SH3999 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第56回 第11章・紛争の予防及び解決(3)――当事者による相手方当事者への請求(5) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/05/19)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第56回 第11章・紛争の予防及び解決(3)――当事者による相手方当事者への請求(5)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第56回 第11章・紛争の予防及び解決(3)――当事者による相手方当事者への請求(5)

8 Time-bar条項について

⑴ FIDICにおけるtime-bar条項

 第53回から前回にかけて紹介したものも含め、FIDICには、当事者の請求や紛争解決手続に関して複数のtime-bar条項が存在する。ここでいうtime-bar条項とは、期間制限の定めであり、所定の期間内に行わなければならないことを行わずに当該期間が過ぎた場合、追行しようとしていた権利を失うという効果が生じるものである。

 改めて整理すると、2017年版書式においては、請求及び紛争解決手続の利用に関し、以下の5つのtime-bar条項が設けられている。

  1. ① 請求通知に関するもの(請求の根拠となる事象を認識した、または認識すべきであった時から28日以内に通知しなければ、請求ができなくなる)
  2. ② 詳細な請求書面に関するもの(請求の根拠となる事象を認識した、または認識すべきであった時から84日以内に、請求の契約上の根拠その他の法的根拠を提出しなければ、請求通知が失効する)
  3. ③ Engineerの決定に関するもの(Engineerから決定通知を受領した後28日以内にNODを出さなければ、決定が最終的なものとして拘束力を持ち、DAAB以降の紛争解決手続に付託できなくなる)
  4. ④ 紛争のDAABへの付託に関するもの(NODの発出または受領から42日以内にDAABへ紛争を付託しなければ、NODが失効する)
  5. ⑤ DAABの決定に関するもの(DAABの決定を受領してから28日以内にNODを出さなければ、決定が最終的なものとして拘束力を持ち、仲裁に付託できなくなる)

 上記のうち、①及び②については、合意形成・決定の段階で、Engineerが諸事情を考慮のうえ、請求がtime-barにかからないという取り扱いをすることが可能となっている。なお、②~④は1999年版書式にはなく、2017年版書式にて導入されたtime-bar条項である。

 

⑵ Time-bar条項の目的と有効性

 Time-bar条項の目的は、請求や紛争が生じた際、その都度速やかに対応することを当事者に促し、事態の早期解決を図ることである。建設契約の当事者は、プロジェクトを完工に導くための業務に忙殺され、請求や紛争への対応を後回しにしがちである。その結果、プロジェクトの最後で多数の問題が発覚し、無用の紛争が生じることも少なくない。そこで、比較的短い期限を設け、それを徒過した場合には権利を失うという重大な効果を生じさせることにより、それを避けるために当事者が行動するよう仕向ける、いわば「鞭」としてtime-bar条項が設けられていると解される。

 このようなtime-bar条項の有効性に対する考え方は、国によって異なり得る。たとえば、コモン・ロー系の法体系の中でも契約条項に極めて忠実なイギリス法のもとでは、守るべき期限が具体的に決められ、かつ、これを守らなければ権利を失うことが明示的に定められていれば、time-bar条項は有効とされるのが一般的である。上記のFIDICにおけるtime-bar条項は、いずれの特徴も備えているため、イギリス法のもとでは有効と認められる可能性が高いと考えられる。そのため、契約準拠法がイギリス法の場合は、当事者の請求を不法行為などの法律上の請求と構成し、「time-bar条項は契約上の請求権のみを失わせるものであるから、当該請求は遮断されない」として、主張を工夫するケースも見られるようである。

 一方、信義則等による契約の修正に親和性のあるシビル・ロー系の法域では、time-bar条項の有効性がより慎重に吟味されることもあり得る。たとえば中東では、信義則のほかに、シャリーア(イスラム法)上の「正当な請求が消滅することはない」という原則が存在し、契約上のtime-bar条項の解釈においてよく問題とされている。具体例としては、「(請求が永続するとは言わないまでも)法定の時効である〇年間を契約によって短縮することは許されない」といった主張の根拠として、同原則が使われることがある。さらに、契約条項そのものは有効だとしても、time-barをどれほど厳格に適用すべきかという点について、同じくシビル・ロー系の法域ではより慎重に吟味され得る(すなわち、契約書に明記されていない例外を認める、期限の起点を後ろ倒しにするなど、請求権がtime-barにかからないと扱うための柔軟な解釈が検討されやすい可能性もある)。

 

⑶ Time-bar条項の理想と現実

 上記のとおり、time-bar条項は、当事者による問題の先送りを防ぎ、事態を早期に解決することを目的としている。この目的自体は妥当なものであり、当事者の利益に資すると言えよう。当事者がFIDICの規定どおりに手続を踏むことができ、かつ、その手続の帰趨に満足するのであれば、プロジェクトの最後で紛争対応に多大な時間と労力を取られるリスクを抑えることができるはずである。

 しかしながら、この目的が十分に達成できているとは言い難いのが現状である。当事者は、time-barにより請求権を失うことを恐れるあまり、根拠の明確でないものや、当事者間による協議で解決可能と思われるものまで正式な請求・紛争解決の手続に乗せようとしたり、EngineerやDAABによる自らに不利な決定に対して機械的にNODを発出したりする傾向にある。これにより、プロジェクトの最後に集中せずとも、結局は紛争対応に多大な時間と労力を取られかねない。また、全ての請求や紛争にその都度対応することは現実的に困難である(かつ、当事者間で日常的にコミュニケーションを取っているプロジェクトにおいては、契約要件を厳密に満たす個別の通知等を出して対応することの必要性が理解されにくい)から、どうしても期限を徒過する場合が出てくる。その場合、当事者はtime-barをなんとか回避しようとするので、time-barの有効性や適用範囲に関する紛争に発展することが多い。つまり、time-bar条項は早期解決・紛争削減を意図しているにもかかわらず、その効果があまりに重大であるために、逆に新たな紛争の種が生まれてしまうということである。

 このような問題点を改善するため、time-bar条項以外のアプローチも検討されるべきではないかと思われる。たとえば、請求権を失わせるという「鞭」ではなく、期限内に行動した当事者には、第54回で述べた厳格な「通知」の要件が緩和される、請求に関する主張を補足する機会が与えられるなど、何らかのメリットがあるという「飴」によって当事者の行動を促すことは、選択肢の一つではないだろうか。この点は、今後のFIDIC書式の改訂において、検討が俟たれるところである。また、現行のFIDIC書式のもとでも、当事者が合意によりtime-barの制約を取り払うことは、契約自由の原則に照らして可能であるから、EmployerとContractorの関係性次第では、そのような合意が可能かを探ってみることが有益である場合もあろう。筆者は、実際に当事者がこのような合意を結び、紛争の回避に成功したプロジェクトを経験している。

タイトルとURLをコピーしました