SH3956 「東京機械製作所事件最高裁決定」に対するコメント――許可抗告申立て理由書を踏まえて―― 松尾健一(2022/03/28)

組織法務株主総会M&A・組織再編(買収防衛含む)

「東京機械製作所事件最高裁決定」に対するコメント
――許可抗告申立て理由書を踏まえて――

大阪大学教授

松 尾 健 一

 

1 はじめに

 東京機械製作所(TKS)がアジア開発キャピタルおよびその子会社であるアジアインベストメントファンド(ADCら)による市場取引によるTKS株式の大量買集めに対応して行おうとした新株予約権の無償割当て(本件新株予約権無償割当て)について、ADCらが差止めの仮処分を申し立てた事件において、最高裁判所は、本件新株予約権無償割当てを適法とした東京高等裁判所の決定(高裁決定)を是認し、ADCらによる特別抗告・許可抗告を棄却する決定(最高裁決定)をした。

 最高裁決定には判断の実質的な理由は示されていない。しかし、最高裁決定では「所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない」という表現が用いられていることから、高裁決定の結論だけではなくその理由付けも含めて正当であると判示したものであり、高裁決定で示された法律的判断が判例となる可能性があると指摘されている[1]

 そこで以下では、ADCらの代理人らによる許可抗告申立て理由書に記載された主張を踏まえて、そこに示された争点について高裁決定がどのような判断をしたのかを確認することで、今後の買収防衛策をめぐる実務への示唆を得たい。

 

2 株主平等の原則違反の点

⑴ ブルドックソース事件最高裁決定の解釈

 抗告理由の主張は大きく3つに分かれる。1つ目は本件新株予約権無償割当てが株主平等の原則に違反するというものである(「第1 抗告の理由①」)。この点について高裁決定は、「特定の株主による会社の経営支配権取得の現実的可能性が生じ、それによって会社の企業価値がき損され、ひいては株主の共同利益が害されることになるような場合に、それを防止するために行われる新株予約権無償割当て等の措置については、利益侵害を受けるおそれのある株主が、株主総会において、会社の企業価値がき損され、ひいては株主の共同利益が害されることを防止するために新株予約権無償割当て等の措置をとる必要があると判断し、かつ、新株予約権無償割当て等の措置が相当である場合」には株主平等の原則に反しないとしている。

 抗告理由は、株主平等の原則違反に関して高裁決定が示した規範は、ブルドックソース事件最高裁決定[2](抗告理由では「平成19年最決」)と同旨であるところ、その適用において平成19年最決の解釈を誤っていると主張する。平成19年最決は、「特定の株主による経営支配権の取得に伴い、会社の企業価値がき損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるか否かについては、最終的には、会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきものである」と判示している。抗告理由は、「会社の利益の帰属主体である株主」には、買収者である「特定の株主」も含まれると解すべきことを前提として[3]、本件新株予約権無償割当ての是非を株主に問うために開かれたTKSの株主総会(本件株主意思確認総会[4])において、意思確認の対象となる株主からADCらを除外したことは、平成19年最決に反するというものである(「第1の2⑴」)。この主張の当否を判断するには平成19年最決を正しく理解することが不可欠である。

 まず、平成19年最決において株主が判断すべきとされている「特定の株主による経営支配権の取得に伴い、会社の企業価値がき損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるか否か」とは、会社の支配権の変動によってその会社の企業価値が向上するか、減少するかを意味するものと解される[5]。これは、ニッポン放送事件高裁決定[6]が、「〔支配権の変動が〕会社の利益に沿うか否かの判断自体は、……株主や株式市場の……判断や評価にゆだねるべき筋合いのものである」と述べているのと同趣旨であると解される。

 そうすると、特定の株主による公開買付けが開始されていた平成19年最決の事案においては、対象会社の株主は、対象会社の現経営陣の下で実現しうる株価より公開買付価格のほうが高いと判断すれば公開買付けに応募し、安いと判断すれば応募しないことで、特定の株主に支配権を取得させた場合と現経営陣に経営を担当させた場合のいずれが企業価値を向上させられるかを判断することができた。それにもかかわらず、公開買付けへの応募という形での株主意思の表明とは別に株主総会決議という形で株主意思を確認し、そこで確認された株主意思に基づいて公開買付けによる支配権取得を断念させるような防衛策を発動することの合理性が問題となる[7]

