◇SH2494◇最二小判 平成30年12月14日 旧取締役に対する損害賠償、詐害行為取消請求事件(菅野博之裁判長)

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 詐害行為取消しによる受益者の取消債権者に対する受領済みの金員相当額の支払債務が履行遅滞となる時期

 詐害行為取消しによる受益者の取消債権者に対する受領済みの金員相当額の支払債務は、履行の請求を受けた時に遅滞に陥る。

 民法412条3項、424条1項

 平成30年(受)第44号、第45号 最高裁平成30年12月14日第二小法廷判決 旧取締役に対する損害賠償、詐害行為取消請求事件 上告棄却

 原 審:平成28年(ネ)第5534号、第5692号 東京高裁平成29年9月27日判決
 第1審:平成23年(ワ)第27674号、第27677号 東京地裁平成28年9月29日判決

 本件は、債務者Aに対して約37億6000万円の債権を有する被上告人Xが、詐害行為取消権に基づき、Aの弟である上告人Y1及びAの妻である上告人Y2に対し、AとYらとの間の売買契約又は贈与契約の取消しを求めるとともに、Yらの各受領金相当額合計約2億8000万円及びこれらに対する各訴状送達日の翌日(平成23年9月)からの各遅延損害金の支払を求めるなどしている事案である。

 

 第1審及び原審は、XのYらに対する請求を全部認容した。Yらが上告受理申立てをしたところ、最高裁第二小法廷は、上告審として事件を受理し、判示事項(詐害行為取消しによる受益者の取消債権者に対する受領済みの金員相当額の支払債務が履行遅滞となる時期)に係る争点につき判断を示した(以下、この争点を「本件争点」といい、本件争点で問題となっている債務を「受領金返還債務」という。)。本件争点について、第1審及び原審が請求どおり訴状送達日の翌日と判断したのに対し、Yらは判決確定日の翌日と解すべきであると主張したが、本判決は、原審の判断を是認し、上告を棄却した。

 

 本件争点については、民法に規定がなく、学説及び裁判例上、①受益者の金員受領日とするもの、②訴状送達日の翌日とするもの、③判決確定日の翌日とするものに分かれている(以下それぞれ「①説」、「②説」、「③説」という。)。①説を採るものとして、奥田昌道編『新版注釈民法(10)Ⅱ』(有斐閣、2011)928頁(下森定執筆部分)、東京地判平成10・12・8金判1057号3頁等があり、②説を採るものとして、飯原一乘『詐害行為取消訴訟〔第2版〕』(悠々社、2016)458頁、広島高判昭和38・2・11訟務月報9巻2号272頁等があり、③説を採るものとして、塚原朋一編著『事例と解説 民事裁判の主文』199頁(新日本法規出版、2006)(瀧澤泉執筆部分)、加藤新太郎=細野敦『要件事実の考え方と実務〔第3版〕』(民事法研究会、2014)285頁(これら2つの文献は詐害行為取消しによる価格賠償請求がされた場合の遅延損害金の起算日につき論じたものであるが、その理由付けによれば、本件争点についても③説を採ることになると考えられる。)、東京高判昭和63・10・20判タ708号204頁、大阪高判平成2・9・27判タ743号171頁等があり、近年は③説が目立ってきている状況にあった。

 

 各説について見ると、まず、③説を採る学説や裁判例にはいずれも同じ理由が付されており、それは、詐害行為取消判決は形成判決であって(最二小判昭和40・3・26民集19巻2号508頁)、その判決の確定により受領金返還債務が発生するから、その判決の確定前に受領金返還債務が履行遅滞に陥ることはないというものである。しかし、形成判決の中にも、将来効のみがあるもの(例えば、婚姻取消しの判決等)と、遡及効があるとされるもの(例えば、嫡出否認の判決等)があり、そのいずれであるかは、法律に規定がある場合のほかは、当該制度の趣旨や、いずれに解するかにより生ずる影響等によって定まると考えられる(新堂幸司『新民事訴訟法〔第5版〕』(弘文堂、2011)215頁、高橋宏志『重点講義 民事訴訟法 上〔第2版補訂版〕』(有斐閣、2013)75頁参照)。本判決は、これを踏まえて、詐害行為取消権の趣旨(詐害行為を取り消した上、逸出した財産を回復して債務者の一般財産を保全することを目的とするものであることなど)を考慮し、併せて実質的な結論の相当性(受領金支払債務が詐害行為取消判決の確定より前に遡って生じないとすれば、受益者は、受領済みの金員に係るそれまでの運用利益の全部を得ることができることとなり、相当ではないこと)も考慮に入れて、受領金支払債務は、詐害行為取消判決の確定により金員受領時に遡って生ずると解したと考えられる。そして、そうであれば、受領金返還債務は、訴状の送達の時点でも存在していたと理解することができることになるから、上記訴状の送達は民法412条3項の「履行の請求」に当たると解し得るとして、本件争点につき③説を否定したと考えられる。

