◇SH1543◇最一小判 平成29年4月6日 じん肺管理区分決定処分取消等請求事件(池上政幸裁判長)

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 じん肺管理区分が管理1に該当する旨の決定を受けた常時粉じん作業に従事する労働者等が管理4に該当するとして提起した当該決定の取消訴訟の係属中に死亡した場合における労働者災害補償保険法11条1項に規定する者による訴訟承継の成否

 じん肺管理区分が管理1に該当する旨の決定を受けた常時粉じん作業に従事する労働者又は常時粉じん作業に従事する労働者であった者が管理4に該当するとして提起した当該決定の取消訴訟の係属中に死亡した場合には、労働者災害補償保険法11条1項に規定する者が当該訴訟を承継する。

 民訴法124条1項、じん肺法4条、13条2項、15条、23条、労働者災害補償保険法11条1項、12条の8第2項、労働基準法75条、労働基準法施行規則35条、別表第1の2第5号、行政事件訴訟法9条1項

 平成27年(行ヒ)第349号 最高裁平成29年4月6日第一小法廷判決 じん肺管理区分決定処分取消等請求事件 破棄差戻し(民集71巻4号637頁)

 原 審:平成26年(行コ)第4号 福岡高裁平成27年4月16日判決
 原々審:平成22年(行ウ)第41号 福岡地裁平成25年12月10日判決

1 事案の概要

 本件は、建物の設備管理等の作業に従事する労働者であった亡A(原々審原告)が、福岡労働局長に対し、じん肺法15条1項に基づいてじん肺管理区分の決定の申請をしたところ、管理1に該当する旨の決定(以下「本件決定」という。)を受けたため、じん肺健康診断の結果によれば管理4に該当するとして、Y(国。被告、控訴人、被上告人)を相手に、その取消し等を求めた事案である。

 本件では、亡Aが原々審口頭弁論終結後に死亡したため、原審においては、亡Aの妻子であるXら(原告、被控訴人、上告人)による訴訟承継の成否が争点となった。

 

2 事実関係等の概要

(1) 関係法令の定め等

 ア じん肺法は、粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病とされるじん肺(2条1項1号)に関し、労働者の健康の保持その他福祉の増進に寄与することを目的として(1条)、事業者において粉じん作業に従事する労働者のじん肺管理区分に応じて従事させる作業内容等について配慮をすること等のじん肺に関する健康管理のための措置その他必要な措置を定めている。

 じん肺管理区分は、粉じん作業(じん肺法施行規則別表において、じん肺にかかるおそれがあると医学上、衛生工学上客観的に認められる作業が具体的に列挙されている。)に従事する労働者等につき、じん肺健康診断の結果(具体的には、①エックス線写真の像の区分と②じん肺による著しい肺機能障害の有無であって、専ら医学技術上の判断に属するものとなっている。)に基づき、管理1から管理4までに区分するものである(じん肺法4条)。

 じん肺管理区分を決定する具体的手続としては、都道府県労働局長が、①法定のじん肺健康診断を行うなどした事業者からエックス線写真等が提出されたとき(じん肺法12条参照)、②任意にじん肺健康診断を受けた常時粉じん作業に従事する労働者若しくは常時粉じん作業に従事する労働者であった者(以下「労働者等」という。)又は労働者等について任意にじん肺健康診断を行った事業者の申請(以下「随時申請」という。)があったとき(同法15条1項、16条参照)に、エックス線写真等を基礎として、地方じん肺診査医(じん肺に関し相当の学識経験を有する医師。同法39条)の診断又は審査により、じん肺管理区分の決定をするものとされている。

 じん肺管理区分としては、じん肺の所見なしの者は「管理1」とされ、当該所見ありの者はその進展の程度に応じて管理2~4に区分され、所定の健康管理措置を講じられることになるが、最も重い管理4の者については、じん肺法23条により「療養を要するものとする」とされている。

 イ 労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)は、労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡に関する保険給付(以下「労災保険給付」という。)につき、業務上の疾病等の災害補償の事由が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行うものとしており(7条1項1号、12条の8第1項及び2項)、業務上の疾病の一つとして、「粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症」が定められている(労働基準法75条、労働基準法施行規則(以下「労基法規則」という。)35条、別表第1の2第5号)。