 この点については、公開買付けの強圧性の観点から平成19年最決の合理性を説明することが試みられている。すなわち、平成19年最決の事案では、買収者が対象会社の支配権取得後の事業計画等を明らかにしていなかったため、公開買付けによって買収者が支配権を獲得した場合に対象会社の事業がどうなるのか、対象会社の少数株主がどのように扱われるのかが不確実であった。その結果、仮にある株主(A)が公開買付けに応募するより、現経営陣の下で経営を続けたほうがより高い株価が実現すると考えていたとしても、他の株主が公開買付けに応募して買収者が支配権を獲得するとAは買収者の支配下で少数株主となることの不安から、公開買付けに応募する可能性があったといえる。これが公開買付けの強圧性の問題である[8]

 平成19年最決の事案では、公開買付けに応募するか否かの判断とは別に株主が買収者による支配権取得に対する賛否の意思表示をする機会を設けることで強圧性の問題を解決することができた[9]。Aが支配権取得に反対の意思表示をしたところ賛成が多数であったとしても、Aはその結果を踏まえて公開買付けに応募することができるようにしておけば強圧性にさらされることはない。防衛策発動の承認にかかる株主総会決議を、買収者による支配権取得にかかる株主意思の確認の場ととらえれば、平成19最決の判示は、公開買付けの強圧性に対処するための仕組みの有効性を認めたものと評価できる[10]

⑵ 本件における高裁決定の判示

 高裁決定は、ADCらによるTKS株式の買集めについて、「〔公開買付けの対象とならない〕市場内取引における株式取得を通じて、……3分の1を超える株式を短期間のうちに買収する行為は、一般株主からすると、投資判断に必要な情報と時間が十分に与えられず、買収者による経営支配権の取得によって会社の企業価値がき損され、ひいては株主の共同利益が害される可能性があると考えれば、そのリスクを回避する行動をとりがちであり、それだけ一般株主に対する売却への動機付けないし売却へ向けた圧力(強圧性)を持つ行為と認められる」として、ADCらによる株式買集めが強圧性を伴うものであったと認定している[11]

 これを前提として、「株主らが〔ADCら〕による〔TKS〕株式の〔強圧性を持つ〕買付行為について適切な判断を下すための十分な情報と時間を確保することができないことが、会社の企業価値のき損ひいては株主の共同利益を害することとなるか否か[12]、それを防止するために本件対抗措置を発動することが必要か否かについて株主総会において当該株主のみの意思確認を行うことは、直ちに不合理であるとはいえない」とする。これは本件株主意思確認総会を、ADCらによる株式買付けの強圧性を解消するために設けられた株主意思の確認の場ととらえるものであり、上記の平成19年最決についての学説の説明と同趣旨であると解することができる。

 このような考え方からすれば、株主意思確認総会において意思確認の対象となる株主(議決権を行使させるべき株主)は強圧性にさらされている株主であるということになり[13]、買付けを行っているADCらがこれに含まれないことは当然の帰結である。したがって、平成19年最決を公開買付けの強圧性の問題に対処するための手段として、株主総会決議[14]に基づく新株予約権無償割当てを許容したものと理解すれば、本件における高裁決定の判示は平成19年最決と矛盾するものではないということができる[15]

 

3 不公正発行に関する点

 抗告理由の主張の2つ目は、本件新株予約権無償割当てが不公正発行に当たるというものである(申立て理由書「第2 抗告の理由②」)。ここでは、ニッポン放送事件高裁決定[16]が引かれ、本件における高裁決定がニッポン放送事件高裁決定に反するとの主張が展開されている。具体的には、会社の支配権争いが生じている局面では、対象会社の経営陣と支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させる目的で新株予約権の発行等を行うためには、原則として[17]その割当てが株主の判断に基づくものでなければならず、ここにいう「株主の判断」とは現経営陣と支配権を争う特定の株主を含む全株主の判断でなければならない。それにもかかわらず、本件における高裁決定は、経営陣と支配権を争う特定の株主を除外した株主の意思のみに基づいて、(濫用的買収者に当たらない[18])特定の株主の持株比率を低下させる目的で新株予約権無償割当てを許容するものであり、ニッポン放送事件高裁決定に反するというものである。

