最新実務:スポーツビジネスと企業法務
スタッツデータの法的保護と海外最新紛争事例等(1)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 加 藤 志 郎
フェルナンデス中島法律事務所
弁護士 フェルナンデス中島 マリサ
1 スタッツデータとは?
⑴ 意味
データの活用はあらゆる産業において重要度を増しており、スポーツも例外ではない。営業面では、たとえば、チケットの販売や観客・ファンに関するデータが重要であることは想像に難くないだろう。もっとも、そのような営業上のデータとは別に、スポーツ特有の競技に関するデータの価値にも近年注目が集まっている。
選手やチームの競技成績を統計したデータは「スタッツデータ」と呼ばれる。試合結果や選手の主要成績のように比較的シンプルで従前から公開されているようなデータのほか、高性能な測定器・カメラの使用や複雑な分析により得られる、より高度・専門的なデータが含まれる。また、ウェアラブルデバイス等によって取得された選手の脈拍、血中酸素濃度、睡眠状況等の生体データ(biometric data)の集積・活用も進んでいる[1]。
競技成績のデータ分析を行うスポーツアナリティクスの市場規模は世界的に拡大しており、2022年29.8億ドル、2023年37.8億ドル、2030年までに221.3億ドルに達するとのレポートもある[2]。
⑵ 利用方法
スタッツデータは、競技成績向上のために選手やチームにより利用される。野球におけるセイバーメトリクス(sabermetrics)[3]を含め、緻密なデータ分析は、選手・チームのトレーニング、編成・戦術決定、故障防止等のために必要不可欠となっている。また、競技成績向上以外に、選手・エージェントとチームの間の契約交渉における重要なツールでもある。
ファンの楽しみ方を拡げるため、ライブ中継での視聴者向け表示等、メディアにおけるスタッツデータの利用も多様化している。また、実際の競技成績を取り込んだゲームの開発のほか、生体データについては、ヘルスケア関連事業における利用価値も認められる。
さらに、欧米を中心としたスポーツベッティングの運営事業者にとって、スタッツデータの取得・利用は極めて重要となっている。
⑶ 近年の動向
近年のスタッツデータの価値の高まりは、多様なデータの記録・分析が可能となったことに加えて、特に米国において、2018年より合法化が進むスポーツベッティング市場の拡大による部分も大きいと言われている[4]。試合中の個々のプレイを対象としたベッティングが人気を博すにつれて、運営事業者が正確かつ即時の公式データを購入・利用する必要性が増したためである。
日本においては、政府が掲げるスポーツの成長産業化のため、デジタル技術を用いたデータの活用によるスポーツの変革が目指されており、2023年7月に経済産業省・スポーツ庁が公表した第二期スポーツ未来開拓会議中間報告においても、スポーツにおける様々なデータの活用事例を指摘した上で、データの権利性の明確化等に今後取り組むものとされている[5]。
2 スタッツデータの法的保護
⑴ 問題点
スタッツデータについては、その権利性、帰属主体、保護範囲等が法令上必ずしも明確ではなく、収益化の妨げになっているとの指摘がある。
たとえば、正規に購入したチケットで試合会場に入場した者が、リアルタイムでスタッツデータを自ら記録し、海外のスポーツベッティング事業者に販売し、その事業者がそのスタッツデータを賭けの取扱いに利用した場合[6]、チームや選手は何らかの請求ができるだろうか。
⑵ 著作権法による保護
スタッツデータがチームや選手による創作的な表現であるとすれば、著作権により保護される可能性がある。しかし、競技の結果そのものは、どれだけドラマチックなものであったとしても、「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではなく、「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当せず、著作権によっては保護されない。
また、スタッツデータをデータベース化している場合には、データの選択・構成等に創作性が認められれば、編集著作物(同法12条)またはデータベースの著作物(同法12条の2)として保護される可能性がある。もっとも、通常のスタッツデータをチーム別・選手別・シーズン別等の一般的な構成でデータベース化したようなものには、創作性が認められないことが通常だろう。
⑶ 不正競争防止法による保護
スタッツデータの管理・利用状況によっては、不正競争防止法上の営業秘密または限定提供データとして保護される可能性がある。
「営業秘密」とは、秘密として管理されている事業活動に有用な技術上または営業上の情報で公然と知られていないものをいい(不正競争防止法2条6項)、「限定提供データ」とは、業として特定の者に提供する情報として電磁的方法により相当量蓄積及び管理されている技術上又は営業上の情報をいう(同法2条7項)。
たとえば、チームが独自に測定したスタッツデータを非公開で秘密として管理し、戦術分析のみに利用しているような場合には、営業秘密として保護されうる。他方、有料サービスとして会員だけがアクセスできるサイト上でのみスタッツデータを提供しているものの、会員に守秘義務は課されていないようなケースでは、秘密として管理されているとはいえず、営業秘密には該当しない。もっとも、そのような場合には、限定提供データとして保護されうる。