 なお、最二小判昭和50・12・1民集29巻11号1847頁(詐害行為取消しによる価格賠償請求の価格算定の基準時につき判断したもの)には、「(価格賠償をすべきときの価格の算定は)詐害行為取消の効果が生じ受益者において財産回復義務を負担する時、すなわち、詐害行為取消訴訟の認容判決確定時に最も接着した時点である事実審口頭弁論終結時を基準とする(のが相当である)」とする判示部分があり、その表現は、一見、③説に沿うようにも思われる。しかし、上記判例は、受益者に財産回復義務があることが確定するのは詐害行為取消判決の確定時であり、現物返還の場合であれば現実にその時点以降に返還をすることになるから、価格賠償の場合もその時点に最も近い時点の価格を基準に算定すべきであるとしたと考えられる。したがって、上記判例は、受領金返還債務の発生時期が遡及するかどうかを問題にしておらず、本件争点に係る判断には結び付かないといえる。

 

 次に、①説について見ると、これを採ると見られる前記文献や裁判例の中には、遅延損害金の請求と法定利息の請求とを混同しているようにうかがわれるものがあるが、両者は別個の実体法上の請求権に基づくものであり、区別して考える必要がある。本件では、Xは訴状送達日の翌日からの遅延損害金を請求しているため、法定利息の起算日ではなく、遅延損害金の起算日を検討すべきことになる。これを踏まえて検討を進めると、受領金返還債務の法的性質については、これを正面から論じた文献は多くないが、(ア)不法行為による損害賠償債務とする説、(イ)不当利得返還債務とする説、(ウ)衡平の見地から法が特に認めた法定債務とする説等があると考えられる(奥田編・前掲書792頁〔下森〕、飯原・前掲書18頁参照)。このうち上記(ア)の説については、現在の詐害行為取消制度を不法行為により一元的に説明するのは困難であるなどの批判があり、相当ではないといえる。このように、受領金返還債務については、その法的性質を不法行為による損害賠償債務とみることができず、発生と同時に遅滞に陥ると解すべき理由はないため、民法412条3項により、履行の請求を受けた時に遅滞に陥ると解される。このことは、受領金返還債務の法的性質につき上記(イ)(ウ)のいずれの説を採っても違いはない。以上のことから、本判決は、本件争点につき①説を否定し、②説を採ったと考えられる。

 なお、詐害行為取消権と類似するとされる破産法上の否認権の行使の場合については、受益者に対する受領済みの金員相当額の請求と共に金員受領時からの年6分の割合による附帯金の請求を認容すべきものとした最一小判昭和40・4・22民集19巻3号689頁があるが、この判例は、金員受領日からの遅延損害金の請求について、同日からの法定利息の請求と読み替えてこれを認容すべきであると判断したものであって(受益者が金員受領日からの遅延損害金の支払義務を負わないが、同日からの法定利息の支払義務は負うとの判断の下に、上記の読替えをしたとうかがわれる。)、本件争点について①説を採る根拠にはならないといえる。そして、詐害行為取消しの場合に、逸出財産に係る法定利息の請求ないし利用利益の返還請求がいつから可能であるかは、本件争点とは別の問題であり、今後に残された問題であると思われる。

 

 本件争点については、前記のとおり、学説及び裁判例において見解が分かれていたところ、平成29年法律第44号による民法改正(債権関係)の際も規定が設けられず、立法的解決はされなかった。本判決は、このような本件争点について、最高裁が判断を示したものであり、実務的にも、理論的にも、重要な意義を有すると考えられる。

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