◇SH0674◇最一小判 平成28年3月10日 損害賠償請求事件(櫻井龍子裁判長)

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 本件は、Xらが、Yがウェブサイトに掲載した記事によって名誉等を毀損されたなどと主張して、Yに対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。米国ネバダ州法人であるYが上記記事をウェブサイトに掲載することによって、日本法人であるX1とその取締役であるX2の名誉等の毀損という結果が日本国内で発生したといえることから、本件訴えについては日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合に当たる(民訴法3条の3第8号)。その上で、民訴法3条の9にいう「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」(以下「特別の事情」という。)があり、本件訴えを却下することができるか否かが争われた。

 

 事実関係等の概要は、次のとおりである。
 (1) X1の子会社でネバダ州法人であるA社は、ネバダ州でゲーミング(賭博営業)免許を受けているYの発行済株式の総数の約20%を保有していた。X2はYの取締役でもあった。
 (2) ネバダ州の法令上、ゲーミング免許の取得者は、関係者が犯罪に関与するなど不適格であると規制当局に認定されると、当該免許を剥奪されることがある。また、Yの定款には、取締役会が、ゲーミング免許の維持を脅かす可能性のある者として不適格であると判断した株主の株式を強制償還する旨の定めがある。
 (3) A社及びXらは、Yや他の出資者との間で、Yへの出資等に関連する複数の合意をしている。これらの合意中には、同合意に関して提起される訴訟をネバダ州裁判所の専属管轄とし、ネバダ州法を準拠法とする定めがある。
 (4) Yのコンプライアンス委員会からX2についての調査を依頼された米国の法律事務所は、平成24年2月18日、X2及びその関係者が、米国の海外腐敗行為防止法に違反する行為を繰り返してきたとみられること等を記載した報告書を提出した。上記報告書の調査資料等は、主として米国に所在する。
 (5) Yの取締役会は、平成24年2月18日、上記報告書に基づき、A社及びXらはYの定款にいう不適格である者と判断し、A社が保有するYの株式を強制償還することを決議した。
 (6) Yは、平成24年2月19日、そのウェブサイトに、①上記報告書によって、X2及びその関係者が海外腐敗行為防止法等に違反する活動をしてきたことが立証されたこと、②Yの取締役会が上記取締役会決議をしたことを内容とする、英語の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。
 (7) Yは、平成24年2月19日、ネバダ州裁判所に対し、A社及びXらを被告として、Yが合法的にかつ定款等に忠実に行動したことの確認請求等に係る訴訟を提起した。これに対し、A社及びX1は、同年3月、Y及びその取締役らを被告として、Yの上記取締役会決議の履行の差止め等を求める反訴を提起した(以下、上記の各訴訟を併せて「別件米国訴訟」という。)。別件米国訴訟では、当事者双方から、多数の証人及び文書が開示されている。開示された文書の大部分は英語で作成され、また、証人の大半は米国等に在住し日本語に通じない。
 (8) Xらは、平成24年8月、東京地方裁判所に本件訴訟を提起した。本件訴訟の本案の審理において想定される主な争点は、本件記事の摘示事実が真実であるか否か及びYがその摘示事実を真実と信ずるについて相当の理由があるか否かである。本件訴訟と別件米国訴訟とは、事実関係や法律上の争点について、共通し又は関連する点が多いものとみられる。

 

 以上の事実関係を前提に、原判決は、①本件に係る紛争は、XらがA社を通じた出資等により参画したYの事業遂行に伴い生じたものであるところ、XYらともYの事業・経営に関して日本の裁判所に訴訟が係属することを予想していなかったこと、②証拠の多くが米国に所在し、これらを日本の裁判所で取り調べるには翻訳等を要すること、③Yにとって日本で本件訴訟に対応することは相当程度の負担となること等に照らし、「特別の事情」があるとして、本件訴えを却下すべきものとした。
 これに対し、Xらが上告受理申立てをしたところ、本判決は、判決要旨記載のとおり判示して、Xらの本件訴えを却下すべきものとした。

 