 また、労災保険法に基づく保険給付を受ける権利を有する者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき保険給付でまだその者に支給しなかったものがあるときは、労災保険法11条1項所定の遺族(その者の配偶者、子等であって、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたもの等)は、自己の名でその未支給の保険給付を請求することができ、上記の場合において、死亡した者が死亡前にその保険給付を請求していなかったときは、上記遺族は、自己の名でこれを請求することができるとされている(同条2項)。

 ウ 昭和53年に労働省労働基準局長(当時)が発出した本件通達(「改正じん肺法の施行について」昭和53年4月28日付け基発第250号)は、管理4と決定された者に係るじん肺は、労基法規則別表第1の2第5号に掲げる業務上の疾病として取り扱うとした上、その認定手続につき、要旨、①管理4と決定された者から労災保険給付の請求があった場合は、じん肺管理区分決定通知書等を確認の上、その健康診断を行った日に発病したものとみなして所定の事務を行うものとし、②管理4以外の者からじん肺に係る労災保険給付の請求があった場合は、随時申請を行うべきことを指導し、当該申請によるじん肺管理区分の決定を待って、上記①による所定の事務処理を行うものとしている。

(2) 本件訴訟に至る経緯等

 ア 亡Aは、約15年間にわたり建物の設備管理等の作業に従事していた者であり、退職後の平成21年6月、じん肺健康診断を受けたところ、管理4相当と診断されたため、同年9月、福岡労働局長に対し、じん肺管理区分の決定の申請(随時申請)をした。

 ところが、亡Aは、平成21年11月、福岡労働局長から管理1に該当する旨の本件決定を受け、更に、これを不服として厚生労働大臣に対する審査請求をしたが、厚生労働大臣から同審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)を受けた。

 イ そこで、亡Aは、平成22年、本件決定及び本件裁決(以下「本件決定等」という。)の各取消しなどを求めて本件訴訟を提起したが、原々審口頭弁論終結後の平成25年9月、死亡した。

 ウ 原々審は、亡Aが管理2以上に該当するとして、本件決定を取り消し、本件裁決の取消しを求める訴えを却下する判決をしたところ、Yが控訴し、他方、亡Aの妻子であるXらは、原審において、相続により本件訴訟における亡Aの地位を承継したと主張して、訴訟承継の申立てをした。

 

3 原審の判断の概要

 原審は、上記事実関係等の下で、本件決定等の取消しによって回復すべき法律上の利益は、管理2以上のじん肺管理区分の決定を受ける地位であるところ、じん肺法上、じん肺管理区分の決定を受けるという労働者等の地位は、当該労働者等に固有のものであり、一身専属的なものであると解されるから、本件訴訟は亡Aの死亡により当然に終了すると判断し、原々審判決を取り消し、訴訟終了宣言をした。

 

4 本判決

 これに対し、Xらが上告受理申立てをしたところ、第一小法廷は、本件を受理した上、判決要旨のとおり判断して、原判決中Xらに関する部分を破棄し、Xらが労災保険法11条1項所定の遺族に該当するか否か等について、更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。

 

5 説明

(1) 問題の所在

 取消訴訟の係属中に原告が死亡した場合における訴訟承継の成否につき、最高裁判例(最大判昭和42・5・24民集21巻5号1043頁、最三小判昭和49・12・10民集28巻10号1868頁等)は、訴訟承継を主張する者が、死亡した原告から、処分の取消しによって回復すべき法律上の利益(原告適格を基礎付ける法律上の利益)を実体法上承継するとみられるかどうかによって判断するとの立場を採るものと解されている(司法研修所編『改訂 行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究』(法曹会、2000)112頁以下等)。

 本件では、常時粉じん作業に従事する労働者であった者(原告)が、「療養」の措置(じん肺法23条)を受けるための前提となる管理4に該当する旨のじん肺管理区分決定を受けることを目的として、管理1に該当する旨のじん肺管理区分決定(本件決定)の取消しを求める訴訟を提起したが、その取消訴訟の係属中に死亡したことから、このような場合において、その相続人が管理1に該当する旨のじん肺管理区分決定の取消しによって回復すべき法律上の利益を実体法上承継するとみることができるか否かが問題となった。

