消費者契約法改正案が令和4年3月1日に国会提出
岩田合同法律事務所
弁護士 堀 優 夏
1 はじめに
令和4年3月1日、消費者契約法及び消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律の一部を改正する法律案(以下「本改正案」という。)が国会提出された。本稿では、本改正案のうち、消費者契約法改正案の概要を紹介する。
2 改正の目的
オンライン取引がより普及し、デジタル・プラットフォーム企業が関与するものが増加するなど、消費者契約を巡る環境は日々変化している。また、高齢化社会が進展する一方で、令和4年4月の成年年齢引下げにより、若年成人についての消費者被害の予防及び救済が喫緊の課題となっている。このような社会経済情勢の変化等に対応して、消費者契約法は、平成28年及び平成30年にも改正が行われたが、平成30年改正に際して行われた衆参議院の消費者問題に関する特別委員会における附帯決議等では、更なる改正を視野に入れた検討が求められていた。
これを受けて、令和元年12月から消費者契約に関する検討会が開催され、令和3年9月に取りまとめられた報告書[1](以下「報告書」という。)を踏まえ、本改正案が策定された。
3 消費者契約法改正案の主なポイント
以下では、改正の主なポイントを解説するが、その概要は下表のとおりである。
⑴ 契約の取消権の追加(改正案4条3項) | 以下のような場合に契約の取消を可能とする
|
⑵ 解約料の説明の努力義務(改正案9条2項ほか) | 消費者に対する算定根拠の概要の説明を事業者の努力義務とする |
⑶ 免責の範囲が不明確な条項の無効(改正案8条3項) | 賠償請求を困難にする不明確な一部免責条項は無効とする |
⑷ 事業者の努力義務の拡充(改正案3条1項3号ほか) | 契約締結時だけでなく解除時に以下のような努力義務を導入する
|
⑴ 契約の取消権の追加
現在の消費者契約法(以下「法」といい、本改正案による改正後のものを「改正案」という。)4条3項は、事業者の行為により消費者が困惑し、契約を締結した場合における取消権を定めており、その類型として、不退去(同1号)、退去妨害(同2号)のほか、平成30年改正により追加された経験不足を利用した不安をあおる告知(同3号)等の8つが規定されている。
本改正案では、勧誘することを告げずに、消費者が任意に退去することが困難な場所に同行して勧誘する行為(改正案4条3項3号)及び勧誘を受けている場所において、威迫する言動を交えて、消費者が契約を締結するか否かの相談を行うために電話等によって事業者以外の者と連絡することを妨げる行為(同4号)が、対象類型として追加されている。
以上に加えて、契約締結前の義務内容実施行為(法4条3項7号)について、契約前に目的物の現状を変更し、原状回復を著しく困難にするような行為も取消権の対象とされている(改正案4条3項9号)。
⑵ 解約料の説明の努力義務
契約の解除に伴う損害賠償又は違約金(以下「解約料」という。)をめぐる消費生活相談件数は多く[2]、その原因として、報告書では事業者の説明不足が指摘されていた[3]。本改正案では、事業者が解約料の支払を請求する場合に、消費者から説明を求められたときは、算定根拠の概要を説明する旨の努力義務が課されている(改正案9条2項)。
⑶ 免責の範囲が不明確な条項の無効
法8条は、消費者が正当な額の損害賠償を請求できるよう、事業者の損害賠償責任を免除又は制限する特約の効力を否定することを目的とする規定である。しかしながら、事業者の損害賠償責任の範囲に係る規定でサルベージ条項[4]が用いられる例があり、消費者の事業者に対する損害賠償責任の追及を抑制し、法8条の目的を損なうことになりかねない[5]と指摘されていた[6]。
上記を踏まえ、本改正案では、事業者の損害賠償責任の一部免除する条項であって、当該条項において、事業者等の重大な過失による行為のみに適用されることを明らかにしていないものは無効とする旨の規定が追加されている(改正案8条3項)。[7]
⑷ 事業者の努力義務の拡充
法3条1項各号には事業者の努力義務が規定されているところ、本改正案では、定型取引の契約勧誘に際して、定型約款の表示請求権(民法548条の3第1項)の行使に関して必要な情報を提供すること(改正案3条1項3号)及び契約に定められた解除権の行使に関して必要な情報を提供すること(同項4号)が新たに追加されている。また、勧誘時の情報提供(法3条1項2号)に際して事業者が総合的に考慮すべき事由として、事業者が知ることのできる個々の消費者の年齢・心身の状態も追加されている。
以上に加え、本改正案では、適格消費者団体の要請への対応等の努力義務も拡充されている(改正案12条の3~5)。
4 おわりに
本改正案では、消費者の契約の取消権を追加するとともに、事業者の努力義務を拡充するなどの内容が盛り込まれている。もっとも、法4条3項各号の脱法防止(受皿)規定の創設や消費者の心理状態・判断力に着目した取消権の創設等については、改正案に盛り込まれてないなど、報告書の内容が十分反映されていないとの指摘もあり[8]、国会での審議が注目される。
以 上
[1] https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/meeting_materials
/assets/consumer_system_cms101_210910_01.pdf
[2] 平成29年度から平成31年度までの各年度において、それぞれ33,054件、32,173件、36,152件という水準で推移している(独立行政法人国民生活センター「消費者契約法に関連する消費生活相談の概要と主な裁判例等」令和2年12月10日 https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2022/03/n-20201210_1.pdf(参照2021-09-10)
[3] 報告書第2、3(13頁)
[4] ある条項が強行法規に反し全部無効となる場合に、その条項の効力を強行法規によって無効とされない範囲に限定する趣旨の契約条項
[5] 例えば、「法律上許される限り賠償限度額を○万円」とする契約条項は、「法律上許される限り」との留保文言がない場合には、法8条1項2号の故意又は重大な過失の場合にも責任の一部を免除する規定とも解されるため、その全部が無効となる可能性があるところ、留保文言によって、条項の文言からはその趣旨が読み取れないにもかかわらず、軽過失の一部免除を意図するものとして有効となる可能性があり、不当性が見られる。
[6] 報告書第3、2⑴及び⑵(18、19頁)
[7] 「法令に反しない限り、1万円を上限として賠償します」との条項は無効となるため、「軽過失の場合は1万円を上限として賠償します」と規定する必要がある。
[8] 本改正案の骨子案に対する令和4年2月28日付け日弁連会長声明(https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2022/220228.html)
(ほり・ゆうか)
岩田合同法律事務所アソシエイト。2013年九州大学法学部卒業。2015年京都大学法科大学院修了。2017年1月判事補任官。神戸地方裁判所勤務を経て、2020年4月「判事補及び検事の弁護士職務経験に関する法律」に基づき弁護士登録。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
<事務所概要>
1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
<連絡先>
〒100-6315 東京都千代田区丸の内二丁目4番1号丸の内ビルディング15階 電話 03-3214-6205(代表)