SH3988 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第54回 第11章・紛争の予防及び解決(2)――当事者による相手方当事者への請求(3) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/04/28)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第54回 第11章・紛争の予防及び解決(2)――当事者による相手方当事者への請求(3)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第54回 第11章・紛争の予防及び解決(2)――当事者による相手方当事者への請求(3)

5 その他の請求を行うための手続

 金銭や時間に関するのものではないその他の請求についての手続は、20.1項に定められている。

 まず、請求当事者が請求を行う段階について、20.1項では前述の4(2)のような期間制限やtime-bar条項は設けられていない(他の条項における期間制限等の適用がないかは、別途確認すべきである)。ただし、請求の根拠となる事象から相当の長期間が経過してから請求したような場合、準拠法によっては、実質的に請求を放棄したものとみなされる可能性もあるため、注意が必要である。

 相手方当事者またはEngineer(Silver Bookでは相手方当事者のみ)が請求に異議のある場合には、請求当事者は通知をもって、Engineer(Silver BookではEmployer’s Representative)による合意形成または決定の手続に付託することができる。なお、相手方当事者またはEngineerが合理的期間内に請求に回答しなかった場合、異議があるものとみなされ、請求当事者は合意形成または決定の手続に付託する通知を出せることとなる。この通知は、請求当事者が相手方当事者またはEngineerの異議(みなし異議を含む)を認識した後できる限り速やかに出す必要がある。また、通知には、請求当事者の主張及びそれに対する異議の内容を記載する必要がある。

 なお、20.1項は、相手方当事者またはEngineerが請求に異議を唱えた場合でも、「紛争」が起きたとは扱われないと明示している。すなわち、請求当事者は直ちにDAABによる解決を求めることはできず、まずはEngineer(Silver BookではEmployer’s Representative)による合意形成・決定手続に付託しなければならないということである。1999年版書式では、金銭的請求・時間的請求ではないその他の請求については、当事者間に意見の相違があれば、最初から「紛争」としてDABに付託できる建て付けになっていたため(1999年版20.4項)、2017年版では踏むべき手順が増えたことになる。また、波及的効果として、その他の請求に関する紛争が増加することも考えられる。というのも、Engineer(またはEmployer’s Representative)の決定は、当事者が不服申立てを行ってDAABへの付託に進まない限り拘束力を持つため、当事者が「とりあえず不服を申し立てておく」という発想になりがちだからである。要するに、1999年版書式のもとであれば、紛争解決手続に移行する前に当事者間でじっくり交渉したかもしれない請求が、2017年版書式のもとでは早々と紛争解決手続に付されるという事態も考えられるということである。

 

6 通知を含む請求の手順とその管理

⑴ 「通知」の要件

 前述の4及び5から明らかなとおり、当事者間の請求手続には数多くの通知が含まれており、それぞれに期間制限等の要件が設けられている。これらの要件に加え、FIDICにおける「通知」と認められるためには、下記の要件も満たす必要がある(1.3項)。

  1. ➢ 書面での通知であること
  2. ➢「通知」であると明記すること
  3. ➢ 当事者からEngineer(Silver BookではEmployer’s Representative。以下同じ)宛ての通知の場合は相手方当事者に副本を送付し、相手方当事者宛ての通知の場合はEngineerに副本を送付すること
    (Engineerから当事者宛ての通知の場合は、相手方当事者に副本を送付すること)
  4. ➢ 正しい形式及び送信方法で送付すること(たとえば、署名権限のある者が署名したハードコピーや、Contract Dataに記載のある電子通信システムを通じた電子媒体。通常は、プロジェクトの最初の段階で、書面をやり取りする方法を決めるため、そこで決めたとおりに送付することとなる。ハードコピーのレターや電子メール、オンラインストレージ等の方法が一般的である。ハードコピーを現場で手渡しし、その場で機械的に受領印を押すなど、受領の有無が争いになりにくい実務を採用している場合が多い)
  5. ➢ Contract Dataに記載された宛先に送付すること

 これらの要件は一見事務的なもののようであるが、満たさなければ「通知」があったとみなされないリスクがあり、ひいてはtime-barにより請求が阻まれるなどのリスクも考えられる。したがって、当事者は、通知を発する際、これらの要件が満たされていることを十分に確認する必要がある。

 他方で、上記の要件の厳格な適用には抵抗を覚えるContractorも多い。これは、通知を要求する目的は、請求を受ける側にとって不意打ちとなるのを防ぐためであるから、状況に照らして不意打ちとは言えない場合には、上記の要件が全て満たされていなくても、通知があったものとみなすことが合理的という考え方に基づくものと解される。たとえば、数日おきに行っている定例会議の場で、工事の変更に伴う遅延について話し合っていたような場合には、上記の要件を全て満たす通知がなくとも、当該変更に基づくEOTや追加コストの請求は不意打ちにはならないという発想である。実際に、通知要件が満たされていない場合でも、Contractorが「通知があったとみなされるべきである」と主張して争いとなることは良くある。紛争の減少を図るため、今後の改正における検討が俟たれる点であるとともに、当事者としても契約交渉段階で要件の緩和を検討する価値のある点と言えよう。

 

⑵ 請求における手順の管理

 建設契約の当事者が日々行う業務の中心は、当然のことながら、プロジェクトの完成に向けた業務である。その過程で問題が起きても、迅速に問題を取り除いてプロジェクトを進めることのみに注力し、相手方当事者に対して何か請求できる可能性を検討したり、通知を出したりすることを後回しにする当事者は、決して珍しくない。また、当事者間では、毎日のように膨大なコミュニケーションが行われており、相手方からの通知が埋もれてしまうことも少なくない。しかしながら、通知の発出期限や回答期限が過ぎてしまった場合の影響は重大なものとなりうる(たとえばtime-barで請求が阻まれる、請求通知が有効とみなされるなど)ことに鑑みれば、通知の受発信などの請求手続における手順を適切に管理することは極めて重要と言える。

 管理方法としては、様々な選択肢がありうるが、たとえば、通知が後回しにされたり埋もれてしまったりすることを防ぐために、通知管理の専任担当者を置くことが考えられる。専任担当者を相手方当事者の通知の名宛人に指定しておけば、相手方からの通知が埋もれてしまうリスクは低減できるはずである。また、専任担当者が可能な限りプロジェクトの進捗や当事者間のコミュニケーションをモニターすることで、請求通知を発するタイミングを逸するリスクも抑えることができるように思われる。このような専任担当者は、受発信する通知が契約上の要件を満たしているかを確認する役割も担うことが想定されるため、これらの要件を良く知っている人物が適任であるし、必要に応じて法務部や外部弁護士とも円滑に連携できる人物を選ぶのが望ましいと思われる。

 また、通知や詳細な請求書面の提出など、請求手続において踏む必要のある手順を記録し、追跡するための「Tracking Schedule (Table)」を作成することも有用と考えられる。すなわち、ある特定のイシューについて当事者が請求を行った場合、それに関する通知が出されたか、Engineerや相手方からの応答があったか、請求書面を提出したか、合意形成や決定が行われたか、紛争解決手続に進むためのNotice of Dissatisfactionが出されたかなど、各手順が踏まれたか否か、及びその日付を記録し、相手方当事者やEngineerを含めた関係者に共有するのである。これを基本のやり方としておくことで、通知その他の手順の踏み忘れを防ぐ効果や、関係者間で認識を共通にし、後にある手順が踏まれたか否か等に関して争いが起きるリスクを低減する効果が期待できる。

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