 (1) 平成23年法律第36号による改正前の民訴法の下での国際裁判管轄の有無の判断については、最三小判平成9・11・11民集51巻10号4055頁(判時1626号74頁)が、マレーシア航空事件判決(最二小判昭和56・10・16民集35巻7号1224頁(裁時1020号9頁)を引用しながら「我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。」と判示している。同判例は、具体的事案における特段の事情の有無の考慮要素として、我が国で訴訟が提起されることについての被告の予測可能性、被告の生活ないし経済活動の本拠地、証拠方法の集中地等を挙げているといえる。下級審裁判例において特段の事情が認められた事例では、証拠の所在・証拠調べの便宜に言及するものが多いとされている(佐藤達文=小林康彦編著『一問一答 平成23年民事訴訟法等改正』(商事法務、2012)160頁)。
 (2) 上記平成23年改正により、民訴法に国際裁判管轄に関する規定が追加された。
 民訴法3条の9は、民訴法3条の2以下の規定により訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合(本件では前記のとおり民訴法3条の3第8号の要件を満たすことが前提とされている。)においても、「特別の事情」がある場合に訴えの却下を認めた。立案担当者は、この規定は、従前の判例の趣旨を踏まえ立法化されたものであり、国内土地管轄に関しては裁量移送の制度によって適切な裁判所に移送することができるが、国際裁判管轄が問題となる事案では移送をすることができないことから設けられたものであると説明している(前掲一問一答157頁)。民訴法3条の9では、「特別の事情」の有無の考慮要素として、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を掲げているところ、立案担当者は、その具体的な内容として、「事案の性質」とは、請求の内容、契約地、事故発生地等の紛争に関する客観的な事情を、「応訴による被告の負担の程度」とは、応訴により被告に生じる負担、当事者の予測可能性等の当事者に関する事情を、「証拠の所在地」とは、物的証拠の所在や証人の所在地等の証拠に関する事情を含むとし、その他の考慮要素の例としては、その請求についての外国の裁判所の管轄権の有無、外国の裁判所における同一又は関連事件の係属等の事情を挙げている(前掲一問一答157頁)。
 「特別の事情」について判断した下級審裁判例として公刊物に掲載されたものは乏しく、米国在住の加害者が、日本在住の被害者と関わりの深い日本所在の団体等に送付した電子メールによる名誉毀損につき、日本が「不法行為のあった地」(民訴法3条の3第8号)であるとした上で、「特別の事情」の存在を認めなかった東京地判平成26・9・5判時2259号76頁など数件がみられる程度である。
 学説は、民訴法の平成23年改正で、日本に過剰な管轄が生じないように国際裁判管轄について詳細な規定を置いたことからすると、「特別の事情」による調整をすべき機会は多くないはずであって、慎重に運用すべきであるとする見解が多いように思われるが(青山善充「新しい国際裁判管轄法について」明治大学法科大学院論集10号(2012)362頁等)、立案の経緯に照らして「特別の事情」を一律に限定的に捉えることはできないとする見解もある(中西康「新しい国際裁判管轄規定に対する総論的評価」国際私法年報15号(2013)12頁)。

 

5 検討

 (1) 上記のとおり、学説には「特別の事情」の適用につき慎重な見解が多いように思われるところであり、Xらは、この点を捉えて、「特別の事情」が適用される場面は、平成9年判例のいう「特段の事情」が適用される場面よりも狭くなる旨の主張をしていたようである。しかし、立案担当者は従前の判例の趣旨を踏まえ立法化したものであると説明していることや、管轄が認められる原因には多様なものがあり「特段の事情」あるいは「特別の事情」の考慮要素も様々であることなどに照らすと、少なくとも、民訴法3条の9のいう「特別の事情」と平成9年判例のいう「特段の事情」との広狭を一律に論ずることはできず、結局、「特別の事情」に当たるか否かは、具体的事案に応じて個別に検討するほかないように思われる。本判決は上記のような一般論に言及していないが、このような考え方を前提にしているものと思われる。
 (2) 本判決は、①本件が既に米国の裁判所に訴訟が係属していたYの株式の強制償還等に関する紛争から派生したものであること、②想定される本案の争点についての証拠方法が主に米国に所在すること、③XYらとも、Yの経営に関する紛争については米国で交渉、提訴等がされると想定していたこと、④Xらが本件訴えに係る請求のための訴訟を米国で提起追行することが、Xらに過大な負担を課することになるとはいえないこと、⑤上記の証拠を日本の裁判所において取り調べることはYに過大な負担を課することになるといえることから、特別の事情があるとしており、①は事案の性質や関連訴訟の存在を、②は証拠の所在地を、③は当事者の予測可能性を、④、⑤は当事者の負担を指摘するものといえる。なお、本件は、ネバダ州法人であるYの経営等に関する紛争から派生したものであり、かつその紛争に係る訴訟が既に米国で係属しているという、事案の性質と関連訴訟の存在とが深く関わり合っている事案であり、最高裁が、一般に、外国の裁判所に関連訴訟が存在することを重視することを判示したものと解するのは判旨を正解しないもののように思われる。

 

 本判決は、平成23年改正後の民訴法3条の9にいう「特別の事情」の有無について最高裁が初めて明示的に判断を示したものであり、事例に則した判断を示したものではあるが、裁判例も乏しく事例の集積が待たれる分野であることからすると、理論上、実務上重要な意義を有するものといえる。

 

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