SH3977 「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」の策定 後藤未来/出野智之(2022/04/19)

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「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」の策定

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業

弁護士 後 藤 未 来

弁護士 出 野 智 之

 

1 はじめに

 経済産業省は、2022年3月31日、標準必須特許(Standard Essential Patent。以下「SEP」という。)に関するライセンス交渉の透明性・予見可能性の向上を通じて適正な取引環境を実現することを目的として、「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」[1](以下「本指針」という。)を策定した。本指針は、SEPのライセンス交渉に携わる権利者および実施者が則るべき、誠実交渉の規範を示すものとして公表された。本稿では、本指針の策定の背景を紹介しつつ、そのポイント、実務への影響等について概説する。

 

2 本指針の策定の背景

 ⑴ SEPをめぐる紛争の動向

 SEPをめぐる紛争は、以前は、移動体通信、画像コーデック、光ディスクといった特定の技術・製品分野の中での紛争が中心であった。たとえば、3Gの通信規格特許を巡るアップルとサムスンの紛争や、4G(LTE)の通信規格特許をめぐるエリクソンとアップルの紛争などが典型例である。

 これに対して、近年では、ノキアが4G(LTE)の通信規格特許に基づきダイムラーに対して訴訟提起した例のように、業種の枠を超えたSEP紛争も散見されるようになった。これは、コネクテッドカーやデジタル家電のように、様々な製品(モノ)がコンピュータとなり、インターネットに接続されることによるIoTの進展を背景とするものであり、こうした傾向は今後も増加していくことが予想される。

 ⑵ SEPのライセンス交渉のあり方に関するわが国での議論

 SEPのライセンス交渉のあり方に関するわが国での主な議論としては、以下のものがある。

時期 機関 判決・決定および指針等
2014年5月 知財高裁 アップル対サムスン事件の判決・決定(知財高裁平成 26・5・16判決等)
2016年1月 公正取引委員会 知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針
2018年6月 特許庁 標準必須特許ライセンス交渉の手引き
2020年4月 経済産業省 マルチコンポーネント製品に係る標準必須特許のフェアバリューの算定に関する考え方
2022年3月 経済産業省 本指針
  1.  ア 知財高裁:アップル対サムスン事件の判決・決定
  2.    知財高裁は、FRAND宣言がなされたSEPに基づく差止請求に関して、FRAND条件による「ライセンスを受ける意思」を有する者に対する差止請求権の行使は権利濫用に当たると判示した。また、SEPに基づく損害賠償請求に関して、FRAND条件による「ライセンスを受ける意思」を有する者に対しては同条件でのライセンス料の範囲内での損害賠償請求が許容される一方、かかる意思を有しない者に対しては、FRAND条件でのライセンス料を超える損害賠償請求も許容され得ると判示した。
  3.    これは、知財高裁として初めて、SEPに基づく権利行使がどのような場合にどの範囲で許容され得るかについての基本枠組みを提示したものである。
     
  4.  イ 公正取引委員会:知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針(2016年1月21日改正)
  5.    公正取引委員会は、SEPについてFRAND宣言がなされている場合には、権利者が、「ライセンスを受ける意思」を有する者に対し、ライセンスを拒絶し、または差止請求訴訟を提起すること等は、対象製品の市場における競争を実質的に制限するまでには至らず私的独占に該当しない場合であっても、公正競争阻害性を有するときには、不公正な取引方法(一般指定2項、14項)に該当することを示した。
     
  6.  ウ 特許庁:標準必須特許ライセンス交渉の手引き(2018年6月5日策定)
  7.    特許庁の「標準必須特許ライセンス交渉の手引き」(以下「交渉手引き」という。)は、国内外の裁判例や競争当局の判断、ライセンス実務等の動向を踏まえて、SEPのライセンス交渉に関する諸論点を整理したものであり、規範を設定するものではなく、法的拘束力も有しないとされる。なお、交渉手引きは、2022年6月に改訂が予定されており、その動向も注目される。
     
  8.  エ 経済産業省:マルチコンポーネント製品に係る標準必須特許のフェアバリューの算定に関する考え方(2020年4月21日作成)
  9.    SEP のライセンス交渉の円滑化に資するため、マルチコンポーネント製品にかかるSEP のロイヤルティ算定に関する経済産業省の考え方を示すものとして策定された。たとえば、SEPの権利者は、サプライチェーンにおける取引段階にかかわらず、ライセンスの取得を希望するすべての者に対してライセンスしなければならないとする考え方(License to All)が適切である等の考え方が示されている。

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(ごとう・みき)

弁護士法人アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。弁護士・ニューヨーク州弁護士。AIPPIトレードシークレット常設委員会副議長、日本ライセンス協会理事。京都大学理学部卒業・東京大学大学院工学系研究科修了・神戸大学法科大学院修了・スタンフォード大学ロースクール卒業(LL.M.)。特許・営業秘密等の知的財産やシステム開発・製造物責任等の技術関連の紛争処理、データ・インターネット関連案件を得意とする。

 

(いでの・ともゆき)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業アソシエイト。2003年京都大学農学部卒業。特許庁で特許審査等に従事。2011年筑波大学法科大学院修了。2017年弁護士登録(第二東京弁護士会)。主な取扱い分野は、知的財産法。

 

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 https://www.amt-law.com/

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アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業は、日本における本格的国際法律事務所の草分け的存在からスタートして現在に至る、総合法律事務所である。コーポレート・M&A、ファイナンス、キャピタル・マーケッツ、知的財産、労働、紛争解決、事業再生等、企業活動に関連するあらゆる分野に関して、豊富な実績を有する数多くの専門家を擁している。国内では東京、大阪、名古屋に拠点を有し、海外では北京、上海、香港、シンガポール、ホーチミン、バンコク、ジャカルタ等のアジア諸国に拠点を有する。

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