SH3788 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第28回 第5章・Delay(3)――Delay analysis 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/10/14)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第28回 第5章・Delay(3)――Delay analysis

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第28回 第5章・Delay(3)――Delay analysis

1 遅延分析の必要性

 ContractorがEmployerにEOTを請求するには、問題となる遅延がEmployerに帰責できるか、少なくともContractorには責任がなく、契約上Employerが責任を負担するとされていること(たとえばExceptional Eventによる遅延であること)を示す必要があるのは、前回までに述べたとおりである。この帰責性を示すうえで重要なのが、遅延分析(delay analysis)である。

 遅延分析とは、簡単に言えば、「どのような事象が、どの作業に影響し、どの範囲で工期を遅延させたか」についての分析である。工期が遅れたとき、遅延が生じたこと自体は明らかであっても、その原因となった事象や、ある特定の事象によって生じた遅延の具体的な日数などは、一見して明らかでない場合が多い。実際に工期が遅れる前に、生じ得る遅延を予想する際も同じである。特に、複数の工程が並行して進められる大規模なプロジェクトにおいては、その傾向が顕著であるため、遅延分析が不可欠であると言っても過言ではない。

 

2 遅延分析の基本的な考え方 ――critical path

⑴ Critical pathの内容

 遅延分析の手法は多種多様であるが、その多くに共通している基本的な考え方が「critical path」である。Critical pathとは、次のような手順によって特定される、工程表における道筋のことである。

  1. ① ある作業の完了を前提として、それに続いて行われる作業(後続作業)を特定する。たとえば、コンクリートの基盤作りが終わって初めて、その上に建てる構造物の骨組み作りに進むことができるという関係にある場合は、骨組み作りが後続作業となる。なお、後続作業は一つとは限らない。
  2. ② 後続作業の特定を着工時から完工時まで繰り返し、特定されたそれぞれの作業の工程を線でつなぐ。たとえば、作業1の後続作業が作業2であり、作業2の後続作業が作業3であれば、作業1~3の工程をつなぐ線を引く。また、作業1と並行して行われる作業Xの後続作業が作業Yであり、作業Yの後続作業が作業Zであれば、作業X~Zの工程をつなぐ線を引く。このように、多数の作業が発生するプロジェクトにおいては、通常、複数の線が引かれることとなる。
  3. ③ 上記②で引いた線のうち、最も長いものがcritical pathである。なお、最長となる線が複数存在する可能性もあるため、critical pathは一つとは限らない。

 実際の工程表においては、下図の赤色部分のような形でcritical pathが示されることとなる。

 こうして特定されたcritical pathは、工事を完成させるために必要な作業を全て完了するのに必要な時間を表している。換言すれば、critical pathの長さが、プロジェクトの完成に必要な最短期間を表していることとなる。遅延との関係でさらに換言すれば、critical path上の作業が遅れれば、プロジェクト全体の工期(および、セクションごとに工期が決まっている場合には当該工期)に遅れが生じるということである。

 Critical pathの特定は、専用のプログラミング・ソフトウェアを使用して行われるのが一般的である。こうしたソフトウェアは、各工程にかかる時間や、前後関係等を計算に入れてcritical pathを導き出してくれるため、非常に便利なツールである。ただし、計算の元となるデータの精度が高くなければ、ソフトウェアを使っても正確なcritical pathを特定することは困難である。したがって、Contractorとしては、各工程の所要時間や進捗等のデータを正確にインプットしておくべきである。

 

⑵ Critical pathの使い方

 Critical pathは、本来、プロジェクトを管理するために使われるものである。すなわち、Contractorは、critical pathを特定することによって、予定どおり工事を完成させるためには、いつまでにどの作業を終わらせていればよいか把握し、遅延が見込まれる場合には、契約に従ってEOTを求めるなどの行動を取ることが想定される。なお、ある作業が実際に遅延した場合には、当該作業が終わるまでの工程が長くなるため、その時点で前述の①~③の手順をやり直すと、critical pathが当初とは異なる線を描くことがある(たとえば、当初は作業1~3をつないだ線がcritical pathであったが、作業Xの遅延によって、作業X~Zをつないだ線の上にcritical pathが移動する場合など)。すなわち、critical pathは流動する可能性があり、Contractorによるプロジェクト管理も、これに合わせて臨機応変に行われる必要がある。

 これに対し、遅延分析の一環としてcritical pathが使われる主な場面は、遅延に関する紛争が起きたときである。典型的には、ContractorがEmployer/EngineerにEOTを請求したものの、Employer/Engineerが拒絶したために、ContractorがDAABや仲裁による解決を求め、critical pathを用いた遅延分析の結果を証拠として提出する場合が考えられる。この場合には、実際に遅延が生じた後にcritical pathを特定するのが通常であるため、少なくともその時点までのcritical pathは確定的に示し得る。

 

3 遅延分析の手法

⑴ 概要

 多様な遅延分析の手法のうち、どの手法を用いるのが適切かは、事案によって異なる。たとえば、契約において、遅延分析の手法に関する定めがあれば、基本的にはそれに従う必要がある。また、これから生じる遅延の予測(prospectiveな分析)であるか、既に生じた遅延の分析(retrospectiveな分析)であるかによって、アプローチは変わり得る。さらには、分析の時点で入手可能なデータの正確性、分析にかけるべき労力、時限性等の様々な考慮要素も存在する。

 建設法分野における教育や調査、研究の促進を目的とするイギリス発祥の団体、Society of Construction Law(SCL)が公表しているガイドライン「Delay and Disruption Protocol」(Protocol)では、impacted as-planned analysisやtime impact analysisなど、代表的な遅延分析の手法が紹介されている。本連載では、各手法の技術的な詳細には立ち入らないが、Protocolにおいては、どのような考慮要素に基づいてどの手法を選ぶかにつき一定の指針が示されており、参考となろう。

 

⑵ 紛争における遅延分析

 上記2 ⑵ でも述べたとおり、遅延に関する紛争においては、当事者が遅延分析の結果を証拠として提出することが多い(通常、EOTを請求するContractorのみならず、EOTは認められないと反論するEmployer/Engineerも遅延分析を行い、その結果を提出している)。各当事者は、自らの主張を基礎づけるのに最も有利な分析手法を採用する傾向にあるため、双方から提出された遅延分析の結果が大きく異なることも珍しくない。その場合、いずれかの分析が明らかに誤っているのでない限り、EOTが認められるべきか、認められるとしてどの程度の期間が適切かについて、DAABや仲裁廷による精査が必要となる。

 なお、紛争が起きた場合の遅延分析は、専門家に依頼して行い、その意見書を当事者が証拠として提出するのが一般的である。また、仲裁廷も遅延分析の専門家ではないので、(当事者の選任した専門家ではなく)第三者の専門家に意見を求めることがある。

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