SH4886 最二小判 令和5年11月27日 取立金請求事件(三浦守裁判長)

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最二小判 令和5年11月27日 取立金請求事件(三浦守裁判長)

 

【判示事項】

抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に賃貸人との間でした、抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と上記の差押えがされた後の期間に対応する賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意の効力を抵当権者に対抗することができるか

 

【判決要旨】

抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に、賃貸人との間で、抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と上記の差押えがされた後の期間に対応する賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をしたとしても、当該合意の効力を抵当権者に対抗することはできない。
(意見がある。)

 

【参照法条】

民法304条1項、372条、505条1項、民事執行法193条1項

 

【事件番号等】

 令和3年(受)第1620号 最高裁判所令和5年11月27日判決(裁判所ウェブサイト掲載) 破棄自判 

原 審:令和3年(ネ)第381号 大阪高裁令和3年7月9日判決 

 

【判決文】

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=92519

 

【解説文】

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1 事案の概要

 本件は、建物の根抵当権者であり、物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえたXが、賃借人であるYに対し、当該賃料債権のうち未払分の支払を求める事案である。

 Yは、上記の差押えに先立ち、賃貸人との間で、期限の利益を放棄した賃料債務に係る債権とYの賃貸人に対する債権(根抵当権設定登記前に取得した債権と同登記後に取得した債権がある。)とを直ちに対当額で相殺する旨の合意(以下「本件相殺合意」という。)をしていたことから、Yが本件相殺合意の効力をXに対抗できるか否かが争われた。

 

2 問題の所在

 物上代位権に基づく賃料債権の差押えと賃借人による賃料債権を受働債権とする相殺の優劣について、最三小判平成13・3・13民集55巻2号363頁(以下「平成13年最判」という。)は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は、抵当不動産の賃借人は、抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権(以下「登記後取得債権」という。)を自働債権とする賃料債権との相殺をもって、抵当権者に対抗することはできないと説示し、その理由として、差押えの前は、賃借人のする相殺は何ら制限されないが、差押えの後は、抵当権の効力が物上代位の目的となった賃料債権にも及ぶところ、物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができるから、登記後取得債権と物上代位の目的債権とを相殺することに対する賃借人の期待を抵当権の効力に優先させる理由はないとした上で、賃借人の債権が登記後取得債権であるときは、相殺予約をしていた場合においても、差押えの後に発生する賃料債権については、物上代位をした抵当権者に対して相殺予約の効力を対抗することができない旨判示した。

 また、最二小判平成21・7・3民集63巻6号1047頁(以下「平成21年最判」という。)は、平成13年最判の判断枠組みが担保不動産収益執行にも妥当することを示し、賃借人が抵当権設定登記の前に賃貸人に対して取得した債権(以下「登記前取得債権」という。)については、担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後であっても、同債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができる旨判示した。

 以上の判断枠組み(平成29年法律第44号による改正前の民法下におけるもの)を整理すると、①賃借人の自働債権が登記前取得債権であるときは、賃借人は、相殺がされた時期が物上代位による差押えの前後のいずれであったとしても、相殺をもって、抵当権者に対抗することができる、②賃借人の自働債権が登記後取得債権であるときは、賃借人は、相殺をもって、抵当権者に対抗することはできないが、抵当権者が物上代位により差し押さえる前であれば、何らの制限を受けずに相殺することができる、ということになる。

 本件相殺合意は、物上代位による差押え後の期間に対応する賃料債権(以下「将来賃料債権」という。)を差押え前に発生させた上で、これと登記前取得債権及び登記後取得債権とを直ちに対当額で相殺することにより、差押え前に相殺合意の効果を生じさせることを企図するものであり、このような本件相殺合意の効力をもって物上代位により将来賃料債権を差し押さえた根抵当権者であるXに対抗することができるか否かが問題となる。

 

3 裁判所の判断

⑴ 原判決は、期限の利益が放棄された賃料債務に係る債権を受働債権とする相殺の効力が否定される理由はなく、その後に抵当権者が当該債権を差し押さえたとしても、差押えの効力は生じないところ、このことは相殺合意であっても同様であるから、Yは、Xに対し、本件相殺合意の効力を対抗することができると判断し、Xの請求を棄却すべきものとした。

⑵ これに対し、本判決は、判決要旨のとおり判示した上で、本件の事実関係等によれば、本件相殺合意の効力により将来賃料債権と対当額で消滅する対象債権は登記後取得債権のみであるから、Yは、Xに対し、本件相殺合意の効力を対抗することはできないとして、原判決を破棄し、Xの請求を認容した。

 

4 説明

 ⑴ 本件論点については、将来賃料債権を受働債権とする相殺による債務消滅の効果について、物上代位により将来賃料債権を差し押さえた抵当権者に対抗できないとする見解(以下「物上代位優先説」という。)と対抗できるとする見解(以下「相殺優先説」という。)が考えられる。

