもの、㋑昭和50年10月1日とするもの、㋒昭和51年1月1日とするもの、㋓昭和56年1月1日とするものに判断が分かれていた。このような判断の相違は、上記の確立した判例法理の当てはめにおいて、判断にばらつきが生じたものといえる。

 本判決は、判決要旨1のとおり、安衛法上の規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法となる始期を昭和50年10月1日と判断したものである。本判決は、事例判断の形式を採っているが、建設アスベスト訴訟における国の規制権限の不行使をめぐる事実関係は共通であり、事実上、判断を統一するものといえよう。

 規制権限の不行使の違法性を判断する際の考慮事情について、泉南アスベスト訴訟判決の判例解説では、最高裁判例を通覧すると、「①規制権限を定めた法が保護する利益の内容及び性質、②被害の重大性及び切迫性、③予見可能性、④結果回避可能性、⑤現実に実施された措置の合理性、⑥規制権限行使以外の手段による結果回避困難性(被害者による被害回避可能性)、⑦規制権限行使における専門性、裁量性などの諸事情を総合的に検討して、違法性を判断しているものと解される」とされている(『最高裁判所判例解説民事篇平成26年度』420頁〔角谷昌毅〕)。

 本判決も、本件で現れた事情を総合して、始期の問題について判断したものということができるが、総合的検討の中で、特に予見可能性をめぐる問題が重要であったということができる。原判決は、昭和50年当時、国による当時の石綿粉じん対策は、不十分なものであったとしつつ、国は、当時、建設現場における石綿粉じんの実態を把握しておらず、建設現場において石綿粉じんにばく露することにより、建設作業従事者に広範かつ重大な危険が生じていると認識していなかったとして、このような国の認識状況を前提にすると、昭和55年12月31日以前の国の規制権限の不行使は、許容される限度を超えて著しく不合理なものとはいえないとしていた(違法となる始期を昭和56年1月1日としていた。)。これに対し、本判決は、国が建設現場における石綿粉じんの実態を把握していなかったとしても、国は建設現場における石綿粉じん濃度の測定等の調査を行うべきであり、調査を行えば、国は、石綿吹付け作業に従事する者以外の建設作業従事者にも、石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていることを把握することができたとして、国の規制権限の不行使を著しく不合理なものとしたものである。従前の最高裁判決において、規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法とされたもの(筑豊じん肺訴訟判決、水俣病関西訴訟判決、泉南アスベスト訴訟判決)は、いずれも、国が被害の発生を認識していたという事実関係の下での判断であった。本判決は、上記のとおり、調査を行えば建設作業従事者に石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていることを把握することができたとして、国の規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法となるとしたものであり、この点は、従来の最高裁判決にない本判決の特色といえると思われる。

 ウ 終期の問題について

 建設アスベスト一小4判決より前に言い渡された建設アスベスト訴訟の下級審の判決において、国の規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法となる終期について、㋐平成7年3月31日とするもの、㋑平成16年9月30日とするもの、㋒平成18年8月31日又は同年9月1日とするものに判断が分かれていた。これらの判断の相違も、確立した判例法理の当てはめにおいて、判断にばらつきが生じたものといえる。本判決は、終期を平成16年9月30日とする判断を示し、事実上、判断を統一したということができる。

 エ 一人親方等の問題について

 建設アスベスト一小4判決より前に言い渡された建設アスベスト訴訟の下級審の判決において、一人親方等のように、安衛法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係で、安衛法に基づく規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法となるか否かについて、判断が分かれていた。この問題は、上記の確立した判例法理の当てはめの中で、規制権限の根拠となる安衛法の規定の趣旨、目的をどのように解するかという問題であるということができる。

 本判決は、安衛法57条が義務付ける石綿含有建材の表示については物の危険性に着目した規制であることを理由に、昭和50年9月30日の改正後の特定化学物質等障害予防規則38条の3が義務付ける石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示については場所の危険性に着目した規制であることを理由に、いずれも労働者に該当しない者も保護する趣旨のものと解し、判決要旨2のとおりの判断を示したものである。

⑵ 建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求について

 ア 民法719条1項後段の要件

 民法719条1項後段は、択一的競合関係(複数の行為者のうちいずれかの行為によって損害が発生したことは明らかであるが、いずれの行為が原因であるかは不明)の場合に適用されるというのが通説である。そして、同項後段が適用されるためには、「加害者であり得る者が特定でき、ほかに加害者となり得る者は存在しないこと」(これを「他原因者不存在」ということがある。)が要件となると解するのが通説である(幾代通『不法行為』(筑摩書房、1977)215頁、四宮和夫『事務管理・不当利得・不法行為 下巻』(青林書院、1985)794頁、潮見佳男『不法行為法Ⅱ〔第2版〕』(信山社、2011)219頁、前田陽一『債権各論Ⅱ 不法行為法〔第3版〕』145頁(弘文堂、2017)など)。

