◇SH3918◇中国:EUがWTOに提訴した中国の新しい知財戦術「禁訴令」(下) 鹿 はせる(2022/02/25)

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中国:EUがWTOに提訴した中国の新しい知財戦術「禁訴令」(下)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿   はせる

 

(承前)

4. EUが行った提訴

 EUは、中国が民事保全手続の一種として、外国企業に対して、中国以外の裁判所に救済を求めることを禁じる効力を持つ禁訴令を下す方針を国として認めていること、2020年8月に中国最高人民法院が下した禁訴令以降、実際に数々の下級審が禁訴令を発令していること等の行為が、TRIPS協定で定められた知的財産権者の権利侵害の排除(1.1条、28.1条)、契約締結の権利(1.1条、28.2条)、正当な取引を妨げる障壁の回避義務(41.1条)等に違反していると主張している。

 次に、EUは、中国で上記裁判所が下した禁訴令のうち、少なくとも3つの事件は(②のXiaomi対InterDigital、③のZTE対Conversant及び④のOPPO対Sharp)は、裁判所の最終的な決定書をパブリックサーチにより発見できないと指摘しており[11]、そのことはTRIPS協定で定められた知的財産権の司法上の決定の透明性の確保義務(63.1条)に違反すると主張している。

 更に、EUは、2021年7月以降、EUが中国に対して相次ぐ禁訴令及び特許関連政策に関して公式に照会しているにも関わらず、中国から同年9月に回答義務がないと返答を受けたことが、TRIPS協定で定められた加盟国による知的財産権保護に関する情報提供義務(63.3)に違反すると主張している。

 EUの協議要請を受け、今後WTOでは60日以内に協議(consultation)が行われ、解決できない場合は、パネルの設置による紛争解決が予定される。EUは紛争解決が整わない場合、対抗措置(countermeasures)を取る可能性もある。

 

5. コメント

  1. ►  禁訴令はあくまで中国民事保全手続における仮処分の一種であり、その効力も中国国内にしか及ばないが、他の裁判所での関連訴訟の訴え提起、既存の訴えの取下げ及び執行の禁止を、高額な制裁金を含む間接強制条項で実効性を持たせているため、申立てを受けた当事者(標準必須特許権者)が中国に事業及び資産を有する場合には非常に強い制約となる。中国においても2020年8月の中国最高人民法院裁決までは、少なくとも知財関連の仮処分として前例がなかったとされることから、新しい知財ルール又は戦術と評価できる。
     
  2. ►  既に日系企業を対象とする禁訴令も発令されている上、携帯電話関連に限らず、標準必須特許を保有する日本企業又は業界団体は、類似訴訟を中国で提起され、禁訴令を発せられるリスクがあるから、EU・中国間のWTOの協議の動向に着目する必要がある。
     
  3. ►  中国最高人民法院は2020年8月の裁決において、禁訴令の発令を認める考慮要素として、(a) 外国裁判所の判決・処分の執行が中国で進行中の裁判に与える影響、(b) 禁訴令の保全措置としての必要性、(c) 禁訴令を認めない場合の申立人に対する不利益と、被申立人に対する不利益の衡量、(d) 禁訴令を認めた場合の公共の利益に対する影響、及び、(e) 禁訴令を認めた場合の国際礼譲との適合性を斟酌するとしている。
     
  4.    しかしこのうち、(a) – (d) はいずれもかなり緩やかに認められており[12]、客観性がありメルクマールとして働くのは (e) であると思われる。すなわち、中国最高人民法院は (e) の認定において、①Huawei対Conversantのケースでは、原審(南京中級人民法院)がHuaweiの訴訟提起を受理したのは2018年1月であるが、ドイツのデュッセルドルフ地裁がConversantの訴訟提起を受理したのは2018年4月であることを指摘し、中国での裁判が先に開始していたことを、海外訴訟の執行禁止を正当化する重要な要素として挙げている。
     
  5.    このロジックに従えば、標準必須特許権者が中国の禁訴令を回避するための手段としては、本案の訴えを提起される前から、一刻も早く、自ら予防的に訴訟を提起することが必要となる。
     
  6. ►  もっとも、上記の通り、禁訴令はあくまで中国国内でしか効力を有さないため、被申立人である標準必須特許権者が海外で禁訴令と矛盾抵触する判決や処分を求めることは事実上止められない。この点、②Xiaomi対InterDigitalのケース[13]では、InterDigitalは禁訴令が発令された後で、インドのデリー高裁及びドイツのミュンヘン地裁にて武漢中級人民法院の禁訴令の効力を認めない反禁訴令を申し立て、認められている。異なる国で矛盾抵触する決定が出されたこととなるが、本件では結果的に和解が成立しており、背景としてはXiaomiが、同社のインド事業の重要さを考慮したと言われている。
     
