SH3937 ベトナム:労働者を外国の関連会社等に出向させる場合の規制(2) 井上皓子/Hoai Truong(2022/03/15)

そのほか労働法

ベトナム:労働者を外国の関連会社等に出向させる場合の規制(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 井 上 皓 子

ベトナム弁護士 Hoai Truong

 

(承前)

 日系企業を含む外資企業では、自社のベトナム労働者を、その知識・技能水準の向上のため、海外の親会社や関連会社に出向させ、OJTで訓練することが珍しくない。前回は、それにあたり、A) 現地法人との労働契約を維持したまま職業訓練契約を締結して外国法人に出向させる方法、B) 現地法人を一旦退職させたうえで外国法人で雇用し、訓練終了後に再度現地法人で雇用する方法の2つが考えられることを説明し、前者について解説をした。今回は、後者の方法と考えられる法的なメリット・デメリット等について説明していく。

 

3 ベトナム現地法人退職→外国の受入先と労働契約を締結→帰国後ベトナム現地法人との労働契約を再締結する方法

⑴ 要件

 現地法人との雇用関係にないベトナム人労働者が、外国法人との間で直接雇用契約を締結する場合、労働者送出法に定める「外国における使用者と直接締結した労働契約に基づいて外国に出る場合」に当たり(労働者送出法第5条第3項)、次の要件を満たす必要がある(同法第50条)。

  1. (ⅰ) 労働者が、自由な意思に基づき外国に就労するものであり、受入国が要求する専門性・職業技能等の条件を備えていること等、労働者の資格及び健康状況に関する要件を充足していること
  2. (ⅱ) 労働者と受入先企業との間で、賃金・業務内容・労働条件その他労働者送出法に定める内容を含む労働契約を締結していること
  3. (ⅲ) 労働契約を、労働者が居住する地方の省級人民委員会に属する労働に関する専門機関に登録し、労働契約登録証明書を有すること
⑵ この方法を取るメリット

 現地法人との間の雇用を継続する場合(前回解説した上記Aの場合)、ベトナム現地法人と労働者の間の労働契約、現地法人と労働者との間の職業訓練契約、ベトナム現地法人と外国法人との労働者受入契約の3つの契約関係が併存することとなる(なお、受け入れ先と労働者との間にベトナム労働法上の契約関係は発生しない。)。そのため、ベトナム現地法人は、少なくとも2種類の契約を追加で締結する必要があり、労働者出国後5営業日以内に外国就労中の労働者のデータベースをアップデートする義務を負い、外国研修中も引き続き使用者として当該労働者及び国家機関に対する義務・責任を負うこととなる(詳細は前回の記事をご参照ください)。

 これに比べ、このBの方法による場合、労働者はベトナム現地法人を退職して、外国の受入先と直接労働契約を締結するため、外国の受入先と労働者の間の労働契約関係しか存在しないこととなり、契約関係は非常にシンプルになる。また、ベトナム現地法人は国家機関及び当該労働者に対して、使用者としての責任を負う必要がない。

⑶ この方法を取るデメリット・注意点

 他方で、法的に見ると、この方法については、以下のような問題があり、留意が必要となる。

  1. ① 現地法人に帰任することを制度として保証することができないこと。
  2.    前回解説したAの方法では、訓練終了後に元の雇用先で労働に従事する義務及びその就労期間を職業訓練契約に定めることができる(労働法第62条第2項)。また、労働者が訓練を受けた後、復職せずに元の雇用先との労働契約を一方的に終了した場合、企業は、訓練費用の返還を請求することもできる(労働法第42条)。
  3.    他方で、いったん現地法人との雇用を完全に終了するBの場合、そうした再就労を保証する制度はない。例えば、労働者との間で、研修終了後の再就労を誓約させ、再就労しなかった場合には研修費用相当の損害賠償をすることを定めた誓約書を締結するということも考えられるが、実際には、職業選択の自由との関係もあり、そうした誓約書に基づく損害賠償が認められる可能性は法的には高くなく、また、現実的に損害賠償を回収することができる可能性も高くはないように思われる。
     
  4. ② 送出機関のライセンスに觝触するおそれがあること。
  5.    労働者を、外国に就労させることを目的として、面接や書類の準備等のサポートをすること、特に、外国語教育を受けさせたり、オリエンテーションを行ったりすることは、労働者送出法に定める「契約に基づいて海外で勤務するベトナム人労働者を送り出すサービスを行う活動」に当たる可能性がある(同法第9条)。こうしたサービス活動は、労働者送出法に定める「契約に基づいて外国で就労するベトナム人労働者を派遣するサービス事業者」(いわゆる「送出機関」)しか行うことができず(同法第8条第1項)、送出機関のライセンスは100%ベトナム内資企業しか取得することはできない。
  6.    具体的にどのような業務・サービスが、この「契約に基づいて海外で勤務するベトナム人労働者を送り出すサービスを行う活動」にあたるのかは明確ではない。通常は、研修のための派遣の目的でこうしたサポートを行う場合、それ自体によって利益を得ているわけではないため、規制対象となる可能性は高くはないと考えらるが、文言上は規制対象にあたりうるため、自己が雇用する労働者への教育であって利益目的ではないと整理してよりリスクを下げるために、こうしたサポートは退職前に行うことが望ましい。
     
  7. ③ 受入先国での労働法制等に服すること
  8.    特に、ビザ等の取得との関係もあり、研修先との契約関係や、研修先での労働内容がどのようになるのかを、受入先国の法制度に照らしてよく確認する必要がある。例えば、日本の親会社で研修をする場合、Aの場合とBの場合では、取得するビザが異なる可能性がある。来日の期間や労働者の業務内容、出向条件等を踏まえ、専門家と事前によく確認する必要がある。
  9.    また、想定される研修期間に相当する有期雇用契約を締結することとなるが、日本では原則として上限は3年で、また、期間途中での解雇はできない。

以 上

 


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(いのうえ・あきこ)

2008年東京大学法学部卒業。2010年東京大学法科大学院修了。2011年弁護士登録(第一東京弁護士会)。2018年より、長島・大野・常松法律事務所ハノイ・オフィス勤務。
日本企業によるベトナムへの事業進出、人事労務等、現地における企業活動に関する法務サポートを行っている。

 

(Hoai・Truong)

2013年Hanoi Law University及び名古屋大学日本法教育研究センター(ハノイ)卒業後、2019年に名古屋大学大学院法学研究科にて法学博士号を取得。翌年ベトナム弁護士資格を取得し、長島・大野・常松法律事務所ハノイオフィスに入所。日越双方の法律に関する知識を活かして、ベトナムで事業活動を行う日本企業へのベトナム法のアドバイスを行っている。

 

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