 これに対し、少数説ではあるが、「ほかに加害者となり得る者は存在しないこと」は、民法719条1項後段の適用の要件ではないとする学説がある(松本克美「侵害行為者の特定と共同不法行為責任の成否」立命333・334号(2010)2855頁以下、内田貴「近時の共同不法行為論に関する覚書(続)(上)――719条1項後段の解釈論」NBL1086号(2016)8頁、平野裕之『民法総合6 不法行為法〔第3版〕』(信山社、2013)294頁~295頁)。

 本判決は、判決要旨3のとおり、通説の立場に立ったものである。また、本判決は、民法719条1項後段の趣旨について、「同項後段は、複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行い、そのうちのいずれの者の行為によって損害が生じたのかが不明である場合に、被害者の保護を図るため、公益的観点から、因果関係の立証責任を転換して、上記の行為を行った者らが自らの行為と損害との間に因果関係が存在しないことを立証しない限り、上記の者らに連帯して損害の全部について賠償責任を負わせる趣旨の規定であると解される。」と判示して、同項後段が因果関係の推定の規定であることを明言した。これは、最高裁が、同項後段の趣旨について、初めて明らかにしたものである。その内容は、現在の通説的立場と同じ立場に立つものということができる。

 イ 民法719条1項後段の類推適用

 (ア) 本判決は、判決要旨4及び判決要旨5のとおりの判断を示して、中皮腫にり患した大工らとの関係でも、石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らとの関係でも、民法719条1項後段の類推適用を肯定する判断を示し、本件三社は、大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負うとした。

 (イ) 本判決は、まず、民法719条1項後段の類推適用を肯定した点で、重要な意義を有する。複数の行為が競合して損害が発生したような場合で、同条の適用が認められないときに、行為者がどのような責任を負うかについては、学説上、大きく分けて、一定の要件の下で同条の類推適用により共同不法行為責任を肯定するという立場と、類推適用を否定し、単に民法709条の不法行為が競合しているにすぎないとみる立場があるところ、本判決は、前者の立場に立ったものということができる。そして、類推適用を肯定するとして、民法719条1項前段を類推適用するのか、同項後段を類推適用するのか(あるいはその両方か)という問題があるところ、本判決は、本件の事情の下での事例判断ではあるが、同項後段の類推適用を認めた点にも、重要な意義があるということができる。

 (ウ) 次に、民法719条1項後段の類推適用は、どのような要件の下で認められるかという問題がある。学説上、いわゆる「弱い関連共同性」がある場合に類推適用を肯定するという立場が多いが(大村敦志『新基本民法6 不法行為編――法定債権の法〔第2版〕(有斐閣、2020)104~105頁など)、弱い関連共同性論に依拠しないで類推適用を肯定する学説(内田貴「近時の共同不法行為論に関する覚書(続)(下)――719条1項後段の解釈論」NBL1087号(2016)21~22頁)、弱い関連共同性がある場合に類推適用を肯定しつつそれ以外の場合にも類推適用を肯定する学説もある(前掲前田『債権各論Ⅱ 不法行為法〔第3版〕』146~148頁など)。学説は多岐に分かれているが、大まかにいうと、行為の関連性に着目して類推適用を肯定する見解と、結果の発生に何らかの寄与があることに着目して類推適用を肯定する見解があるように思われる。これを前提にすると、①行為の関連性がある場合にのみ類推適用を肯定する見解、②結果の発生に何らかの寄与がある場合にのみ類推適用を肯定する見解、③行為の関連性がある場合にも、結果の発生に何らかの寄与がある場合にも、類推適用を肯定する見解、④行為に関連性があり、かつ、結果の発生に何らかの寄与もある場合に類推適用を肯定する見解の4つに大別することが可能であろう。

 本判決は、本件の事情の下では同項後段の類推適用が認められるという事例判断をしたものであり、類推適用が認められる要件について法理を示したものではない。事例判断という性格上、本判決が類推適用を肯定する際に前提とした事情等は、必ずしも類推適用を肯定するための必須の要件ではない可能性もあるが、上記事情等を分析することは、同種事案の解決のためなどに、有益と思われる。

 まず、本判決の判断が、本件三社が製造販売した石綿含有スレートボード・フレキシブル板、石綿含有スレートボード・平板及び石綿含有けい酸カルシウム板第1種(以下、これらを併せて「本件ボード三種」という。)が大工らの稼働する建設現場に相当回数にわたり到達していたことを前提とするものであることは、重要と思われる。建設アスベスト訴訟の下級審においては、建材メーカーらの共同不法行為の成立のために、特定の建材メーカーの石綿含有建材が特定の被災者の稼働する建設現場に到達したことを原告側が立証する必要があるか否かが争われ、学説の中にも、到達の立証は不要であり、到達の「相当程度の可能性」で足りる旨の見解が示されていたところ、本判決は、石綿含有建材の建設現場への到達が認められることを前提に民法719条1項後段の類推適用を肯定したものである。

