SH4722 最新実務:スポーツビジネスと企業法務 スタッツデータの法的保護と海外最新紛争事例等(2) 加藤志郎/フェルナンデス中島 マリサ(2023/12/06)

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最新実務:スポーツビジネスと企業法務
スタッツデータの法的保護と海外最新紛争事例等(2)

長島・大野・常松法律事務所
弁護士 加 藤 志 郎

フェルナンデス中島法律事務所
弁護士 フェルナンデス中島 マリサ

 

(承前)

3 スタッツデータの法的保護をめぐる海外紛争事例

⑴ 海外におけるスタッツデータの法的保護

 スポーツビジネスの先進国である欧米を含め、海外においても、スタッツデータに関する特別な法整備が必ずしも進んでいるわけではない。

 スタッツデータの法的保護が初めて大きな注目を集めた事案として、1990年代の米国におけるNBAとMotorola Inc.の紛争がある。NBAは、Motorola Inc.らが開発・販売した進行中の試合に関する情報を受信・表示できるポータブル端末に関して、それらの情報に関する著作権侵害等を主張したが、連邦控訴裁判所は、スポーツの試合それ自体は著作権の対象ではないため、テレビやラジオから得た進行中の試合に関する情報を第三者が商業的に利用しても、著作権侵害とはならないと判断した[9]

 その後、2000年代には、MLBおよび選手会が、ファンタジー・スポーツの運営会社であるCBCが公開されている選手のスタッツデータや氏名を無断でファンタジー・ベースボール・ゲーム内で使用することが選手のパブリシティ権を侵害する等と主張した。これに対して、連邦控訴裁判所は、これらの情報がミズーリ州法上はパブリシティ権を構成しうるとしても、パブリックドメインに属し容易に入手可能なものであること等も踏まえて、CBCの言論の自由という憲法上の権利[10]が優先し、CBCがこれらの情報を使用することにライセンスは不要である旨判断した[11]

 このように、スタッツデータが法令上十分に保護されることは必ずしも期待できないことから、欧米においても、以下で紹介するように、上記2⑷記載のような実務的な対応によりスタッツデータの法的保護に取り組んでいるケースが多い。

⑵ Genius Sports vs. Sportradar

 英国サッカー界では、イングランド・プレミアリーグ、イングリッシュ・フットボールリーグおよびスコットランドフットボールリーグの試合に関するスタッツデータをFootball DataCo(FDC)が保有・管理している。そして、各リーグは、スタッツデータを保護するために契約上で対策を取っている。すなわち、無断でスポーツベッティングに用いられるスタッツデータは、多くの場合、観客として試合会場に入場した「データスカウト」によって収集されるところ、各リーグは、観客の観戦ルールにおいて、許可なくスタッツデータを記録・送信することを制限しており、各リーグに所属の各クラブに対し、観戦ルールをスタジアム内に掲示することを要請している。また、各リーグは各クラブに対し、チケット購入者が個人的な使用を目的としないスタッツデータの収集・拡散をしないことをチケットの購入条件として定めるように奨励している。

 2019年5月、FDCが権利を保有する各試合のスタッツデータについて、Genius Sports(Genius)が取得し、全世界のブックメーカーに提供できる旨の5年間の独占契約が締結された。そして、Geniusの競合であるSportradarは、Geniusに対してそのサブライセンスを申し入れたが、Geniusはこれを拒否し、さらに、FDCとGeniusは各クラブに対し、観戦ルール違反等を根拠にデータスカウトをスタジアムから追い出す等の対策を講じることを要請した。

 Sportradarは、当該独占契約は競争法違反であるとして英国のCompetition Appeal Tribunalに訴えを提起し、他方、FDCおよびGeniusは、Sportradarが無断でスタッツデータの収集・提供を行ったことにより権利が侵害された等として英国の高等法院に提訴した。

 約3年に及ぶ紛争は、2022年10月に当事者の和解で終結した。和解内容の詳細は公開されていないものの、当事者の発表によれば、Sportradarは試合会場にデータスカウトを派遣しないことに合意し、GeniusはSportradarにスタッツデータの二次フィードに関するサブライセンスを与えることに合意した[12]。なお、和解したことにより、競争法違反等について判断されることはなかった。