(2) じん肺法23条と労災保険法及び本件通達との関係について

 ア じん肺法23条と労災保険法との関係

 じん肺法23条は、「じん肺管理区分が管理4と決定された者は、療養を要するものとする」旨を定めているが、これは、その者につき一般的に療養が必要であること及びその者に対する健康管理措置が「療養」であることを明らかにしたものとされている(桑原敬一『改正じん肺法の詳解――じん肺の予防と補償』(労働法令協会、1978)317~318頁)。

 この点、じん肺法の立法経過をみると、じん肺法の前身であるけい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法(昭和30年法律第91号。以下「けい肺等特別保護法」という。)は、けい肺にかかった労働者等に対する労災補償類似の特別保護措置(同法11条、12条)を定めていたが、じん肺法の制定に当たり、じん肺に関する特別保護措置(補償措置)については、けい肺等特別保護法と異なり、類似の傷病又は障害を有する者に対しても必要な補償を行うため、じん肺法ではなく労災保険給付に関する一般法に吸収させて定めることとされたものである(前掲桑原349頁以下等)。じん肺法23条が同条所定の者の健康管理措置を「療養」であると定める一方で、同法に「療養」の具体的内容を明らかにした規定が置かれていないのは、「療養」の具体的内容やそのための手続は労働基準法(以下「労基法」という。)又は労災保険法の定めるところによるとする趣旨である(渋谷直蔵『じん肺法・改正労災保険法の詳解』(労働法令協会、1960)207頁参照)。じん肺法23条の「・・・は、療養を要するものとする」との文言も、労災保険法上の災害補償事由として定められた「じん肺症」(労災保険法12条の8、労基法75条、労基法規則35条、別表第1の2第5号)が「じん肺のうち療養を要するもの」と解されていたことに対応して定められたものと考えられる。

 また、前記2(1)アのようなじん肺管理区分決定の要件や判断方法からすると、じん肺管理区分決定における都道府県労働局長の判断は、(じん肺にかかるおそれがあると客観的に認められる)粉じん作業に従事した労働者等を対象として、専ら医学技術上の判断に属するじん肺の所見の有無及び進展の程度に関する事実を確認するものであり、労災保険手続において行われる業務起因性の判断と実質的に同一のものであると考えられる(前掲桑原362頁等)。

 これらの点に鑑みると、じん肺法23条は、都道府県労働局長により管理4と決定された者が、じん肺法上の健康管理措置である「療養」の措置として、労災保険法上の災害補償事由(業務上じん肺症にかかった者)に該当するものとして、円滑かつ簡便に労災保険給付の支給を受けられることを明らかにしたものと解することができる。

 本判決は、以上のような考え方に基づき、「じん肺法23条は、管理4と決定された者に対し、じん肺法上の健康管理措置である「療養」の措置として、労災保険法上の災害補償事由についての実質的審査を再度受けることなく、これに該当するものとして、円滑かつ簡便に労災保険給付の支給を受けられることを明らかにしたものと解するのが相当である」と説示したものと考えられる。

 イ じん肺法23条と本件通達の関係について

 本件通達は、前記2(1)ウのとおり、労災保険給付手続において、管理4と決定された者のじん肺を業務上の疾病として取り扱うものとした上、労災保険給付の請求に当たりじん肺管理区分決定を経ることを原則とし、管理4と決定された者についてはその健康診断を行った日に発病したものとみなして所定の事務を行うものとしている。

 これは、前記アで述べたじん肺法23条及び労災保険法等の規定を踏まえ、じん肺に係る労災保険給付に関する事務において、管理4に該当する旨の決定がある場合には業務上の疾病に当たると認めることとしたものであり、逆に、管理1に該当する旨の決定を受けた労働者等が当該労災保険給付の請求をした場合には、業務上の疾病に当たるとは認めない扱いとなるものと考えられる。このように考えることは、じん肺法の解説において、じん肺管理区分決定が「じん肺診査医の的確、かつ公正な診査結果により」、「(その診断又は審査の結果に拘束されて)じん肺の程度に関する事実の確認判断としてなされるものであり」(前掲桑原284~289頁)、「(じん肺管理区分決定又は労災保険給付に関する事務における業務起因性の判断の)前提としての医学上の判断については、両者間において齟齬があるべきものではない」(前掲渋谷207頁。なお、前掲桑原300頁も、じん肺管理区分決定に係る審査請求に対する裁決と労災保険給付に係る審査請求に対する裁決の関係を取り上げて、同趣旨を述べている。)旨が指摘されていたこと等に照らしても、相当であると思われる。