 また、大工らが、建設現場において、本件ボード三種を直接取り扱っていたことが考慮事情となっていることに、注意を要する。大工らが本件ボード三種を直接取り扱っていたということは、大工らが本件ボード三種を切断などする際に石綿粉じんにばく露していたということまでいえるであろう。そして、上記のとおり、本件三社が製造販売した本件ボード三種が、本件被災大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたことからすれば、大工らは、本件三社が製造販売した本件ボード三種から生じた石綿粉じんにばく露していたということ、ひいては、本件三社は大工らの石綿関連疾患の発症に何らかの寄与をしていたということまでいえることになると思われる。

 さらに、本判決では、大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うことなどにより、累積的に石綿粉じんにばく露したことが、建材メーカーにとって想定し得た事態というべきであるとされている。また、本件三社は、いずれも、石綿含有建材のメーカーであり、本件ボード三種を製造販売し、製造販売した本件ボード三種が大工らの稼働する建設現場に到達していたという点でも、共通している。

 本判決が類推適用を肯定する際に前提としたこれらの事情等からすると、弱い関連共同性論に依拠しないで結果の発生に何らかの寄与があることに着目して類推適用を肯定する見解から本判決の結論を説明することもできると思われるが、本件三社には、石綿含有建材のメーカーとして本件ボード三種を製造販売し、製造販売した本件ボード三種が大工らの稼働する建設現場に到達したという共通性等があることからすれば、弱い関連共同性論のように行為の関連性に着目して類推適用を肯定する見解から本判決の結論を説明することもできると思われる。

 (エ) 本判決は、民法719条1項後段の類推適用の効果として、因果関係の立証責任が転換されることを明示した点でも、重要な意義を有する。本判決は、同項後段の趣旨について、「被害者の保護を図るため、公益的観点から、因果関係の立証責任を転換」するものと説示しているところ、同項後段の類推適用の場面でも、「被害者保護の見地から、……同項後段が適用される場合との均衡を図って、同項後段の類推適用により、因果関係の立証責任が転換される」と説示しており、同項後段の適用・類推適用の双方について、因果関係の推定の効果を認めたものである。

 (オ) 本判決は、民法719条1項後段の類推適用により、本件三社は、大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負うとし、賠償責任を損害の一部に限定している。本判決は、賠償責任を限定することについて、「本件においては、……大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部にとどまるという事情があるから、……こうした事情等を考慮して定まるその行為の損害の発生に対する寄与度に応じた範囲で損害賠償責任を負うというべきである。」と説示しており、本件の事情の下において寄与度により賠償責任の範囲を限定することを明示した点で、重要な意義を有するものである。

 本判決によれば、「大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部にとどまるという事情」が寄与度を定める際の考慮事情の一つとなるが、考慮事情はこれに限られるものではなく、「こうした事情等」が考慮されるものである。寄与度減責については、「加害者・被害者間の関係、加害者間の公平、その他諸般の事情を総合考慮して具体的妥当な結論を導くための操作であり、過失相殺と同様に事案に応じて柔軟な適用が必要とされるもの」などとする学説(能見善久「共同不法行為責任の基礎的考察(8・完)」法協102巻12号(1985)2191頁)もあるところである。本判決について、諸般の事情を総合考慮して寄与度を定めたものとみることも可能であろう。

 本判決によれば、大工らが、本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体のうち3分の1程度であったところ、本件ボード三種を製造販売していた建材メーカーは、本件三社に限られるわけではないから、本件三社が製造販売した本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、3分の1よりも少ない可能性がある。それにもかかわらず、本判決は、本件三社は、大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負うとしたものである。寄与度について、裁判所が妥当な結論を導くために諸般の事情を総合考慮して裁量的に判断するものと解するのであれば、本件三社が製造販売した本件ボード三種からの石綿粉じんのばく露量の割合と、本件三社が負う損害賠償責任の割合が一致していなくても、特に問題はないものと思われる。なお、この点については、本件ボード三種を製造販売し、製造販売した本件ボード三種が大工らの稼働する建設現場に到達していた建材メーカー間に弱い関連共同性を肯定する立場に立つのであれば、本件三社が大工らの各損害の3分の1について連帯して損害賠償責任を負うことは、自然なことのように思われる。

 

6 本判決の意義

 本判決は、国家賠償請求については、筑豊じん肺訴訟判決、水俣病関西訴訟判決、泉南アスベスト訴訟判決に続き、国の規制権限の不行使の違法性を肯定し、特に、予見可能性及び保護範囲(一人親方問題)に関して重要な事例判断を示したものであり、不法行為に基づく損害賠償請求については、民法719条1項後段の趣旨とその適用要件の一部を明らかにし、更に、最高裁として初めて同項後段の類推適用を肯定し、建材メーカーらに寄与度に応じた範囲での連帯責任を肯定する事例判断を示したものであり、理論上、実務上、重要な意義を有するものと考えられる。

 

 

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