SH3809 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第30回 第5章・Delay(5)――Concurrent Delay 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/10/28)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第30回 第5章・Delay(5)――Concurrent Delay

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第30回 第5章・Delay(5)――Concurrent Delay

1 問題の所在

 今回は、Delayに関する応用形の論点である、Concurrent Delayについて解説する。これは、複数のDelayの原因が同時期に発生し、かつ、この複数の原因に、Employerがリスクを分担する事象と、Contractorがリスクを分担する事象の双方が含まれる、という場面である。Delayによる損失が、EmployerとContractorのいずれに帰属するかが両論考え得るため、論点となる。

 また、応用形の論点とはいっても、FIDICが対象とする大規模な建設・インフラ契約においては、多数の様々な遅延の原因が存在し得るため、実務上Concurrent Delayが問題になることは多い。その意味において、重要な論点である。

 なお、Concurrent Delayは、Employerがリスクを分担する遅延の原因と、Contractorがリスクを分担する遅延の原因が、同時期に発生するものであるところ、この同時期というのは、必ずしも時期が完全に一致することを意味しない。時期が完全に一致することもあり得るものの、多くの場合は、両者の間にズレが存在する。そのズレのあり方としては、一方の存続期間が長く、他方を完全に包含することもあれば、一方が先行し、途中で重なり、他方が後続することもある。

 

2 Concurrent Delayに関するEOTのルール

⑴ FIDICの定め

 前回述べたとおり、Delayに関する損失分担ルールとしては、Employerに発生する損失をContractorに帰属させるか否かに関するルール(EOTに関するルール)と、Contractorに発生する損失ないし増加コストをEmployerに帰属させるか否かに関するルール(prolongation costに関するルール)とがある。

 まず前者のEOTについて、FIDICでは一応規定を設けているが、そこで述べられていることは、特約(Special Provisions)の定めに従うことと、その定めがない場合には、全ての関連事情を適正に評価してEOTに関する判断を行うということである(8.5項)。すなわち、基本的には当事者が別途定めることが期待されており、FIDIC自身は具体的なルールを定めていない。

 

⑵ SCL Protocolの定め

 そこで、一般的に参照されるルールであるが、前回においても述べた、SCL Protocolが参照されることが多い。

 SCL Protocolは、22の基本原則(Core Principles)を定めているところ、その第10原則が、Concurrent DelayとEOTとの関係について定めている。その内容は、Concurrent Delayにおいては、Contractorにリスクが帰属する遅延の原因によって、EOTが縮減されてはならない、というものであり、一見Contractorに有利な内容となっている。

 もっとも、現時点でのSCLの考え方は、次の点において、Contractorに不利な側面がある。すなわち、SCL Protocol第10原則においては、ここでいうConcurrent Delayとして認められるためには、Employerがリスクを分担する遅延の原因と、Contractorがリスクを分担する遅延の原因の双方が、工事の完成の遅延をもたらすことが必要であるとされている。換言すれば、第28回において述べたcritical pathに、双方の遅延の原因がいずれも影響することが、ここでのConcurrent Delayとして認められるために、必要とされている。

 第10原則の解説をみると、この点につき、現時点ではSCLがContractorに不利な考えをとっていることが明らかとなる。具体例として、Contractorにリスクが帰属する遅延の原因が1月21日から2月25日まで存続し、Employerにリスクが帰属する遅延の原因が2月1日から2月14日まで存続した場合が挙げられているところ、この場合においては、Employerにリスクが帰属する原因の存否によって工事の完成日は左右されないから、ここでいうConcurrent Delayとは認められず、Employerにリスクが帰属する遅延の原因は存在しないものとして扱われ、EOTは認められない。

 これに対して、別の考え方として、Contractorにリスクが帰属する遅延が存在しなかった場合において、14日分(2月1日から2月14日までの分)工事の完成が遅れたと考えられる以上、この14日分についてEOTを認める考え方もある。しかし、SCL Protocolは、少なくとも現時点ではこの考え方を採用しないとしている。その背景としては、一般的に、Contractorの方が、Employerよりも工事の進捗に対してより強い影響力がある以上、Contractorが工事の早期完成に対して持つインセンティブを、なるべく損なわないようにする、という配慮が考えられる。すなわち、工事の完成日に影響がないにも拘わらず、偶々Employerにリスクが帰属する遅延の原因が生じたことによって、ContractorがEOTという利益を得て、その分遅滞の責任を免れることは、工事の早期完成という観点からは、望ましくないという問題意識が考えられる。

