民訴法324条に基づく移送決定についての取消しの許否
最高裁判所は、民訴規則203条所定の事由があるとしてされた民訴法324条に基づく移送決定について、当該事由がないと認めるときは、これを取り消すことができる。
民訴法22条1項、324条、民訴規則203条
平成29年(オ)第1725号 最高裁平成30年12月18日決定 請求異議事件 移送決定取消(民集登載予定)
上告審(高裁):平成29年(ツ)第4号 高松高裁平成29年11月30日移送決定
第2審:平成28年(レ)第42号 高知地裁平成29年3月24日判決
第1審:平成28年(ハ)第32号 須崎簡裁平成28年11月22日判決
1 事案の概要
民訴法324条は、上告裁判所である高裁は、最高裁規則で定める事由があるときは、決定で、事件を最高裁に移送しなければならない旨を定め、民訴規則203条は、法令等の解釈について当該高裁の意見が最高裁等の判例と相反するときに上記事由があると定めている。
本件は、上告裁判所である高松高裁が、自らの法令解釈に関する意見が最高裁の判例に相反するから民訴規則203条所定の事由があるとして、民訴法324条に基づき、事件を最高裁判所に移送する旨の決定(以下「本件移送決定」という。)をした事案である。
本決定は、決定要旨のとおり判断した上、上記意見は上記判例と相反するものではなく、民訴規則203条所定の事由はないとして、本件移送決定を取り消した。
2 民訴法324条等の沿革及び趣旨
民訴法324条は、日本国憲法の施行に伴う民事訴訟法の応急的措置に関する法律(昭和22年法75号)5条が戦後の法改正の際に旧民訴法406条の2として取り入れられたものであり(松本博之編著『民事訴訟法〔戦後改正編〕(1) 日本立法資料全集61』(信山社、2009)370頁)、民訴規則203条は、上記法律に伴って定められた高等裁判所刑事上告事件移送規則(昭和22年最高裁規則5号)が旧民訴規則58条に取り入れられたものである。
これらの規定は、全国に複数ある高裁の間で判例の矛盾抵触を生ずる可能性を避け、法令解釈の統一を図るという上告制度の機能を全うするためのものであるとされている(鈴木正裕=鈴木重勝編『注釈民事訴訟法(8) 上訴』(有斐閣、1998)332頁〔遠藤賢治〕)。
3 民訴法324条に基づく移送決定の拘束力
民訴法324条に基づく高裁の移送決定に最高裁が拘束されるか否かについては、この点に触れた裁判例は見当たらないが、学説においては見解の対立がみられる。
旧民訴法406条の2の立案担当者は、旧民訴法32条(民訴法22条に相当する。)を引用し、この規定による移送決定があったときは、最高裁は更にこれを高裁に移送することはできないと解していた(奥野健一=三宅正雄『改正民事訴訟法の解説』(海口書店、1948)72頁)。同様に、最高裁は、民訴法22条により高裁の移送決定に拘束され、これを取り消して事件を原審に差し戻したり、他の裁判所に再移送することはできないとする見解も見られる(笠井正俊=越山和広編『新・コンメンタール民事訴訟法〔第2版〕』(日本評論社、2013)1098頁〔笠井正俊〕、賀集唱ほか編『基本法コンメンタール民事訴訟法3〔第3版追補版〕』(日本評論社、2012)87頁〔田中豊〕、村松俊夫ほか編『判例コンメンタール16 民事訴訟法Ⅲ〔増補版〕』(三省堂、1984)384頁〔吉井直昭〕)。
これに対し、民訴法324条による移送は、民訴法の総則に規定された移送とは異なり、当事者の便益を考慮してされるものではなく、法令解釈の統一を図るためにされるものであるから、その必要性の有無は最上級審である最高裁の判断に委ねられるべきであり、最高裁は、高裁の移送決定に拘束されず、事件が移送の必要性のないものであることを判示して移送決定を取り消すことができると解すべきであるとの見解も示されていた(前掲・鈴木正裕=鈴木重勝編334頁。同旨、秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅵ』(日本評論社、2014)381頁、高田裕成ほか編『注釈民事訴訟法 第5巻』(有斐閣、2015)352頁〔阿部潤〕、兼子一原著ほか『条解民事訴訟法〔第2版〕』(弘文堂、2011)1654頁〔松浦馨=加藤新太郎〕、斎藤秀夫ほか編著『注解民事訴訟法(9)〔第2版〕』(第一法規出版、1996)578頁。菊井維大=村松俊夫『全訂 民事訴訟法〔Ⅲ〕』(日本評論社、1986)290頁は、刑訴規則248条1項が高裁の移送決定に最高裁の許可を受けることを要件としていることを参照すべきものとする。)。この見解は、平成8年の民訴法改正の際、最高裁の機能を充実させる制度として、最高裁が自ら対象事件に法令解釈に関する重要な事項が含まれるか否かの判断をする上告受理制度が採用されたこととも整合的であるように思われる。
