SH3897 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第42回 第8章・Suspensionとtermination(5) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/02/03)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第42回 第8章・Suspensionとtermination(5)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第42回 第8章・Suspensionとtermination(5)

5 Contractorの主導によるtermination

⑴ Employerの債務不履行に基づく解除

 (a) 解除事由

 16.2.1項は、Employerの債務不履行に基づく解除事由を詳細に定めている。その大まかな内容は、下記のとおりである。

  1. ▶ 「Employerが2.4項に従って工事代金を支払えるだけの資金力があることを示す証拠を提供しなかった」旨の16.1項の通知をContractorが発してから、42日以内にContractorが当該証拠を受領しなかった場合
  2. ▶ Engineerが、Contractorから支払いの申請書類であるStatementおよび根拠資料を受領してから56日以内にPayment Certificateを発行しなかった場合(第39回 3 ⑴ のsuspensionの根拠事由と同様に、Engineerが存在しないSilver Bookでは解除事由に含まれていない。しかし、第39回で述べたとおり、Silver BookでもEmployerは14.6項に従って中間支払の通知を出す必要があり、本質的には同じシステムが採用されているため、この取扱いの差異の合理性には疑問がある)
  3. ▶ Contractorが、Payment Certificateにおいて支払いが確定している金額につき、14.7項に定める期限が過ぎてから42日以内に支払いを受けなかった場合(Silver Bookでは、Payment Certificateの制度がないため、14.7項に従って支払われるべき金額の支払期限を過ぎてから42日以内に支払いを受けなかった場合)
  4. ▶ Employerが、①3.7項のもとで行われた拘束力のある合意または決定、あるいは②21.4項のもとで下されたDAABの決定に従わず、それがEmployerの重大な契約義務違反となる場合(これも第39回で述べたとおり、特定の違反が「重大な契約義務違反」に当たるかは解釈問題であり、Contractorにとっての不確定要素であるため、紛争の種となる。①②のうちの少なくとも②、すなわちEmployerがDAABの決定に従わない場合はそれ自体で「重大な契約義務違反」と評価するに相応しい事由と言えないか、今後検討されることが望まれる)
  5. ▶ Employerが契約上の義務を履行せず、それが実質的な影響を伴い、Employerの重大な契約義務違反となる場合(「重大な契約義務違反」という要件を設けることの問題点は、前述のとおりである)
  6. ▶ Contractorが、Letter of Acceptanceの受領後84日以内に8.1項の定めるNotice of Commencement Date(工事等の開始を指示する通知)を受領しなかった場合
  7. ▶ Employerが、①1.6項の定めに従って建設契約に署名しなかった、または、②1.7項のもとで求められる合意を得ずに契約を譲渡した場合
  8. ▶ 工事等の中断が長引き、8.12項の定めるように、工事等の全体に影響を及ぼしている場合
  9. ▶ Employerが破産や清算、解散等の対象となった場合
  10. ▶ 工事や契約に関して、Employerが贈収賄や詐欺、共謀、強要を伴う行為に関与していた合理的な証拠が発見された場合

 上記のとおり、Employerの債務不履行に基づく解除事由は、Contractorの債務不履行に基づく解除事由に匹敵する広範な内容をカバーしている。FIDICの書式を用いるような大規模プロジェクトでは、一般的に、第三者である金融機関(レンダー)がEmployerに資金を提供しているところ、Contractorがかかる広範な解除権を有することに抵抗を覚えるレンダーも珍しくない。そこで、現実には、レンダーの要望により、16.2.1項の内容が(Contractorの解除権の範囲を狭める方向で)変更されることも多い。また、Employerの債務不履行に基づく解除によりプロジェクトが頓挫するのを避けるために、レンダーが、いわゆる「step-in right」(Employerに代わって、レンダーまたはその指定する者が支払い等を行える権利)を契約に組み込むことを要求するケースもある。

 

 (b) 解除手続

 Employerの債務不履行に基づいて契約を解除する手続は、Contractorの債務不履行に基づく解除の手続と類似している。すなわち、Contractorは、まず通知をもって解除の意思をEmployerに伝え、是正のための猶予期間を与える必要がある。Contractorの通知を受領してから14日間以内にEmployerが違反を是正しない場合には、Contractorは、2通目の通知をもって直ちに契約を解除することができる(16.2.1項、16.2.2項)。

 ただし、契約の譲渡に関する違反、長引く工事の中断、破産等、および贈収賄等の事由に基づく解除の場合は、ContractorはEmployerに猶予期間を与えることなく、最初の解除通知によって直ちに契約を解除できる(16.2.1項、16.2.2項)。

 

 (c) 解除後のContractorの義務

 Employerの債務不履行に基づく解除後のContractorの義務は、Employerによる理由なしの解除の場合と同じである(16.3項)。具体的な内容は、速やかに作業をやめる義務や、サイトからの立ち退き義務等を含むが、詳細は前回を参照されたい。

 

 (d) 解除後の清算処理

 Contractorが16.2項に基づいて契約を解除した場合、Employerは、Contractorに対して、工事等の出来高や、Contractorが工事等のために調達した設備や資材の費用、および、工事等を最後まで遂行できるとの期待に基づいて合理的に負担したコストを速やかに支払う必要がある。また、足場等の一時的な工作物や不要な設備資材等の撤去費用、および、Contractorのスタッフや工事等のために雇った人員の引き揚げにかかる費用も同様に支払う必要がある。さらに、他にもContractorが解除に起因して損害等を被った場合には、Contractorが20.2項の手続を遵守する限り、かかる損害等の金額も支払うこととされている(16.4項)。これは、不可抗力事由(Exceptional Events)に基づく解除の場合に支払われる費用よりもさらに広範な費用をカバーするものであるが、Employerの帰責事由に基づく解除である以上、Contractorにはより手厚い費用補償がなされてしかるべきとの考え方が背景にあると推察される。

 なお、Employerは、ContractorにPerformance Securityを返還する義務も負う(4.2.3項)。

 

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