 平成19年最決も新株予約権無償割当ての不公正発行該当性について判断しているが、抗告理由ではそれを引かず、ニッポン放送事件高裁決定が引かれている。その理由は明らかではないが、次のような考えによるものとも推察される。すなわち、平成19年最決は防衛策としての新株予約権無償割当てが「株主の判断」(平成19年最決の事案では株主総会決議)に基づいて行われる際の不公正発行該当性について判示したものであり、「株主の判断」に基づかない新株予約権無償割当てについてはニッポン放送事件高裁決定が示した規範(そのような新株予約権無償割当てはきわめて例外的なケースを除いて不公正発行に当たる)が妥当するという理解である。そして、ニッポン放送事件高裁決定が、「取締役の選任・解任は株主総会の専決事項であり……、取締役は株主の資本多数決によって選任される執行機関といわざるを得ないから、被選任者たる取締役に、選任者たる株主構成の変更を主要な目的とする新株等の発行をすることを一般的に許容することは、〔会社〕法が機関権限の分配を定めた法意に明らかに反する」と判じていることを手がかりに、株主構成の変更を主要な目的とする新株予約権無償割当てを承認する「株主の判断」は、取締役の選任等と同様に全株主(買収者たる特定の株主を含む)に議決権行使が認められる株主総会決議でなければならないと主張しているものと解される。

 確かに、平成19年最決の事案は、特定の株主の持株比率を低下させる目的の新株予約権無償割当てを承認する株主総会決議において、特定の株主を含む全株主に議決権行使を認めている。しかし、この株主総会決議は、公開買付けの強圧性の問題に対処するための株主意思の確認のためのものであり、その意思確認の対象は強圧性にさらされている株主であることは前述のとおりである。そうすると、新株予約権無償割当てが、全株主に議決権行使を認める株主総会決議によって承認されていない場合でも、当該新株予約権無償割当ての不公正発行該当性については、平成19年最決が示した基準(対象会社の企業価値ひいては株主の共同の利益を維持することを主たる目的とする場合には不公正発行に当たらない)によることができると解される。このような理解に立てば、本件における高裁決定の判示は平成19年最決に反するものではないということができる。

 

4 市場での株式買付けに強圧性があるといえるか

 前述のとおり、高裁決定は、ADCらによる市場内取引でのTKS株式の買付けは強圧性を伴うものであったと認定している。これに対して、抗告理由では、一般論として、「TOB強制の対象外の市場内取引における株式取得を通じて、上記3分の1を超える株式を短期間のうちに買収する行為」は強圧性をもつと判断し、法律効果に結びつけている(市場内取引を実質的に規制対象としている)ことには法令違反に匹敵する経験則違反があると主張されている(「第3 抗告の理由③」)。

 しかし、高裁決定は「市場内取引における株式取得を通じて、上記3分の1を超える株式を短期間のうちに買収する行為」について一般的に強圧性を伴うと認めたわけではない。以下の諸点をして、本件におけるADCらの買付けが強圧性を伴うものであったと認定しているのである。すなわち、①ADCらは、令和3年6月9日からTKS株式の買付けを開始し、同年7月20日にTKS株式の保有状況(同月13日時点の株券等保有割合8.08%、保有目的「純投資」)を公表するまでの間にTKS株式の買付けを進め26.50%を取得し、同月21日にはその保有目的を「支配権の取得。ただし、現時点で、発行者に取締役候補者を派遣することを予定していない」に変更したと公表したこと、②TKS株式の買付けの期間、価格および買付予定数等は明らかにしないまま、ADCが支配権を取得した後のTKSの経営方針等についての情報提供および一般株主の考慮期間を確保するための買付けの一時停止を求めるTKSからの要請を受けた後も市場内取引によるTKS株式の買付けを進め39.94%を保有するに至ったこと、③ADCらは、買付けを進める間、TKSの経営支配権取得後の経営方針について、現経営陣に経営を委ね、議決権行使を通じて債務者の企業価値・株式価値の向上を図るなどと表明するだけで、それ以上に経営方針や事業計画は具体的に明らかにせず、債務者株式の非公開化(二段階買収)は考えていないことを表明していたことである。

 ①は、公表されているADCらのTKS株式の保有目的は保有割合に応じて今後も変更されることがありうることを一般株主に想起させるものであった。また、②については、買付期間中は一定の買付価格で一定の数の株式を取得することが公表される公開買付けと比較して、買付期間・買付予定株式数が公表されない市場内での買付けでは、一般株主が株式の売り急ぎを迫られるおそれがあった。さらに、③については、二段階買収が予定されていないため一般株主が株式を売却しなかった場合にはADCらの支配下でTKSの少数株主となる可能性があり、かつ、ADCらが支配権を取得することによりTKSの企業価値が毀損され、株価が下落することを恐れて、一般株主が株式を売り急ぐ可能性があった[19]。高裁決定はこれらのことを考慮して、ADCらによる市場内取引による株式取得は強圧性を伴うものであったと認定したのであり、これは従来、学説[20]において一定の状況の下では市場取引による株式取得であっても強圧性が生じうると指摘されていたこととも合致する。