 したがって、本判決も指摘するとおり、管理1に該当する旨の決定を受けた労働者等が労災保険給付の請求をした場合には、「当該業務上の疾病に当たるとは認められないとして当該労災保険給付の不支給処分を受けることが確実である」と考えられる。

(3) 管理1に該当する旨のじん肺管理区分決定の取消しによって回復すべき法律上の利益について

 ア ところで、じん肺法は、都道府県労働局長がじん肺管理区分決定をした場合、それが随時申請に基づくものであるか否かを問わず、じん肺管理区分決定に対する不服申立て及び取消訴訟の提起がされることを予定している。

 このことからすると、本件のように、管理1に該当する旨の決定を受けた労働者等が、管理4に該当するとしてその取消訴訟を提起した場合、その取消しを求める法律上の利益を有すると解されるが、前記(2)で述べたじん肺法23条と労災保険法及び本件通達との関係をも併せ考慮すれば、当該取消訴訟の実質的目的は、上記決定が取り消されなければ、管理4に該当する旨の決定を受けて「療養」の措置として円滑かつ簡便にじん肺に係る労災保険給付の支給を受けることができないし、別途当該労災保険給付の請求をしたとしてもその不支給処分を受けることが確実であることから、このような状態を回復するという点にあると考えられる。そして、このような取消訴訟の実質的目的は、労災保険給付の支給を受けるためにじん肺管理区分決定を受ける手続を選択した者が管理1に該当する旨の決定を受けた場合、これにより管理4に該当する旨の決定を受けて円滑かつ簡便に労災保険給付の支給を受けるという手続を完遂することができなくなるため、このような手続的利益を享受することができる法律上の地位を回復することにあると解することができるように思われる(なお、最高裁判例にも、登記等を受ける際に過大に納付した登録免許税の還付を求める方法について判示した最一小判平成17・4・14民集59巻3号491頁のように、法の趣旨等に照らして同一の結果を得るための2つの法的手続の両立を認めたものがある。)。

 以上のような取消訴訟の実質的目的に照らすと、管理1に該当する旨の決定を受けた労働者等が管理4に該当するとしてその取消しを求める法律上の利益は、その実質がじん肺に係る労災保険給付の請求権に関わるものとみることができ、労災保険法11条1項における実体法的理解をも併せ考慮すれば、当該労働者等が死亡したとしても、労災保険法11条1項所定の遺族が存する限り、失われるものではないと解することができる。このように解することは、上記取消訴訟の承継を否定された労災保険法11条1項所定の遺族が当該労災保険給付の請求をした場合に想定される事態、すなわち、当該労災保険給付の不支給処分を受け、改めてこれに対する取消訴訟の提起を余儀なくされることに照らしても合理的であるといえよう。

 イ 本判決は、以上のような考え方に基づき、管理1に該当する旨のじん肺管理区分決定の取消訴訟を管理4に該当するとして提起した労働者等が死亡した場合には、労災保険法11条1項所定の遺族が当該訴訟を承継することを認めたものと考えられる。本判決は、じん肺管理区分制度と労災保険給付制度との間で構築された仕組み全体を視野に入れて、じん肺管理区分決定の取消しによって回復すべき法律上の利益が実体法上承継し得るものであるかどうかの判断に当たり、国民が救済を求めるみちを拡大する方向で柔軟な考え方を採ったものといえよう。

 なお、本判決は、以上のように管理1に該当する旨の決定を受けた者が「管理4に該当するとして」その取消しを求めた事案における訴訟承継の成否を判断したものであり、当該者が管理2又は管理3に該当するとしてその取消しを求めた事案で訴訟承継が認められるかどうかは、本判決の射程外であり、今後に残された課題である。

(4) 本判決の意義

 本判決は、最高裁がじん肺管理区分決定の取消訴訟における訴訟承継が認められる場合を初めて明らかにしたものであり、実務上重要な意義を有すると考えられる。

 

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