  7.    したがって、仮に中国で先に訴訟を提起され、禁訴令の発令を受けた企業の有効的な反撃方法は、中国で禁訴令を申し立てた当事者が実質的な事業・資産を保有しており、かつ自らに有利な判決・決定を下す可能性が高い国では反禁訴令等の救済を求めることが考えられる[14]。このように現在禁訴令については、相手方にとって「痛い」と思える国で自社に有利な禁訴令又は反禁訴令の発令を得て、和解協議に持ち込む傾向にあり、これによって中国裁判所の禁訴令は、当初ほど有効ではなくなっているとの見方もできる。
     
  8. ►  作為・不作為を対象とする仮処分が発令される場合は、その対象範囲及び発令の有効期間が重要である。この点、まず対象範囲について、中国最高人民法院が自ら禁訴令を発令した①Huawei対Conversantのケースでは、差止めの効力が及ぶのは外国裁判所(ドイツ・デュッセルドルフ地裁)が下した特定の決定の執行と限定されていた。しかし、その後の下級審では、特定の判決・決定のみならず、今後類似訴訟を(範囲を限定せず)全世界範囲で提訴してはならないことや、既存の判決、決定又はその申立てを撤回するよう求めるなど、禁訴令の対象範囲が著しく拡張されている。
     
  9.    また、発令の有効期間については、各禁訴令とも「裁判の効力発生まで」とされている。これは、知財紛争保全規定13条2項が、知的財産権侵害の中止命令については原則「裁判が確定し効力が発生するまで」維持されるべきと規定しているためである。しかし、他の裁判所に救済を求めることと、知的財産権の侵害行為を当然に同一視して良いか、議論の余地があると思われる。
     
  10.    以上のように禁訴令の内容についてはかなり「大胆」な内容も散見されるが、その背景としては、中国では裁判所が出した保全仮処分に対して、上級裁判所に対する抗告が認められておらず、同一裁判所の不服申立て(中国語:复议)しか認められていないこと(知財紛争保全規定14条)、及び、緊急の場合裁判所は保全仮処分の申立てに対して、48時間以内に審理しなければならないこと(民事訴訟法103条3項)により、十分な検討・レビューの時間がとれないまま発令する必要があるためと考えられる。
     
  11. ►  本件各訴訟では、仮に禁訴令が発令されなくとも、中国の裁判所では特許侵害の有無及びFRAND条件を満たすロイヤリティのレート等に関して、他の国の裁判所と矛盾する判決が下される可能性があったと予想される。その場合、結局各当事者は不利な判決が自らにとってどの程度「痛い」ものかと、判決を下した国が自社の事業にとってどの程度重要かを勘案しながら、和解交渉を行うものと思われる。そうすると、より本質的な問題は各国の裁判所の判決の矛盾及びその調整を可能とする仕組みの不在であり、禁訴令の応酬は、和解交渉を判決よりも先に当事者に促すものに過ぎないのではないかとも思われる[15]

 


[11] EUが指摘したのは、中国が公式に裁判文書を開示しているChina Judgements Online(中国裁判文书网https://wenshu.court.gov.cn/)において、各決定書が見当たらないということであるが、同ウェブサイトで公開されている裁判文書は網羅的ではない。筆者は同ウェブサイト以外のリサーチで、④のOPPO対Sharp以外の決定書を見つけて読むことができた。

[12]  (a) については、外国裁判所と中国裁判所の判断に実質的矛盾抵触があれば影響があると認められるが、そもそも矛盾抵触がなければ禁訴令は必要にならないはずである。(b) – (d) については、禁訴令を発令した場合の被申立人(標準必須特許権者)の不利益を、「外国訴訟の一時的、暫定的な遅延に過ぎない」と認定する一方、禁訴令を発令しなかった場合の申立人(携帯電話メーカー)の不利益を、特許侵害及び高額のロイヤリティレートが認められた外国判決・決定が執行されれば、申立人は当該市場から締め出されるなど重大な不利益を被ると認定している。しかし、被申立人とすれば、中国の裁判で自身の特許が無効又は低額のロイヤリティレートが認められた場合の不利益も大きいはずである。

[13] 本ケースでも、決定書を読む限り、Xiaomiの中国での提訴が早かったようである。

[14] InterDigital社自身は米国企業であるが、米国裁判所で救済を求めなかったのは、Xiaomiは米国でめぼしい事業・資産を有しておらず、仮に米国で有利な判決・決定を下してもらったとしても、Xiaomiにとっては実質的影響が少ないことを考慮したと報道されている(例えば、https://www.wsj.com/articles/china-wields-new-legal-weapon-to-fight-claims-of-intellectual-property-theft-11632654001を参照)。

[15] 但し、特許の有効性、侵害の有無及びFRAND条件に関して中国の裁判所と異なる判決を下す国であっても、保全手続として禁訴令及び反禁訴令を発令することは民事保全法制及び先例上簡単に認められない国は想定できる(日本もそうではないかと思われる)。その意味で、禁訴令・反禁訴令は、一旦ある国で大々的に活用されると他国の裁判所においてもそれを認めないと当事者の一方にとって不利になるため、世界中の裁判所にとってジレンマとなりうる。

 


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(ろく・はせる)

長島・大野・常松法律事務所東京オフィスパートナー。2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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