 また抗告理由では、高裁決定は東京高決令和3年4月23日(日本アジアグループ事件)[21]と相反すると主張されている。日本アジアグループ事件では、会社が、買収者による市場内外を通じた株式の大量取得は強圧性を伴うものであり、これを排除する目的で新株予約権無償割当てを行うものであると主張したが、裁判所は、「客観的には、〔日本アジアグループ〕に強圧性のある買収手法を排除する目的があった可能性は否定することができないが、仮にこれがあるとしても、その目的自体弱いものというべき」として、新株予約権無償割当ては不公正発行に当たると判断した。

 確かに、日本アジアグループ事件高裁決定は、本件における高裁決定と異なり、強圧性の問題に対処する目的でされたものであるから新株予約権無償割当ては不公正発行に当たらないとの会社側の主張を退けている。しかし、日本アジアグループ事件高裁決定は、特定の株主による株式の取得方法の強圧性について、以下の点を指摘していたことに注意しなければならない。すなわち、日本アジアグループ事件では、市場内外での取引を通じて対象会社株式の25.87%を取得していた特定の株主が、公開買付けを実施する予定である旨を公表した際、公開買付け前の株式の市場内外買付けは議決権割合の3分の1までしか行わず、その後の買付けは公開買付けにおいて行うことを明言しており、これをもって裁判所は「市場内外買付けによる強圧性については相応の配慮がされている」としていた。また、公表された公開買付けは、買付予定数の上限が設定されず、公開買付け終了後の議決権割合が3分の2以上となった場合には、全株買付けとその後の公開買付価格と同額による締出しが予定されていることから、強圧性の程度は必ずしも高くないか、強圧性の減少のために相応の措置がとられているとしていた。これらの点は、いずれも本件とは異なるものであり、本件と日本アジアグループ事件と買収手法の強圧性にかかる判断、その結果としての不公正発行該当性にかかる判断が異なることは不合理とはいえない。

 

5 おわりに

 本件において、特定の株主の買収手法に強圧性があると認められる場合に、強圧性を解消することを目的として防衛策(新株予約権無償割当て)を講じることが認められたことで、今後、同種の防衛策が講じられるケースが増加すると予想される。その際、強圧性の排除という錦の御旗を掲げつつ、現経営陣の支配権維持目的をその旗の影に隠して防衛策を講じるケースも出てくるかもしれない。そういったケースでは、経営陣の意図を的確に見抜いて、防衛策の発動を阻止しなければ効率的な企業買収が阻害されることになりかねない。その点では、日本アジアグループ事件高裁決定が買収手法の強圧性に有無・程度を慎重に検討していたこと、また本件においてADCらがその買収手法の強圧性を安易に認めないよう求めたことは正当といえる。

 これに対し、本件のような防衛策は、買収者による支配権取得の是非について株主の意思を確認した上で発動されるものであるところ、株主意思確認総会において買収者による支配権取得に賛成(防衛策の発動に反対)が多数となれば支配権取得が可能になるのであるから、強圧性の認定は緩やかにしてもよいのではないかといった主張が出てくるかもしれない。しかし、株主意思確認総会における決議という形での意思確認には前述のように議決権行使の基準日を設定しなければならないことによる限界がある。さらに、対象会社の取引先や株式を持ち合っている株主が多数の株式を保有している場合には[22]、これらの株主が一般株主と共通しない利益を追求するための防衛策の発動に賛成することで[23]、一般株主が買収に応じる機会が失われるおそれがあることに留意しなければならない[24]

以 上



[1] 太田洋「東京機械製作所事件をめぐる一連の司法判断の概要と射程〔下〕」商事2284号(2022)22頁。

[2] 最二小決平成19・8・7民集61巻5号2215頁。

[3] 平成19年最決の事案は、定款変更をして新株予約権無償割当てを株主総会決議事項とした上で、無償割当てについて総会で承認したものであり、その決議では「特定の株主」たる買収者も議決権を行使している。

[4] 以下では、防衛策の発動について株主の意思を確認するための株主総会決議(勧告的決議)を株主意思確認総会と呼び、拘束力のある通常の株主総会決議と区別することとする。

[5] 飯田秀総「買収防衛策の有事導入の理論的検討――公開買付けの強圧性への対処」商事2244号(2020)4頁参照。

[6] 東京高決平成17・3・23判時1899号56頁。

[7] 田中亘『企業買収と防衛策』(商事法務、2012)246・247頁。株主意思確認のための株主総会で議決権を行使するのは基準日株主であり、公開買付け時点ではすでに株主でなくなっている可能性があることを考えると、株主総会決議によって防衛策の発動の是非を判断させることの合理性はさらに疑わしくなる。