⑶ IMG Arena vs. Stats Perform

 IMG Arena(IMGA)は、2022年2月より、ヨーロッパの19のサッカーリーグおよび44の大会から、スポーツベッティング用のスタッツデータを取得し、全世界のブックメーカーに提供できる旨の独占的ライセンスを受けている。そして、2023年3月、IMGAは、競合であるStats Performが、IMGAが独占的ライセンスを有しているドイツ、オーストリア、ギリシャ、スイス、チェコの各リーグの試合会場にデータスカウトを派遣し、収集したデータをStats Performのアプリにて公表・配信したことにより、IMGAの権利が侵害され、少なくとも160万ドルの損害が生じたとして、英国の高等法院に提訴した。

 現在係争中の案件であるが、判決まで至れば、スタッツデータの権利性、帰属主体、独占的ライセンスの有効性等について判示される可能性があるため、今後の動向が注目される。

(3)につづく

 


[9] NBA v. Motorola, Inc., 105 F.3d 841 (2d Cir. 1997)。Motorola Inc.およびSports Team Analysis and Tracking Systems, Inc.(STATS)が開発・販売したこの端末(SportsTrax)の基本モードの1つでは、NBAの進行中の試合について、得点、ボールの保有チーム、残り時間等が表示される。表示される情報は実際の試合から数分遅れとなるが、これは、STATSの人員がテレビやラジオから得た情報をパソコンに打ち込み、ホストコンピュータに送信し、そこでデータの集積・分析・整理を行った上で端末に配信していたためである。

[10] MLB側からはCBCによる選手の氏名およびスタッツデータの使用は保護されるべき言論に該当しないとの反論もあったものの、裁判所は、「ビデオゲームにおける、画像、グラフィックデザイン、コンセプトアート、サウンド、音楽、ストーリー、物語は憲法上の保護を受けるべき言論である」と判断した裁判例や「MLBの公式ウェブサイトに掲載された選手のパフォーマンス・データに関する記述及び議論は、実質的な公共の利益をもたらすものであり、憲法上の保護を受けるべき言論の一形態である」と判断した裁判例を引用し、反論を退けた。

[11] CBC Distribution & Marketing, Inc. v. MLB Advanced Media, L.P., 505 F.3d 818 (8th Cir. 2007)。CBCが提供するファンタジー・ベースボール・ゲーム内では、参加者は、チームのオーナーとして実際のMLB選手をドラフトしてチームを編成し、他のチームのオーナーと競う。ゲーム内のチームの成績は、実際の選手のシーズン中の成績と連動しているため、実際の試合に左右される。CBCは当初MLBおよび選手会から同ゲームの提供に必要なデータにつきライセンスを得ていたが、ライセンス期間が切れた後も選手の氏名や成績等を利用し続け、紛争に発展した。

[12] Sportradar “Status of Sportradar litigation with Genius Sports and FDC”(2022年10月11日)<https://investors.sportradar.com/node/7396/pdf>

 


(かとう・しろう)

弁護士(日本・カリフォルニア州)。スポーツエージェント、スポンサーシップその他のスポーツビジネス全般、スポーツ仲裁裁判所(CAS)での代理を含む紛争・不祥事調査等、スポーツ法務を広く取り扱う。その他の取扱分野は、ファイナンス、不動産投資等、企業法務全般。

2011年に長島・大野・常松法律事務所に入所、2017年に米国UCLAにてLL.M.を取得、2017年~2018年にロサンゼルスのスポーツエージェンシーにて勤務。日本スポーツ仲裁機構仲裁人・調停人候補者、日本プロ野球選手会公認選手代理人。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。

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(ふぇるなんですなかじま・まりさ)

日本語・英語・スペイン語のトライリンガル弁護士(日本)。2018~2022年長島・大野・常松法律事務所所属、2022年7月からはスポーツ・エンターテインメント企業において企業内弁護士を務めながら、フェルナンデス中島法律事務所を開設。ライセンス、スポンサー、NFT、放映権を含むスポーツ・エンタメビジネス全般、スポーツガバナンスやコンプライアンスを含むスポーツ法務、企業法務、ファッション及びアート・ロー等を広く取り扱う。

 

 

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