 物上代位優先説に立つ学説には、その根拠として、①抵当権設定登記により差押え後に生ずる賃料債権に対して抵当権の効力が及ぶことは公示されていることを指摘するもの(古積健三郎・みんけん559号(2003)12頁)、②将来賃料債権の処分権限は抵当権者に帰属し、賃貸人による処分は、他人の権利の無権限処分にすぎないとするもの(占部洋之・法学教室254号(2001)114頁)、③賃料債権は賃貸不動産の果実にすぎないから、将来賃料債権の処分は賃貸不動産本体の物権的処分には対抗し得ないという理解を前提として、賃料債権をもってする相殺の期待も一種の担保権であることを理由に将来賃料債権の相殺をもって物上代位権の行使に対抗できないとするもの(生熊長幸・金融法務事情1609号(2001)31頁)、④受働債権の期限の利益を失わせたり受働債権を前倒しで発生させることとしたりして差押え前に相殺適状を作り出す相殺合意は、物上代位権の消滅を利用して、差押え後に発生する賃料債権について抵当権に劣後するはずの地位を逆転させるものであり、このような効力を容認するのは、抵当権を侵害し不当であることを指摘するもの(松岡久和・金融法務事情1595号(2000)36頁)などがある。物上代位優先説に立つ裁判例としては、東京地判平成16・3・25金融法務事情1715号98頁等がある。

 相殺優先説は、物上代位による差押えの前であれば、将来賃料債権について期限の利益ないし条件不成就の利益を放棄して相殺することは制限されないから、相殺による債務消滅の効果が発生し、当該債権を差し押さえることはできないことを根拠とするものと考えられる(白石大・早稲田法学89巻2号(2014)48頁は、賃料債務は賃貸借契約の成立と同時に発生する期限付債務であることを前提として同説に立つ。)。相殺優先説に立つ裁判例としては、本件の第1審及び原審がある。

 ⑵ 本判決は、物上代位優先説を採用し、その理由として、平成13年最判の説示を参照した上で、賃借人が、物上代位による差押えの前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をした場合であっても、物上代位により抵当権の効力が将来賃料債権に及ぶことが抵当権設定登記によって公示されており、これを登記後取得債権と相殺することに対する賃借人の期待を抵当権の効力に優先させて保護すべきといえないことは、平成13年最判の場面と異なるものではなく、上記合意は、将来賃料債権について対象債権として相殺することができる状態を作出した上でこれを上記差押え前に相殺することとしたものにすぎないというべきであって、その効力を抵当権の効力に優先させることは、抵当権者の利益を不当に害するものであり、相当でないことを挙げた。

 本件論点については、相殺合意により差押え前に将来賃料債権が消滅したか否かという問題と捉えるのではなく、将来賃料債権に対する抵当権者の優先弁済請求権と賃借人の相殺期待との調整の問題であるとみて、賃借人が相殺合意の効力を抵当権者に対抗することができるかという観点から判断することが相当であると思われる。本判決は、このような観点を前提とした上で、①抵当不動産については、潜在的にではあるが、抵当権設定登記による公示により、将来賃料債権に対して抵当権の効力(優先弁済請求権)が及んでいることから、物上代位権に劣後する登記後取得債権については、差押え前であったとしても、将来賃料債権との相殺についての賃借人の期待を保護すべきであるということは困難であること、②このような相殺が物上代位による差押えに優先するものとすると、抵当権設定者は、抵当権者が差押えをする前に将来賃料債権を相殺することによって容易に物上代位権の行使を免れることができることになるが、このことは抵当権者の利益を不当に害するものといえること、③そして、以上にみた物上代位による差押えと相殺(法定相殺)との優劣に関する利益状態は、相殺合意においても同様であることを踏まえて、物上代位優先説を採用したものと解される。

 ⑶ 本判決は、「本件相殺合意の効力がYに対する本件差押命令の送達前に生じたか否かにかかわらず」と説示するが、これは、賃料債権は、賃貸借契約の締結により確定的に生ずる期限付債権ではなく、各期において賃貸人が賃借目的物を賃借人の使用収益が可能な状態に置いたことを停止条件とする将来債権であるとする判例(大判大正2・6・19民録19輯451頁等)の立場からすれば、相殺適状にするためには期限の利益の放棄では足りない(条件不成就の利益の放棄を要する)とも考え得ることを踏まえたものと思料される。

 なお、将来賃料債権については、相殺の可否及びその要件が問題となるが、契約自由の原則の下、少なくとも、相殺合意については、これが一切許されないとは解されない。本判決の上記説示もこのような立場を前提とするものと考えられる。

 ⑷ 本判決には、三浦裁判官の補足意見が付されており、相殺合意における充当関係について参考になるものと思われる。また、本判決には、国民の福利の総和の最大化という観点から、多数意見と同じ結論を導いた草野裁判官の意見が付されている。

 ⑸ 本判決は、賃料債権についての物上代位による差押えと相殺の優劣に関して残された問題につき、最高裁として初めて法理判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると考えられる。

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