[8] 田中・前掲注[7] 248頁。

[9] 飯田・前掲注[5] 8頁。

[10] 飯田秀総=白井正和=松中学『会社法判例の読み方――判例分析の第一歩』(有斐閣、2017)112頁以下参照。平成19年最決が公開買付けの強圧性の問題を考慮したか否かは決定文からは明らかではない。もっとも、同事件の第一審決定(東京地決平成19・6・28民集61巻5号2243頁)は強圧性の問題に対処する必要があることを認識していたことがうかがわれる(田中・前掲注[7] 249頁参照)。

[11] この認定の当否についてはで検討する。

[12] 強圧性を伴う株式の買付けによる支配権の取得のすべてが企業価値を毀損するものであるとはいえない。もっとも、前述のとおり最高裁は支配権の変動が企業価値を向上させるか、減少させるかについては対象会社の株主の判断を尊重するとしている。このことから最高裁は、企業価値を向上させる支配権変動の選別において株主の能力を信頼しているものと考えられる。このような立場からすれば、強圧性にさらされることによって株主による選別が本来の機能を発揮できない場合には、企業価値を減少させる(毀損する)支配権変動が生じやすくなると考えることは自然である。高裁決定のこの判示はこのことを表現したものと解することもできるのではないか。

[13] 飯田・前掲注[5] 10頁。

[14] 平成19年最決の事案では株主意思確認のための総会決議において買収者たる特定の株主も議決権を行使しているが、これは定款変更をして新株予約権無償割当てを株主総会の決議事項としたことの結果であって、強圧性の解消のための株主意思の確認との関係では当該株主の議決権行使は特に意味を持たないと考えることができる。

[15] 強圧性を解消するためには強圧性にさらされている株主が支配権変動に対する賛否の意思を表明する機会を設ければ足りるのであるから、平成19年最決の事案と異なり本件株主意思確認総会の決議が勧告的決議であったことも結論に影響を及ぼさない(飯田・前掲注[5] 9~10頁参照)。
 さらにいえば、株主の意思表明は株主総会決議という方法によることも必須ではない。もっとも、株主総会の招集・決議方法等に関する会社法のルールは、株主に必要な情報を提供し、その情報に基づいて決定した株主の意思が正確に会社に伝達されることを確保するためのものであるから、そのルールを遵守して株主総会決議という形で株主の意思確認をすることは合理的であるといえる。

[16] 前掲注[6]。

[17] 特定の株主が「濫用的買収者」に当たる場合には例外的に株主の判断によらずに取締役会の判断だけで新株予約権無償割当て等を行うことできるが、例外に当たる事例はごく限られると解するのが一般的である。

[18] なお、本件においてTKSは、ADCらが濫用的買収者に当たることを多数の疎明資料をもとに疎明したが(太田洋「東京機械製作所事件をめぐる一連の司法判断の概要と射程〔上〕」商事2282号(2021)27頁)、裁判所は、本件申立ては、被保全権利(差止請求権)についての疎明がされていないので、ADCらが濫用的買収者といえるか否かについて判断するまでもなく理由がないとしている。

[19] 田中亘「防衛策と買収法制の将来〔上〕――東京機械製作所事件の法的検討」商事2286号(2022)7頁。

[20] 田中・前掲注[7] 386~387頁、飯田秀総『公開買付規制の基礎理論』(商事法務、2015)143頁。

[21] 資料版/商事法務446号(2021)154頁。

[22] 田中亘「防衛策と買収法制の将来〔下〕――東京機械製作所事件の法的検討」商事2287号(2022)38頁は、対象会社の安定株主の株式保有割合に応じて、防衛策発動が許容される買収者の株式所有割合を異ならせることも検討に値するとしている。

[23] 持合株主等の安定株主は株主総会の議決権を確実に行使する一方、一般株主には、買収者の高買付けに応募するつもりでも株主意思確認総会の議決権行使をしない者が多くなる(株主意思確認総会の意義を理解していない、あるいは単に面倒である等の理由で)傾向があるとすれば、この問題はより深刻になる。防衛策発動にかかる株主意思の確認においては、株主総会決議の形をとる場合であっても出席株主の議決権総数をベースにするのではなく、議決権総数をベースとして賛成割合を計算することも検討されてよいのではないか。

[24] 田中・前掲注[7] 254~255頁参照。

 


(まつお・けんいち)

大阪大学大学院高等司法研究科教授
2004年に同志社大学大学院法学研究科を中退後、同法学部助手、専任講師、准教授を経て、2012年に大阪大学大学院法学研究科准教授、2019年より現職。
専門は会社法・金融商品取引法。主著『株主間の公平と定款自治』(有斐閣、2010)

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