本決定は、民訴法22条1項について、その趣旨に照らし、民訴法324条による移送の場合に適用されると解すべきではないとした上、民訴規則203条の趣旨が法令解釈の統一を図ることにあることに照らし、同条所定の事由の有無について最高裁の判断が高裁の判断に優先するというべきであると判示して、民訴法324条に基づく移送決定が最高裁を拘束しないことを明らかにしたものである。
なお、本決定は、最高裁が、民訴規則203条所定の事由がないと認める場合、民訴法324条に基づく移送決定を取り消すことができると判示したものであり、必ずこれを取り消さなければならないとしたものではない。最高裁が、民訴法324条に基づく移送決定に民訴規則203条所定の事由はないものの、移送された事件に法令解釈に関する重要な事項を含むと認めるような場合に、当該移送決定を取り消さず、自ら上告審として当該事件の審理判断をする余地は、本決定によって否定されるものではないと考えられる。
4 判例相反について
本件移送決定は、「債権執行の申立てをした債権者が当該債権執行の手続において配当等により請求債権の一部について満足を得た後に当該申立てを取り下げた場合、当該申立てに係る差押えによる時効中断の効力が民法154条により初めから生じなかったことになると解するのは相当でない」という法令解釈に関する意見が最一小判平成11年9月9日に相反することから、民訴規則203条所定の事由があるとしてされたものであるところ、本決定は、上記意見は上記最一小判とは前提を異にしており、これに相反しないとして、同条所定の事由はないと判示している。
民訴規則203条の規定は、上告受理制度に係る民訴法318条1項と平仄を合わせたものとなっており(前掲・兼子原著ほか1653頁)、同項にいう判例とは、具体的事件の解決に不可欠であった論点について法律判断のされたものをいうと説明されているものの(法務省民事局参事官室編『一問一答 新民事訴訟法』(商事法務、1996)354頁)、具体的事案において判決のどの判断部分をもって判例と捉えるかは必ずしも明らかでないこともあるとされている(前掲・秋山ほか357頁)。
本決定は、上記意見が上記最一小判と前提を異にしていると判示しており、上記最一小判が執行手続において請求債権の一部又は全部の満足を得ることなく当該執行手続に係る申立てが取り下げられた場合についての判断であり、上記意見が執行手続において請求債権の一部につき満足を得た後に当該執行手続に係る申立てが取り下げられた場合についてのものであることを理由とするものと考えられるものの、この点の差異が時効中断の効力の判断にどのように影響するかについては言及していない。この点に関連して、債権者が「やむを得ない理由」により債権差押え命令の申立てを取り下げた場合には、民法154条にかかわらず取下げによる時効中断の不発生を否定し得るとの見解がある(判評453号37頁)。しかし、執行手続において請求債権の一部につき満足を得た後に当該執行手続の申立てが取り下げられたという事実関係は、取下げをすること自体がやむを得ないといえるか否かとは直接関係がないと考えられることからすると、これをもって上記の「やむを得ない理由」に当たると解するのは相当でないように思われる。この点についての考え方としては、配当等により請求債権の一部について満足を得た後に執行手続の申立てが取り下げられた場合には、民法154条の適用はないと解することや、配当等により執行手続を完了した部分はその後の当該執行手続の申立ての取下げの影響を受けず、当該配当等まで持続した時効中断の効力は消滅しないと解することなどが考えられる(東京高判昭和40・8・17判タ183号163頁参照)。
5 本決定の意義
本判決は、学説上の争いのあった民訴法324条による移送決定の取消しの許否について、最高裁が初めて判断を示したものであり、実務上重要な意義を有すると思われるので紹介する。