ただし、チーム等のライツホルダーとしては、ファン体験の向上のために、スタッツデータを一般公開するケースが想定されるが、その場合には、「公然と知られていないもの」に該当せず、また、「特定の者に提供する情報として電磁的方法により……管理」しているものとも言えないため、営業秘密および限定提供データのいずれにも該当しないことになる。
⑷ 実務的な対応
上記⑶の不正競争防止法による保護との関係では、実務上、スタッツデータの具体的な管理方法には特に留意する必要がある。もっとも、いずれにせよ、上記⑵および⑶の通り、スタッツデータの法令上の保護には限界がある[7]。そのため、ライツホルダーにとっては、スタッツデータの内容、利用目的等に応じて、スタッツデータの保護・収益化を図るためのその他の実務的な対応が重要となりうる。
そのような対応として、まず、試合会場において第三者にスタッツデータを無断で取得されることを防ぐためには、観戦約款等において、商業的な利用目的等によるスタッツデータの記録等を禁止することが考えられる[8]。これに違反する行為があれば、施設管理権の行使により対処することになる。
また、ライツホルダーに無断でスタッツデータを取得したり、そのように取得した第三者から購入したりするのではなく、ライツホルダー(またはその委託等を受けた正規の事業者)から正規にライセンスを受けてもらえるように、十分な付加価値を提供できるかという観点も実務上重要と考えられる。実際、欧米では、スタッツデータのライセンスとあわせて、ライツホルダーの公式パートナーである旨の呼称やロゴの使用を許諾するなど、一種のスポンサーシップとして価値を創出しているケースも多い。
(2)につづく
[1] これらの生体データは競技成績ではなく、一般的なスタッツデータとはやや異なるものであるが、本稿では便宜上、スタッツデータの一種として考える。
[2] Fortune Business Insights <https://www.fortunebusinessinsights.com/sports-analytics-market-102217>
[3] 2000年代頃からMLBで一般的となった、野球の競技成績を客観的・統計的に分析する手法。
[4] 米国におけるスポーツベッティングの合法化について詳しくは、加藤志郎「Call or Fold?―スポーツベッティング合法化を巡る議論の基礎」法学セミナー(日本評論社)816号参照。
[5] 経済産業省・スポーツ庁「第二期スポーツ未来開拓会議中間報告」(2023年7月)第3章3 <https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/sports_future/pdf/20230705_1.pdf>
[6] 実際に、国内の試合においてこのような事例が確認されているとのことである。スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会「スポーツDXレポート」(2022年12月)42頁参照。
[7] なお、収益化のためのスタッツデータの保護とは異なる観点として、選手に関するスタッツデータのうち、個人を識別できるものについては、個人情報として個人情報保護法の対象となるケースがありうる。この点については、GDPRとの関係で、本稿4⑴も参照。
[8] たとえば、公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(Bリーグ)は、「Bリーグにおけるチケット販売及び観戦約款」において、試合の進行状況、プレイ等に関する情報(各チームの得点、ファール数及びタイムアウトの回数、並びに、各選手の得点、ファール数、出場・退場、フリースローの回数・成否、マッチアップの状況及びプレイの内容等を含む。)を商業的に利用する目的で記録し又は第三者に対し提供する行為及びその疑いのある行為を観戦中の禁止事項として定めている(8条8号)。
(かとう・しろう)
弁護士(日本・カリフォルニア州)。スポーツエージェント、スポンサーシップその他のスポーツビジネス全般、スポーツ仲裁裁判所(CAS)での代理を含む紛争・不祥事調査等、スポーツ法務を広く取り扱う。その他の取扱分野は、ファイナンス、不動産投資等、企業法務全般。
2011年に長島・大野・常松法律事務所に入所、2017年に米国UCLAにてLL.M.を取得、2017年~2018年にロサンゼルスのスポーツエージェンシーにて勤務。日本スポーツ仲裁機構仲裁人・調停人候補者、日本プロ野球選手会公認選手代理人。
長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/
長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。
当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ及び上海にオフィスを構えるほか、ジャカルタに現地デスクを設け、北京にも弁護士を派遣しています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。
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(ふぇるなんですなかじま・まりさ)
日本語・英語・スペイン語のトライリンガル弁護士(日本)。2018~2022年長島・大野・常松法律事務所所属、2022年7月からはスポーツ・エンターテインメント企業において企業内弁護士を務めながら、フェルナンデス中島法律事務所を開設。ライセンス、スポンサー、NFT、放映権を含むスポーツ・エンタメビジネス全般、スポーツガバナンスやコンプライアンスを含むスポーツ法務、企業法務、ファッション及びアート・ロー等を広く取り扱う。