 もっとも、SCLも第10原則の解説において、今後、現時点の考えを改めて、上記の別の考え方(EOTを認める考え方)をとる可能性があることを示唆している。現時点の考え方は、英国の下級審裁判例に基づくものであるところ、英国の上級審裁判所が別の考え方をとった場合には、見直しが必要になると述べられている。

 

⑶ ルールの定まり方

 法的拘束力を持つのは基本的に、法令の内容か、契約の内容である。

 すなわち、FIDICは上記のとおり、特約(Special Provisions)でConcurrent DelayとEOTに関するルールを定めることを想定しているところ、たとえば、SCL Protocolの内容を契約当事者が特約として定めれば、その内容が契約内容として法的拘束力を持つ。

 これに対し、このような特約がない場合であるが、FIDICの規定によれば、全ての関連事情を適正に評価してEOTに関する判断を行うということになるところ(8.5項)、抽象的な内容であり、いかなる基準で判断されるかが明らかではない。また、建設・インフラ工事契約の解釈として、当事者の合理的意思を探求しルールを導くというアプローチも考えられるが、この合理的意思解釈の要素として様々な事項が考慮され得るのであり、その内容も一義的に明らかではない。

 他方、契約準拠法とされる国の法令によって、Concurrent DelayとEOTに関するルールが定められていれば、それを適用するというアプローチも考えられる(契約関係においても、契約書で定められていない事項については、法令を適用するというのは一般的なアプローチである)。また、上記の合理的意思解釈の要素として、当該法令の内容を重視するというアプローチもある。

 いずれにせよ、契約書ないし特約として明確に定められていなければ、契約準拠法とされる国の法令が、重要な意味を持ち得るのであり、参照する必要性が高い。

 もっとも、Concurrent DelayとEOTに関するルールを特に定めていない法令もあり、現に日本法においても、ルールは特に定められていない。その結果、具体的な手がかりがなく、仲裁人等の判断権者の裁量に委ねられることもある。

 SCL Protocolはガイドであり、直ちに法的拘束力を持つものではないものの、広く参照されており、仲裁人等の判断権者の裁量に委ねられた場合には、参照される可能性が高いものである。

 

3 Concurrent Delayに関するprolongation costのルール

 次に、Contractorに発生する損失ないし増加コスト(prolongation cost)をEmployerに帰属させるか否かに関するルールであるが、FIDICには、Concurrent Delayに関する規定はない。

 一方、SCL Protocolは、第14原則としてルールを定めており、その内容は、Contractorがリスクを分担する原因によって生じた増加コストから切り離して、Employerがリスクを分担する原因によって生じた増加コストであることをContractorが立証したときは、当該増加コストについてContractorのEmployerに対する請求が認められるというものである。すなわち、Contractorに発生する損失ないし増加コストについては、特別の分担ルールを定めることなく、Contractorによる立証の問題のルールとして、定められている。

 なお、この考え方は、FIDICと整合し得る。すなわち、FIDICにおいては、前回述べたとおり、基本的に、工事代金の増額が認められるか否かという形で、Contractorの損失ないし増加コストの問題が扱われるところ、Contractorがその工事代金増額の理由となる事実と、そこで増額するべき金額とを立証する必要がある。その立証を、Concurrent Delayの場合において、厳格に求めるというのが上記のSCL Protocolの考え方であり、FIDICの枠組みと整合し得る。

 このように、Concurrent Delayについて、EOTの論点と、Contractorの増加コスト(prolongation cost)の論点とで、SCL Protocol上も異なるルールとなっているところ、これはConcurrent Delayに限らず、一般的なことである。SCL Protocolにおいても、第12原則として、EOTの問題と、Contractorの増加コスト請求の問題は別であり、一方が認められたからといって、他方が認められるとは限らないことが、明記されている。

 また、第12原則の解説を見ると、EOTの算定において、将来に向けた遅延の予想をベースにする一方、prolongation costの算定においては、過去の時点で現実に発生した増加コストをベースとした場合、どちらも遅延期間に関する計算であるにもかかわらず、算定結果に違いが生じ得るという点が、指摘されている。要するに、算定方法に多様性があるという点からも、EOTとprolongation costは完全に連動するものではないということである。

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