SH3670 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第16回 第3章・当事者及び関係者(2)――Engineerその2 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/07/01)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第16回 第3章・当事者及び関係者(2)――Engineerその2

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第16回 第3章・当事者及び関係者(2)――Engineerその2

5 Engineerを確保する趣旨

 Engineerを確保する趣旨は、できる限り円滑に契約の履行を進めることにあると考えられるところ、この点につき第9回で述べた、大規模な建設・インフラ工事契約の不完備性も関係すると考えられる。すなわち、不完備性のもとでは、契約内容を予め確定することが困難であるため、契約締結後に様々な疑義が不可避的に生じ、これに対処するための変更ルールと紛争解決ルールという「手続的」な規定が重要な意味を持つ。これらのルールの適用に際しては、様々な協議と、決定が必要になるところ、これらをEmployerとContractorという契約当事者のみに委ねるより、Engineerを介在させる方が合理的と考えられる。

 というのも、EmployerおよびContractorは、最大の利害関係者であり、協議と決定に際しては、自らの利害を最大限強調することが想定されるからである。合理的な協議と決定のためには、自らの利害からある程度の距離を置くことが必要であり、また、専門的な知見も必要である。そこで、Engineerが介在することに、合理性が認められる。

 また、疑義を合理的な内容で解決することに加え、疑義の存在にも拘わらず、できる限り円滑に工事を進めるという観点も重要である。というのも、大規模な建設・インフラ工事では、工期の遅れは、工事の目的物の経済的な利用開始の遅れという、大規模な経済的損失につながる可能性があるからである。そこでRed BookおよびYellow Bookが定めることは、疑義が生じ、協議でもまとまらないときは、Engineerが暫定的な判断(Engineer’s determination)をすることである。このEngineerの判断は、後に仲裁等で争われ得る暫定的な性質であるが、それでも判断がなされることにより、物事が決まらず工事が進められないという事態は回避できるし、両当事者から異議が唱えられない場合、Engineer’s determinationは最終的で拘束力を持つ。

 暫定的ではあっても、重要な意味を持ち得るため、かかる判断を最大の利害関係者である契約当事者が行うことには、問題があり得る。そこで、契約当事者ではなく、これらからある程度距離がある立場のEngineerがかかる判断を行うことは合理的といえる。この判断の場面では、Engineerに中立的な対応が求められることは、前回述べたとおりである。

 以上のとおり、Engineerを確保することによって、不完備性ゆえに必然的に生じる数々の疑義を、工事の遅延を回避しつつ、合理的に解決できる可能性が、高まると期待できる。

 

6 Silver Bookの規定内容

 Silver Bookでは、Engineerは選任されない。Silver Bookでは、より多くの事項がContractorに委ねられており、換言すれば、Employer側の役割はより限定されている。そのような中、EmployerがEngineerを選任することも予定されていない。

 この点に関連することとして、Silver Bookの巻頭にあるNOTESにおいてこの条件書(Silver Book)が適切でない例を3つ挙げているところ、その一つとして、EmployerがContractorの工事遂行に深く関わって、工事管理をしたり、工事図面のレビューをしたりすることを望む場合を挙げている。つまり、Employer側がこのようなプロジェクト遂行との関わりを持たないことを前提として、Silver Bookにおいては、Red BookやYellow Bookでは必要なEngineerが必要とされないのである。

 もっとも、Silver Bookにおいても契約の不完備性に変わりはなく、様々な疑義について、当事者間の協議や決定が必要になる。かかる協議や決定において、Red BookおよびYellow BookにおいてEngineerが担っていた役割は、Silver Bookでは基本的には、Employerが担うことになる。

 ただし、Silver Bookでは、Employerは、Employer’s Representativeを選任しなければならない(Silver Book 3.1項)。Employer’s Representativeとは、Employerを代理する権限がある法人または自然人で、能力あるプロフェッショナルとして、その業務にあたることが求められる(同3.1項)。

 Employerは、Contractorに対する指示は、Employer’s Representativeを通じて行わなければならない(同3.4項)。

 また、EmployerとContractorとの間に係争が生じた場合には、Employer’s Representativeが両者の間に入って和解協議をあっせんし、また、和解がまとまらないときには、暫定的な判断(Employer’s Representative’s determination)を示すところ、これらの場面では、Employer’s Representativeは中立的に対応することが求められ、Employerのために行動するとはみなされない(同3.5項)。この点は、前記5のEngineerと同様である。

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